悲しい唄を歌おうか
「たまには、晶ちゃんに楽させてあげないとだもんね」
「え、」
にっこり笑いかけてくる笑顔に、ずきりと胸が痛む。
その隣で、兄貴が少しだけ顔を歪めていた。
知ってる、あの表情。
切なくて、胸がぎゅっと締め付けられて、苦しい、あの思い。
きっと、兄貴は今、僕に嫉妬してる。
双子だからわかる、とか、そんな不確かなものじゃなくて。
僕も、兄貴を奪う陽毬に、嫉妬してるから。
「晶馬くん、また会えるかな」
「もちろん。連絡、待ってますね」
陽毬と良く似ている、と言われる柔らかい笑顔で微笑みかければ、相手は簡単に頬を染める。
お小遣いの足しにして、と手に握らされる札束に落ちる暗い影。
愛なんて、お金で買う事なんて出来ないと言うのに。
所詮、この人も、僕の事などその程度の人間だと思っているのだろう。
僕はただ寂しくて、誰かに慰めてほしくて、本当に、ただそれだけなのに。
「ありがとうございます。絶対、連絡くださいね」
振り向き手を振る青年を、貼り付けた笑顔で見送る。
背中が見えなくなった所で、途端に現実に引き戻される。
寂しさがお金に変わって、虚しさだけが残る。
いつもの、事だ。
冷たい夜風が、胸に沁みた。
『どうしたの?』
あの日、僕は渦巻くどす黒い何かに飲み込まれそうになって、思わず家を飛び出した。
当ても無く彷徨う僕に、人の良さそうな笑顔が近付いてきた。
焦点の合わない目で、ぼんやりと見詰め返す。
一緒に来る?って差し出された手を、拒絶する程強くなくて。
ゆったりとした動作で、そっと手を重ね合わせる。
温かくて、涙が零れた。
気付けば、僕はその人の腕の中に居た。
不思議と嫌悪感は無く、只管快楽だけを追い求めた。
相手も、僕を必死に求めてくれた。
ただ、それだけでよかった。
必要とされる喜びを、知ってしまったのだ。
知らなければ今のまま、苦しい思いにも耐えられた筈なのに、知ってしまったから、もう後戻りは出来ない。
追い求め伸ばす腕を抑える事は、最早不可能なのだ。
兄貴とは外見も中身も全く似ていない、寧ろ、正反対だとさえ言われてきたけれど、実の所、こういう部分がそっくりなんだと思う。
報われない想いを、他の誰かで補う。
一種のサプリメントみたいなものだろうか。
(こんな事、いつまでも続けるわけにはいかないけど)
今だけは、まだ。まだ、大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、兄貴と陽毬の待つ家路へと振り返る。
「あ、」
時が止まったかと思った。
「晶、馬…」
兄貴が、呆然と立ち尽くしていた。