Average value is a top!
「僕はね、あの時光の玉がモニターではじけるまで、あのクソスーツを着ていたタイガーを指名手配犯だと言われながらも、なんでそんなもん着てるんだってイライラしてたんだよ」
斉藤さんのそんな言い分に思わず僕は目を丸くしてから、ぷっと吹き出した。
「その、クソスーツってなんですか、斉藤さん」
「そりゃぁ、あの昔のタイガーのヒーロースーツだよ。伸縮性には長けてるみたいだけど、僕の作ったスーツの方が機能は上だ、最初にタイガーにスーツを着てもらう時もどれだけ凄いかレクチャーをしたんだけどね……そういえば君達はまだあの頃はそんなに仲も良くなかったから、それを知らないんだっけ」
そんな事を言う斉藤さんにふっと笑って見せて、昔のヒーロースーツの虎徹さんを思い出した。クソスーツなんて言う斉藤さんに思わずわらいつつ、思い出すのは最初のファーストコンタクトだ。コンビを組んだときのスーツに比べてどちらかと言えば、軽量重視だ。重いなんて言っておきながら、まあ、ふと思うのは結局スーツの重さだったのかなんてそんな事を思い出していた。
ふと、そんな事を思い出していれば、なーにやってんだ、と声が振ってきた。
「虎徹さん」
パソコンに向かって処理をしていた手が止まってた事を知り、そして一人でこなしていたデスクワークの現場に、虎徹さんが戻ってきた事を知る。
「大丈夫か?根つめてないか?」
「ええ、大丈夫ですよ、虎徹さんこそ、大丈夫ですか?」
「あぁ?俺?大丈夫だよ、特別講師っても結局は肉体労働専門だしな」
力こぶを作るように腕を曲げたポーズで僕に視線を向けつつ笑う虎徹さんは、そういうと、ほらと僕に缶ジュースを渡した。
「頭使って色々やってんだろ?糖分くらいちゃんと取っとけ」
言って差し出されたジュースを見れば、カフェオレだ。
「……甘そうですね、とても」
砂糖にミルクまでたっぷり、なんて書かれてるそれに、思わず僕はぽつりと言葉を洩らせば、ぽすんぽすんと虎徹さんは僕の頭を撫でてから、どうせバニーちゃんは昼もまともに食べて無いんだろー?と言われてしまう。
確かに昼はカロリーバーで済ませて、食事らしい食事は摂ってはいませんけども、一緒にサプリメントも摂ってますから、別にその辺の事に関しては別段問題ないでしょう、と淡々と声を上げれば、虎徹さんは、はぁ……と息を吐き出す。
「バニーちゃん、体壊すよ?」
呆れたような声に、そうでもないですよ、と僕が答えればこれだからバニーちゃんは……なんて声をため息と共に虎徹さんが上げる。この人は本当に僕の事をでっかい子ども扱いしているんじゃないか、と思うと今度はこっちがため息を洩らせば、虎徹さんはあーもう、と声を上げた。
「ほら、疲れてるじゃねーか、大変なのは分かってるけど、少し休憩休憩」
虎徹さんの勘違いと僕の内心の気持ちに差異を感じながら、まあいいやと心のどこかでそんな声を上げた。僕はもう成人しているし、子どもでも無い。確かに周りの人間から見れば(いや、ブルーローズやドラゴンキッド、折紙先輩はまた別として、それ以外のヒーローだ)確かにまだまだ若い方であると思うし、実際このアポロンメディアで自分が関係する仕事をしている人間の内では最年少に相当している自信があるのだったが、ここまでも僕の事を子ども扱いするのは虎徹さんくらいだ。
最初のときこそ、バニーちゃんと言う言い方にいい気持ちは全くなく、むしろ人の事を子どもか何かと勘違いにしてるのか、馬鹿にしてるのか?と。まぁ、百歩譲って「Bunny」は仕方ないとしても「Little-bunny」なんて、正直子ども扱い以外の何者でも無いだろうという気持ちで、腹立たしさしか起きなかったのだけれども(大体、相棒っていう会社からのソレに対して結局子ども扱いだなんて正直僕のプライドと言うものが!というか、相棒っていうのは対等関係から成り立つものじゃないのか?)虎徹さんの場合、子ども扱いじゃなくて、そう、何だろう。まるで可愛いものか何かかの様に僕の事を「バニーちゃん」と呼ぶのだ。だったらなんだか、まあ良いんじゃないかなんて心のどこかに妥協が生まれて、そうした所で結局今の状態に落ち着いたというか、なんというか。思わずなんだかそんな自分の一連の内心を思い出して、僕はふっと笑った。
「ったく、バニー、お前はがんばりすぎなんだよ」
虎徹さんのそんな声にどっちがだ、と思わず声を上げそうに成りなった。
「ったく、オジサンは小言が多いですよ」
ふっと笑いを堪えて、そんな言葉を洩らせば、虎徹さんはびっくりしたような顔で僕の顔を覗き込んだ。
どうせ目が笑ってるのだなんて直ぐにバレるんだろうな、と思っていれば、案の定僕の目を見た虎徹さんの顔は見る間に驚きから笑みに変わって、ったく……という声を上げたその唇は、
「バニーちゃんのいじわる!」
なんてそんな声を上げるのだから、思わず僕と虎徹さんは顔を見合わせてくすくす、と笑い声を上げた。
なんだか、信じられないな、とそんな事を思いつつ、僕は肩を震わせて笑う。
目の前にいるこの子どもみたいな年上の先輩のオジサンが、もうこの場から引退という名目で居なくなるなんて。
この後に公式にヒーローTVでの引退宣言が行われれば、彼はこの街を守るヒーローというその仕事から身を引いて、生まれた地に帰ってしまうだなんて。
だけれど、彼はヒーローである前に一人の親であって、彼の子どもである楓ちゃんは僕の両親が亡くなったあの年齢で母親を亡くしたという事を僕は知ってしまった。あの頃の僕は頼る人間がサマンサおばさんとマーベリックくらいで、結局の所どこか他人という線引きで一人でしかなくて。多分そんな気持ちを虎徹さんの子どもである彼女もしているんじゃないかと思うと、子ども扱いされている僕よりも実際の子どもである楓ちゃん本人の傍に親である虎徹さんはもっともっと一緒に居てやって欲しいと、僕は思うのだ。
血が繋がる祖母も、虎徹さんの兄に当たる伯父も彼女の傍には確かに居るだろうけど、結局子どもが一番頼りにするのは親で、そして子どもはそんな親の背中をみて育つものだと言われているくらいだ。虎徹さんの左手の薬指の対の女性はもうこの世には居ないからこそ、余計に残された父の背中を虎徹さんの娘さんである楓ちゃんには見てもらいたいな、なんて思いつつ、僕は笑うと、虎徹さんに何を言ってるんですか、と声を上げた。
「今更ですよ」
そんな声に、目の前の彼は目を丸くしてから、ぷっと笑う。
「知ってたよ!」
言いつつ、隣の椅子を引いて、あーもう、ムカつく、なんて虎徹さんは声を上げた。
こんなくだらない日常が無くなって、僕一人になって、結局それ以上が分からないまま、ただ、そう。十年を超えるベテランの先輩は能力の減退なんて厳しい状態も抱えてるのだから、今はその背中を見送るのが僕に出来る最大の事なんじゃないかな、とそう思っていただけだった。
作品名:Average value is a top! 作家名:いちき