コバラスキマロ
オレは深く納得し、それ以降は本当に何も喋っていない。栄口と一緒なのに、こんなに黙っていられるんだ、と自分でも驚いたくらいだ。多分目の前のことに集中していたせいなんだろう。
いつの間にか放送が終了したテレビからも音が消え、部屋の中はとても静かだった。布の上を肌が滑る音や、お互いの息遣いが聞き取れるくらいの環境で、とても真っ直ぐに栄口の身体と向き合った。
居眠りしているところを襲うなんていうつまみ食いではなく、今度はちゃんと然るべき手段を使い、お行儀良く順序立てて食べたつもり。
自信はない。やめてとか嫌だとか言われても、多少荒っぽいことをした気がする。
でも出された料理は全部たいらげるのがオレの哲学だったし、栄口に対してずっとそうしてみたかったのもあって、途中で止めることはできなかった。
苦しそうな表情、切れ切れに吐かれる熱い吐息、ゆるい塩味のする身体、赤く熟れた粘膜、シロップ、中の肉がぎゅっと締まる感じ、それら全部を飲み込んだ。咀嚼すればするほど息が上がる。たまらない。予想以上にすごかった。
もっと食べていたいのに「ごちそうさま」を言えと身体が急かしてくる。いきなりこんなにたくさん摂取したから当然満ちてくる、いっぱいになる感じに頭がくらくらした。
結局、そうしろと告げられたとおり、最中は「大丈夫?」も「痛くない?」も言わなかった。痛がる栄口の小さな悲鳴と、オレの荒っぽい呼吸だけが部屋にあったのだ。終わってみると不思議な感じだった。
ぐったりした栄口の身体は、オレの食べこぼしや、食い散らかした残骸でぐちゃぐちゃに汚れていた。食べるという行為はつまりこういうことだった。
だから、「そんなことしなくていい」と言われたのに、何だかむきになって後片付けを始めた。きれいにしてあげたくて、オレの汚れを取ってあげたくて、懸命に拭っているのに、栄口の機嫌は極悪だった。
オレはまたこういうふうにお腹が空いてしまうのだろう。その傲慢な欲求を、きっと栄口は体力と精神力を減らして受け止めてくれるのだろうか。それがすごく申し訳なかった。
「もういいよ、水谷」
「……へっ?」
「もう喋っていいから」
疲れた様子の栄口が笑う。
「お前ほんとに何にも言わないんだもんなぁ」
そんな約束とっくに忘れていたけれど、ここで「ごめん」と謝ったら、栄口がオレへ投げ出してくれたもの全部が台無しになってしまう気がした。決して言ってはいけない台詞だ。絶対、謝るくらいなら最初からするなって思うだろう。
栄口は許してくれたのだ。オレが食べることと、自分が食べられることを。
「オレは嬉しいです」
「何が」
「栄口とせ」
「言わなくていい……!」
怒られてしまった。栄口はゆっくりと身体を起こし、言葉を続ける。
「嬉しいんだ、やっぱ」
「え? ああ、うん……」
繰り返されると恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。オレは何も言えず、ベッドの上でもぞもぞと正座してしまった。
「そっか」
オレを見るでもなく、ほとんど独り言のようにつぶやき、栄口は何かを得たようだった。オレにはそれが何なのか見当もつかなかったし、聞き出すのも変な雰囲気だった。
でもそれからというもの、栄口は反射的に暴力を振るわなくなった。あれだけバシバシと頭を叩いてきた手のひらも今はとても静かだった。それが少し寂しい気がするオレはきっとマゾになりかけていたに違いない。