ゴーストQ
「またこんなふうに栄口と喋れるなんて思ってなかった」
「は?」
「オレが告ったら、超避けてたじゃん」
そんなつもりはなかったんだけど、そう思われても仕方がない気がする。けれどオレは単にあれからすぐ人気者になった水谷に気後れしただけだった。
「そんで嫌われたってわかって、話しかけられなかった」
「……別に嫌いじゃなかったよ、ただ」
「好きでもなかったんだろ?」
薄い唇を横に引いた水谷は、自らを嘲っているような表情を浮かべる。
「今もそうだよな、わかってる」
「な……」
絶句してしまった。まさか今日会っただけの水谷が、そこまでオレを見透かしていたなんて気づきもしなかった。
「本当はずっと連絡取りたかったんだけど、いつか連ドラの話が来たらって、自分の中で決めてたんだ」
オレの背後で歪んだ声が次々に停車駅を告げる。こちら側のホームにもうすぐ電車が到着するのだ。そのうるさいスピーカーに負けまいと、声を大きくした水谷が切々と語る。
「なぁ、オレ前より多分かっこよくなったと思うし、少しだけど背も伸びた、テレビにも出させてもらってるし、仕事も増えた、だから、だから」
「だ、だから何だよ……」
「まだ好きなんだ」
そう訴える言葉にひどく思いが込められているようで、受け止め切れないオレは瞬時に下を向く。二年前と全く同じ動作をしている。ごうごうと風を切る音がして、冷たい突風が隙間のできた襟足へ吹きつけても、石みたいに固まって動けなかった。またこんなふうに何も言えず、黙ったままのオレを水谷はどんな表情で見ているのだろうか。
「……栄口さぁ」
水谷がオレの名前を呼ぶ。顔を上げられないオレは、あいつの手のひらが握り締めている眼鏡だけをじっと見つめていた。
「オレのこと好きになってよ」
無理だ、と思った。でも言えない。突き放すのは今しかないのに、喉がきつく締め付けられて声が出ない。
相手から深くため息が吐かれる。水谷の気配を察することだけに注意を払っていたから、その音がやけに大きく聞こえた。
水谷はオレに近づき、わずかに身体を屈めたようだった。一体何をするつもりなんだろうと身構えていたら、耳元で聞き覚えのある台詞が囁かれた。
「また会えるかな」
ひっ、と心の中で悲鳴を出してしまった。恐る恐る視線を上げると、水谷はもう電車に乗っていた。また眼鏡をかけ直し、やたらと切ない顔でひらひらと手を振っていた。厚いドアが閉じても、ゆっくりと車体が動き出しても、水谷はずっとオレを見続けていた。
しばらくそのまま立ち尽くしていたオレだったが、このホームに来てから三本目の電車を乗り過ごしてはいけないと、次の電車が入って来たら何とか正気が戻った。
もう時間も遅いせいで人は少なく、がらんとした車内にはどことなく疲れた雰囲気が漂っている。オレはドアに近いシートへ座り、背もたれにぐったりと体重を預けた。
『また会えるかな』
あのCMとほとんど同じ口調だった。わざとなのか、素なのかは知りようもないけれど、その台詞は心の奥底まで染み入って、ざわざわと嫌な予感が止まずにいる。
水谷はまだオレのことが好きだった。そしてオレは二年前と同じように、どんな答えも出せずにただ困惑していた。