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ゴーストQ

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 笑ったらずいぶん腹が減っていることに気づき、水谷へ時間を問うと、仕事終わったときは一時だった、と言う。時計を見たら二時半を過ぎていた。オレはあれから夕飯も食べずに、とても長い間ふて寝していたのだった。なるほど、隣人が水谷を注意したのも頷ける。こんな深夜に騒ぎ立てられたらたまったもんじゃないだろう。
 水谷は明日も朝が早い。あと数時間したらここから仕事に行く。寝られる時間なんてほとんどないのに、意外と元気で驚く。
「水谷も腹減ってない? ラーメン作るけど食べる?」
「食べる!」
 空腹過ぎて、とにかく早く何か食べられるものを探していたら袋入りのインスタントラーメンが見つかった。具はハムくらいしかなかったけど。
 深夜の台所に立っていると不思議な気分になってくる。滅多にこの時間帯に調理することなどなかったから、夜の静かな感じに少しだけ違和感を覚えつつ、鍋の水が沸騰するのを待っていた。
 物珍しそうに覗き込んでくる水谷が邪魔だ。ラーメンの袋を開けてとオレが言ったあとも、何か言いつけられることはないのかと周りをうろうろしている。
「ねぇねぇ栄口」
「ん?」
「オレが仕事で疲れて帰ってきて、なんか食べたーいって言ったら、こんなふうにラーメン作ってくれる?」
「別にいいけど」
 素っ気無い返事をし、ぼこぼこと音を立てている湯へラーメンを入れた。背後の水谷は「やったー」とはしゃいで後ろから抱き付いてきたから、オレはつい手が出てしまった。さっき抱き合っていたせいか、くっつかれるのが無性に恥ずかしくて、箸を持っていない左手で裏拳をかましてしまった。
「痛い……」
「ごっ、ごめん」
「栄口って未だにオレに慣れないよな……」
 いきなりそんなことをしてくる水谷が悪い。オレだってあらかじめ言われておけば、別に何されてもいい心構えが……って何考えてんだー!
 振り返ってきつく睨み付けたけれど、水谷は小首を傾げて「なに?」と言う。悔しいから理由は教えなかった。
 しばらくすると麺は茹で上がり、早速盛り付けようと思ったのに、うちにどんぶりはひとつしかなかった。だから水谷にどんぶりを貸し、オレは茶碗でラーメンを食べることにした。水谷は自分がどんぶりを使うことにためらっていたけれど、ラーメンにハムを載せたところで食欲が遠慮を押しのけたようだった。
「おいしい」
 水谷がそう言うので、オレも「うん」と返した。今まで空腹だったぶん、暖かいラーメンがとてもおいしく感じられた。二人とも黙々と食べていたのだが、ふいに水谷から声をかけられた。
「とにかくさぁ」
 それまで何か会話をしていたわけでもないのに、また話を続けるような口調だった。
「オレは栄口が好きだから、何かあったら言ってよ」
「何かって具体的になに?」
「なんでも?」
 全然具体的じゃなかった。漠然としすぎていて、オレはハムをもぐもぐ噛んで黙っていた。
「大抵のことはオーケーするんだけど」
 水谷の言っていることがよくわからない。訝しげに視線を上げたら目が合って、慌てて訂正された。
「ああっ、空を飛べとか、そういうのは無理」
 アホか。オレがどんな理由で水谷に空を飛べなんて頼み込むんだろう。もっと現実的にものを考えてほしい。馬鹿馬鹿しくて黙々とラーメンをすすったら、言葉が続く。
「うーん、でも空くらいなんとかなるかも、一応がんばってみる」
 努力の方向性が間違っていないだろうか。水谷は最後にとって置いたらしきハムを食べながら、へらへらと笑っている。
「じゃあさ」
「ん?」
「オレ水谷のこと好きになってもいいかな」
 アイドルらしからぬ顔で驚く水谷を、ざまあみろと思いながら見ていた。
作品名:ゴーストQ 作家名:さはら