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シャークさんにスカートをはかせたい遊馬くん

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モチベーションが高い人間ほど勝負事に強い。それは決闘者も同じで背負う使命が大きいほど強くなれるものである。
シャークは今、それを痛感した。

「俺が遊馬に負けただと…」
膝をついて床に拳を打ち付ける。敗北は、立っていられないほどにシャークに衝撃を与えた。
シャークは遊馬の家に呼び出され、突然決闘を申し込まれた。“負けた方は勝った方の言うことをきく”という条件付きであった。こんな条件をつけるからにはなにか目的あるのだということは察しがついたが、あまりにも真剣な形相だったので勝負を受けてしまった。
「よっしゃあー!勝ったビング~!!」
遊馬はいつもの調子で勝利を喜んでいる。
「……」
敗因は遊馬が自分に命令したいことを気にしすぎていたことだろうか、とシャークは冷静に自己分析する。決闘中にまで遊馬に自分のメンタルを乱されたことが悔しくて唇を噛んだ。
「シャーク…約束通りオレの言うことを聞いてもらうぜ」
意地悪く笑う遊馬の顔を見ていると、シャークは背筋がゾクゾクした。
不安感と好奇心は紙一重である。

「まずは着ている服を脱げ!」
「くっ……」
遊馬に服を脱げと言われると、目的はひとつしか思い浮かばない。
自分が拒みたくなるようなアブノーマルなプレイを強要されるのだろうか。
のろのろと立ち上がりながら上着を床に落とし、インナーに手をかける。
「あ、それは脱がなくていいから」
遊馬に止められた。
「お前はなにがしたいん、うぶっ!?」
いきなり頭からばさっと服を被せられる。遊馬に手助けされるままに袖を通すとそれは白いカットソー、婦人服であることがわかった。
「へへっ、実はオレ姉ちゃんの昔の服シャークに着せたくってさ」
「おい…」
「明里姉ちゃんの服整理するの手伝ってたらなんかシャークに似合う気がして、もう着ないっていうやつもらってきちゃった」
「きちゃった、じゃねーよ!!バカかお前は!俺に女装しろっていうのか!」
「うん。普通に頼んだら断られるだろうなと思って決闘にしたんだけど…、オレが勝ったんだから文句は言わせないからな」
遊馬は本気の眼をしていた。シャークはこの男には逆らえないのだということを悟った。
結局スラックスも脱がされ、黒いフリルのミニスカートまで着用させられ、シャークは男としての尊厳を奪われた。
「遊馬…俺はお前を恨むぜ…一生な」
「いーじゃん!似合ってるぜ?」
遊馬は無邪気な顔で笑っている。全然悪びれていない。
シャークの怒りはさらに増した。

二人は目の前のことに気を取られていて、階段をあがってくる存在にまったく気づかなかった。遊馬の姉、明里がジュースが入ったコップをふたつ乗せたトレイを持って、遊馬の部屋に入ってくる。
「遊馬ー、飲み物持ってき……!?」
突然目に入った弟の先輩のまさかの女装姿に言葉を失う。
「あ、姉ちゃん……」
「……!!」
シャークは第三者に女装している姿を目撃された絶望でその場にへたりこむ。
驚きで目を見開いていた明里が、トレイを置いて微笑んだ。
「ちょっとそのまま待ってて!私のメイクボックスとってくるから!」
興奮気味の明里がドタバタと下に降りていく。
なんだかちょっと嬉しそうだった明里の様子にシャークは嫌な予感しかしなかった。



「動かないでね、凌牙くん」
「はい……」
凌牙は有無を言わせぬ明里の勢いに完全に飲まれていた。
明里の手には自分には一生縁がないと思っていたメイク道具――チップが握られている。
今の明里には目の前の少年を変身させることしか頭にない。
「凌牙くんは絶対メイクしたらかわいい女の子になると思ってたの」
アイシャドウを塗りながら熱く語っている明里からはいい匂いがした。
凌牙の心拍数が勝手にあがっていく。
「シャークはギャルメイクが似合うと思うぜ?」
隣で待機している遊馬までもが口を出す。遊馬がこういうことに関心があるとは知らなかった。自分の服を選ぶセンスがない遊馬ではあるが、シャークは今自分が身に着けているものはそれほど悪いとは思わなかった。しかし、できればスカートを履きたくなかったことに変わりはないのだが。
遊馬は女の子の物を選ぶほうが得意なのかもしれない。
「凌牙くんは肌がきれいね」
するり、と頬を明里の指でなぞられてどきどきする。明里にはそのつもりはないのだろうが、シャークはクラスの女子にはない大人のフェロモンにときめいていることを自覚せざるをえなかった。
(すまねぇ遊馬……でも、違うんだ。そういうアレじゃないんだ……)
シャークは心の中で謎の弁解をした。当然のことながら遊馬にはなにも伝わらなかった。

睫毛を盛ってアイラインを引くとシャークは別人のようになった。明里の手によってレザージャケットと腰ベルト、ネックレスが追加された。どれも明里のものだ。
姉弟の合作コーディネイトの完成である。
「すごい!どこからどう見ても女の子にしか見えないわ!ねえ遊馬?」
「ああ、かわいいぜシャーク!姉ちゃんすげえ!」
九十九姉弟が二人で盛り上がっているが、シャークにはどうでもいいことであった。
一刻も早くここから立ち去りたい。
「凌牙くんこっち見て!」
「!?」
いつの間に用意したのか明里の手の中にカメラがあって驚く。
「さ、撮影は」「はいはい、笑ってー」
シャークは明里に逆らうことはできない。明里はシャークを絶対服従させてしまうオーラのようなものをまとっている。
口角を引きつらせながらも微笑んでみせるシャークを見て遊馬は「シャークって愛想笑いできるんだな」と思っていた。


「罰ゲームは、家に帰るまでが罰ゲームだから」
と、遊馬に言われシャークは結局変装したまま遊馬の家を出ることになった。メイク落としと自分が脱いだ服が入った紙袋を手に提げてシャークはため息を吐いた。
隣にいる遊馬がにやにやしながら顔を見上げてくる。このいたずら好きな少年はシャークの自宅までついてくるつもりらしい。
「女の子の一人歩きは危ないんだぞ?」と面と向かって言われたときには、遊馬の首を絞めてやろうかと一瞬考えた。
二人で住宅街を歩きながら、シャークは人通りの少なさに少し安堵した。
「なぁ…拷問の方法のひとつに“男に女装させる”っていうのがあるって知ってたか?」
少し余裕がでてきたのかシャークはいきなりこんなことを語りだした。
「え?」
「後学のために拷問の本を読んでたら肛門性交に関する拷問が載ってて」
「!?」
「“肛門を犯している様子をビデオや写真等で撮影して相手の屈辱感を煽ったり脅したりする”っていう文章のあとに“相手を女装させ、徹底的に女扱いして拷問を行うことによって相手のプライドをズタズタにすることができる”って書いてあった。今の俺の状況はこれと似てるって、ふと思ったんだ」
「シャークお前なんでそんな本読んでるんだよ!」
「ちなみにマゾには効かないらしい」
そんな会話をしつつ、道を歩いていると遊馬は前方に知り合いが二人いるのを発見した。

「鉄男!委員長!」
遊馬が二人を呼ぶ。
シャークは「ゲッ」という遊馬が聞いたことのない声を出して後ろを振り返り、逃げようとした。しかし、遊馬がすんでのところでシャークの右の手首を掴む。
「はなせ!」