【T&B】ゲット・バック・ホーム
その1
自分と容姿が似ている人は世界に3人いるとか、ドッペルゲンガーとか、そんな迷信は信じていなかったけれど、実際に目の当たりにすると思考が停止するほど動揺してしまった。反射的に閉じた玄関の扉を、虎徹は深呼吸してからもう一度ゆっくり開ける。改めて窺っても、玄関先にはやっぱり、どう見ても、虎徹そっくりな男が立っていた。
「こんばんは」
そうあいさつする声音も抑揚は無いがやはり似ていて、よく見ると服も虎徹がいつも着ているものの色違いを着ている。なんだかすごく、嫌な予感しかしない。
「私は家庭用アンドロイド。コードナンバーはHK-00。マスターからコテツの身の回りの世話を頼まれてやって来た」
「アンドロイドって。マスターはもしかしてバニー…いや、バーナビー?」
こっくりと頷く男曰くHK-00の答えに一応の納得をした虎徹だったが、胸の内に浮かぶ疑問は無くならない。しぶしぶ彼を家の中に引き入れると、虎徹は早速携帯電話でバーナビーを呼び出す。彼がアンドロイドの開発部に異動したのは知っていたが、まさかこんな事になるとは思わなかった。
『虎徹さん? どうしたんです』
のんびりとした声のバーナビーに、混乱のあまり苛立って声が荒ぶる。
「どうした、じゃねーよ! なんつーもん造ってんのお前!」
『あぁ、届いたんですね、彼。試作品ですけど、家事全般こなせるので役に立つと思いますよ』
「そうじゃなくて、なんで俺そっくりなんだよ! 他にあるだろ!」
『モチベーション維持の為です』
そう簡潔に返されて、虎徹はつっこむ気力が失せた。あ、そうとなげやりに返すと、ゆるく息を吐いて行き場を失った感情をなんとか治める。
「…で、お前いつ頃帰んの」
『今週も戻れそうにないです』
「あ、そ」
『すみません。週末には必ず』
帰りますから、と言う言葉は電話の向こうでバーナビーを呼ぶ声に遮られた。
「悪ぃ、邪魔したな」
先週からずっとラボに缶詰になっているのは研究が忙しいからだと思いだした虎徹は、気まずくなって早口に告げるとバーナビーが何か言ってくる前に虎徹は通話を切った。帰れないから、だからアンドロイドを寄越したというのか。だったらせめて、お前に似せろよというクレームくらいは受け付けて欲しい。
「自分と同じ顔と同棲とか」
ないわ、と盛大にため息をついて壁に凭れると、ずるずるとそのまましゃがみこんだ。ふと近くにいるはずの彼を目で探したら、何故か見当たらない。いつの間に、と慌てて探し回ると彼はキッチンに佇んでいた。
「こら、勝手に動き回るなよ」
「コテツ、夕食は食べたのか?」
「? まだだけど」
「冷蔵庫の中に食料が無かった。これでは夕食が作れない」
初めて来た家で一番にすることが冷蔵庫の確認かよ。虎徹はじっとりと彼を見つめながら、そういえば“家庭用”アンドロイドだと言っていたのを思い返す。もしかしてバーナビーの“役に立つ”という言葉はそういう意味か、と合点して虎徹はひらひらと手を振る。
「いいよ、俺が適当に作るから」
「駄目だ。マスターからコテツにバランスの取れた食事を提供するよう言われている。今から食料を調達してくるから、待っていて欲しい」
「え、買いに行くの? 今から? お前が?」
「資金はマスターから預かっている」
そう言って、彼はポケットからまさかのガマ口を取りだした。ちらりと壁の時計を確認すると近くのスーパーはまだ営業している時間だが、果たしてアンドロイドの彼が何事もなく買い物できるのか。
「いや、俺が行ってくるよ」
「私が行く。コテツに任せると、総菜や冷凍食品、酒しか買わないとマスターから聞いている」
「うっ」
図星を言い当てられて、虎徹は言葉に詰まる。彼にはバーナビーからぬかりなく情報がインプットされているようで、虎徹の提案は杞憂だったらしい。がしがしと頭を掻いた虎徹は、諦めのため息をついた。
「わかったよ、行って来い。その代わり、1時間しか待たないからな」
「了解した」
心なしか嬉しそうに頷いた彼は、機敏な動作で玄関に向かう。その背中を見送った虎徹はよろよろと歩いて、リビングのソファに倒れ込んだ。一人だけの空間になったことほっとして、忘れていた胸の内の感情に目を瞑る。独りには慣れているのに、珍しく余計な気を回してくれたバーナビーを虎徹は恨んだ。
作品名:【T&B】ゲット・バック・ホーム 作家名:くまつぐ