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コバラスキマロ

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 扉を開けると電気はつけっ放しで、部屋の中は暖かく、テレビだけが賑やかに光と音を出していた。机の上には難しそうな本とノート。栄口の字がみっしり書かれている。
 本人はどこへ行ったんだろう。
 部屋の中をぐるりと見回したら、ベッドの上で栄口は横たわっていた。脚だけこちらへ投げ出しているという変な格好だった。
「栄口?」
 名前を呼んでも返事は無い。あまりにも静かで、まるでふとんや枕と同化しているみたいだった。とりあえず鞄を下ろして近寄った。屈んで覗き込むと、その目蓋の上に平穏が満ちている。
 部屋の状況から察するに、頑張ってオレを待っていたんだけど、ベッドへ座ったらつい眠ってしまった、多分そんな感じかな。
 栄口が寝てしまうのも仕方ない。オレがこういう仕事をしているせいで今はとっくに深夜で、昼間に学校へ行っているなら普通起きていない時間帯だった。
 でもオレは「今日行ってもいい?」って聞いた。栄口は「いいけど、何時くらいになる?」って答えた。だからこうして会いに来てしまった。正直疲れていて眠いし、明日の午後からはまた仕事がある。自分でも無理をしていると思うし、栄口にも無理をさせていると思う。
「さーかーえーぐーちー……」
 今度は枕元で呼んでみた。ぴくりとも動かなくて少し寂しい。じっと顔を見てみても、眉間に意思が感じられない。これはかなりぐっすり眠っていそうだ。
 栄口もこうしてボロボロなのに、オレはこうして何が何でも会う約束を取り付けなきゃ不安になる。高三のあれから、ついこの間まで何も連絡がなかったように、会わないでいたら自然と二人の関係が薄まっていくのが怖かった。
 この間ようやっと栄口から「水谷のこと好きになってもいいかな」って聞けたのに、これで自然消滅とかしちゃったらどうしたらいいんだろう。芸に幅が出るだろうか。いやいや、オレはそんな結末望んでないぞ……!
 しかし二人とも無理して会っているっていうこの状況もどうなんだろうなぁ。確かに自然消滅はしないと思う。でもそのうちでかい喧嘩をしそうな気がする。それでお互い疲れてて眠くて余裕が無くて、もう付き合い続けるのは不可能って結論が出ちゃったらどうしよう。
 要するにオレの仕事が暇になったらいいんだろうけど、それはそれで困る。今の仕事が好きだし、もっと働きたい。だったら栄口が昼間学校へ行かなきゃいいんだ。ここでずっとオレのことだけ待っていればいいんだ。
 ……なんという恐ろしい考えを持つようになったんだオレはー。とんでもないエゴだ。エゴすぎる。オレにそんな権利はミリ単位も無い。ああ嫌だ。最近調子乗ってるよな、オレ。
 両思いになったのにリスクばかり抱えている。オレが勝手に好き好き言ってたときより、障害も不安も倍になった気がする。オレは栄口を守れるのかな、この関係を維持できるのかな。自信がなくなる。
 だからすぐにでも目を覚まして「大丈夫だよ」って言って欲しいのに、栄口にはその気配すらない。最初は寝顔かわいいって思ってたけど、ずっと何も手ごたえがなくて悲しい。オレはここにいるんだから言葉や態度を与えてくれよ。今なら飢えているから好意も悪意も全部食べ尽くせる気がする。

作品名:コバラスキマロ 作家名:さはら