コバラスキマロ
泣く泣くベッドから下り、床に置いた鞄の中から携帯を取り出す。やはり予想していた通りの相手からだった。
「あ、寝てた?」
「起きてましたけど!」
「明日十五時に変更なったって知ってるよね?」
それ数時間前に何度も口を酸っぱくして言ってたよな。だからオレもそのたびに「わかった」って答えたよな。なのになんでまた、ていうか今このときに連絡してくるんだよ!
「かなり知ってるから!」
「なんでそんなに怒ってんのー?」
「わかったから! 切るから!」
「もー、心配で連絡したげたんだよ」
「はいはい!」
必死に耐えて「絶対に忘れないでよ」まで聞いたら、感情のままに通話を切ってしまった。
「マネージャーさん?」
「うん、そう……」
一世一代のチャンスをぶち壊された気がする。ひどく落胆して後ろを振り返ると、ベッドで横になっていた栄口が身体を起こしていて、また泣けてくる。いそいそと乱れた衣服を直し、さっきまでの出来事を必死になかったことにしたがっているようだった。
ちょっとマジ勘弁してくださいよ。自分で言うのもなんだけどかなりいい感じだったよな……。やっぱり続きってさせてもらえないのかな? 諦めるしかないのかな?
「さかえ、ぐ……!」
顔を上げたオレから何かの気配を察知したらしく、すぐさま右ストレートが飛んできた。オレはギリギリの距離で避け、恐ろしさのあまりその手首を掴んだ。続いて振り上げられた左手を上空で受け止めたら、相手を万歳させているような不思議な格好になった。
「なっ、殴らないでっ!」
そう訴えかけても、栄口はうつむいて何も言わない。どんな表情でいるのか知りたくて、掴んだ腕をもっと上へ持ち上げた。
「ちょっ、ちょちょっ……!」
「ぎゃー!」
その動作でバランスを崩し、驚いた顔の栄口が後ろへと傾く。支えようとしたはずのオレまで巻き込み、派手な音を立てて二人ともベッドへ倒れ込んだ。
それでもオレは手首を離さずにいたものだから、図らずともベッドの上で栄口の動きを無理矢理封じているような体勢になってしまった。とても近くで目が合う。照れくさくて変なところから笑い声が出てくる。
「あはっ」
「……」
「わっ、わはははは!」
「水谷もう何も言わないでくれ……」
逃げ場のない栄口がうんざりした口調でつぶやく。何も言うなって、そりゃ少しひどくないか。
「なんで?」
むっとして覗き込んだら、栄口の顔は真っ赤だった。オレの視線であからさまに目を逸らし、ばつが悪そうに口ごもる。
「……恥ずかしいんだよ、お前が喋るたび」
そんなの全然気づかずにいた。