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悲しい唄を歌おうか

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雑踏の中見えた、明るい髪色。
見間違えであってほしいと願うも、僕がその人物を見間違う筈がなくて。


兄貴が、また女の人と歩いている。
この間見かけた人とは、また別の人だった。

(また、か)

呆れてものも言えない。
くるっと背を向けて、何事もなかったかの様に歩き出す。
いつもの事だ、然程気にする事も無い。

兄貴が女の人に偽物の笑顔を向けるのも、囁き合う様にキスを交わすのも、毎度の事だ。
幾度となく目撃するうちに、流石に僕だって慣れる。

(大丈夫、あれは、兄貴の本気じゃないから)

心のどこかで、そんな安心感があるから、という理由が大きいのかもしれない。




「あ、晶ちゃん、おかえり!」

「ただいま」

笑顔で迎え入れてくれる最愛の妹。
眩しくて、太陽みたいな存在。
陽毬が居れば、どんな暗闇だってきっと晴れる。
可愛くて、失くしたくなくて、愛おしい絆。

だけど、同時に抱くこの醜い感情は、決して誰にも知られてはいけない。


「なんだ、お前も今帰りかよ」

「兄貴」

「おかえり、冠ちゃん!」

「ただいま、陽毬」

兄貴が笑う。
優しい、本物の笑顔。
ずきん。

「今日は早かったんだね」

「当たり前だ。陽毬が腕によりを掛けて夕飯作ってくれるって聞いたら、早く帰って来ないわけにはいかないだろ?」

「えへへ、期待しちゃっていいよ~」

「言われなくても、充分期待してるよ」

くしゃり、と陽毬の頭を撫でる。
嬉しそうに目を細める陽毬を見て、どろどろした感情が溢れ出す。
どうしても、これだけは何度見ても慣れる事が出来ない。
陽毬に対する想いが、本物だって分かっているから。

ぎりっと歯を食いしばり、拳を痛い程に握り締める。
食い込む爪さえ気にならない程の、おぞましい感情。
だめ、駄目だよ、陽毬に、兄貴に、悟られるわけにはいかないんだから。


孤独感は、日を増すごとに膨らんでいく。
遠巻きに二人を見詰め、僕だけが何処か違う空間で生きているような気さえする。

絶望が渦巻く世界。

どうせ、僕には、ここにいる資格などないのだ。

作品名:悲しい唄を歌おうか 作家名:arit