こらぼでほすと 拉致6
「おまっっ、遊んでる場合かっっ、熱がぶり返すだろーがっっ。」
わーわーと騒いでいるところに、ヒルダの一喝で、二人の動きは停止した。
「ママ、一緒になって遊んでてどうするんだいっっ。・・・ほら、あんたの大切な桃色子猫が到着した。」
入っとくれ、と、ヒルダが声をかけると、フェルトとトダカが顔を出す。とたたたっとフェルトは走ってきて、ニールに抱きついた。
「ただいま。」
「おかえり、フェルト。ごめんな? 出迎えに行けなくて・・・この大バカ犬が風邪ひいてダウンしちまったんだ。」
「ママッッ、またおっしゃいますの? ・・・フェルト、お帰りなさい。ママを独占してごめんなさい。」
ちょっと疲れた顔をしているが、歌姫様も、それほど悪そうではない。そちらに近寄って、フェルトは手を取る。
「大丈夫? ラクス。」
「ええ、もう随分、楽になりましたわ。・・・そうそう、着て早々で申し訳ありませんが、お願いがございますの。」
「なに? 」
「あなたと私のママが、碌に食事をしてくださいません。お疲れのようですから、食事をさせて寝かせてください。寝る前に、このクスリを飲ませてくださいね? 」
手にしていたクスリをフェルトの手に渡して握らせる。桃色子猫が来たのだから、親猫は返さなければならない。ついでに用件も押し付けておこうという魂胆だ。さすがに大声で騒いだら疲れた。
「食っただろ? おまえさんこそ、まだ言うのか? 」
「あれは 『食った』ではなく、『飲んだ』です、ママ。とりあえず、私は寝ますから、フェルトとゆっくりしてください。」
「ああ、大人しく寝てくれ。・・・トダカさん、フェルト、ちょっと居間で待っててくれ。」
背中に当てていたクッションを取り除いて、歌姫を横にする。ヒルダが、側に置かれていたワゴンを運び出し、トダカもフェルトも居間に戻る。布団をかけて、ポンポンと叩くと、ニールは椅子に座り込む。
「大丈夫です。」
「まあ、そう言うな。・・・寝られそうか? 」
「今のママとの応酬で疲れました。」
「そうか、そりゃよかった。」
何も険悪な言い合いではない。ただ、歌姫は騒ぎたい気分だっただけだ。言いたい放題に叫んで、気分が楽になった。照明をゆっくりと落とされて、うっすらとした明かりだけになると、とんとんと腕の辺りをリズミカルに叩かれる。
「明日にはもっと楽になってるよ。」
「・・・はい、おやすみなさい・・・」
「うん、おやすみ。」
トントンと叩く振動が心地よく、すっと眠りに落ちていく。ああ、いい年明けですわ、と、歌姫様は穏やかな気分で眠りに沈み込んだ。
ラクスが眠ったのを確認すると、ニールも部屋を出る。あれだけ叫んで暴れれば、クスリも効いて朝までぐっすり眠れるだろう。
居間には看護士と本宅の人間が待機しているから、そちらに後を頼む。そして、ニール自身は、広い来客用の居間のほうへ案内された。大きな居間の応接セットに、護衛陣とトダカと桃色子猫が待っていた。
「トダカさん、ありがとうございました。」
まずは、自分の代わりに桃色子猫を出迎えてくれたトダカにお礼を言って頭を下げた。トダカは、いやいやと手を横に振っている。
「どうせ、私も行くつもりだったからいいよ、ニール。それに、この可愛い姿を一番に拝めたことだしね。とても似合っているだろ? 」
トダカが視線をフェルトに流す。ふたりして選んだ赤いコートは、確かによく似合っていた。
「ええ、いい買い物でしたね。それから、俺に隠し事をしていましたね? お父さん。娘を騙すのはやめてくださいよ? 」
「ギリギリまで娘さんとのんびりしたかっただけだ。怒らないでほしいな。」
「こういうのは先に教えておいてください。俺は、里でゆっくりするつもりだったんだから。」
「まあ、そう言わないでくれ。年明け早々に娘さんに叱られるのは悲しい。この穴埋めは必ずさせてもらうから。」
「はいはい、そうしてもらいますよ? 俺の選んだ半纏を着てるところを見せてもらわないと。」
「ああ、是非、うちにも帰ってきなさい。フェルトちゃん、初詣は一緒に行こう。」
トダカは、桃色子猫の頭をぐりぐりと撫でて立ち上がる。年明けして間もない時間だし、歌姫様も休んでくれた。これで、こちらにいる用件は終ったから退散する。
「今から初詣ですか? 」
「ああ、そうなんだ。」
「風邪ひかないようにしてください。それから、レイがいないからシンの酒量に気をつけてください。あいつ、飲みすぎるとダウンしちまうから。」
遠慮会釈なしに、ニールはトダカに注意をかます。ここの親子関係もこなれたものになっている。すっかり、ニールはトダカの娘だ。
「わかってるよ。・・・ああ、そうだった。おめでとう、今年もよろしく? 娘さん。」
「はい、おめでとうございます、今年もよろしくお願いします、お父さん。」
トダカのお祝いの言葉に、ニールも返答する。玄関まで送ろうとしたが、そこまでしなくいい、と、留められた。代わりにヘルベルトが見送りをするといって出て行った。ようやく、全ての用件が終ると、ニールはフェルトの側に座り込む。
「大丈夫? ニール。」
「ああ、大丈夫。おめでとう、フェルト。」
「うん、おめでとう、ニール。今年もよろしくね。」
「慌しくてごめんな? フェルト。予定がひっくり返っちまってな。」
「ラクスが風邪だもん。仕方ないよ。」
「みんな、元気にしてるか? 」
「うん、元気。」
フェルトが観察する限り、ニールも元気そうだ。お迎えの挨拶がだいたい終ると、マーズが軽食を運んでくる。
「とりあえず軽く食って寝ようぜ。」
護衛陣も食事どころではなかったから、ようやく、ここで食事だ。本来なら年越しに食べるはずの蕎麦が運ばれてきた。明日からは休暇だが、護衛陣は、このまま本宅に居座る予定だ。ラボのほうの応援要請があるので、そちらと行き来することになっている。歌姫様のほうは本宅に居てくれる限りは、ニールとフェルトがついているから問題はない。
作品名:こらぼでほすと 拉致6 作家名:篠義