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その2



「コテツ、時間だ、起きろ」
「……ん」
 ゆらゆらと揺すられて目を開けると、飛び込んできたのは自分の顔。まだ夢でも見ているのかともう一度目を閉じたら目覚ましのアラームが鳴って、虎徹はしぶしぶ手を伸ばす。しかし触れる前に何故かその音は止んで、宙を彷徨っていた手は掴まれてしまった。夢だからか、と片付けようとしたら指先が何か無機質な物に挟まれる感触で虎徹はようやく目を覚ました。
「なに、やってんの?」
 挟まれている、と感じた指先は彼の口に含まれていて、目覚めて早速状況の判断が出来ない。
「………」
「おい?」
 長らく沈黙していた彼はようやく虎徹の指を口から引き抜くと、メディカルチェックだ、と簡潔に答えてくれた。
「他に方法ないのかよ…朝からびっくりすんだけど」
「ハグという方法もあるが、そちらは5分程時間を要する」
 非効率的だ、と淡白にぬかす彼は窓辺に近づくとカーテンを開けた。朝日が入り込んで眩しさに一瞬目を細めた虎徹は、だんだんと覚醒してきた頭で状況を再確認する。彼は昨日、バーナビーから送られてきた虎徹似の家庭用アンドロイドだ。その存在は恋人の職業柄見聞きしていたが、思っていたより見た目も言動も人間に近くて、本当に機械なのかと疑いたくなるくらいだった。ただ、自分に似せて造られているという点だけは釈然としないが。
「コテツ」
「んー?」
 生返事をしながら、虎徹は彼が準備してくれたシャツに腕を通す。アイロンをかけたのか、シャツには皺一つなかった。
「マスターとコテツの二人暮らしなのに、どうしてベッドが一つしかないんだ?」
「……朝からそんなこと聞いちゃう?」
 平静を装って掛けていたボタンが、最後の1個で掛け違えていることに気がついて虎徹は舌打ちをした。

「ごっそーさん!」
 ぱちんと手のひらを合わせると、テーブルの上の食器たちはてきぱきと片付けられていく。昨日の夕食も美味かったが、朝食もぬかりなかった。朝から、しかも家でこんなにしっかり朝食を取ったのはいつぶりだろうか。バーナビーと同棲を始めてからは、朝だけは一緒に食べようという決まりを作っていたが、いつも簡単なもので済ませていた。流し台に立つ彼の背中を頬杖をついてぼんやり見つめていたら、洗い物が終わったのか急に振り返った彼と目が合う。
「コテツ、今日の夕食のリクエストはあるか?」
「え、もう夕飯?」
「弁当は作ったから」
 そう言って手渡された布袋からは箱の硬い質感とほのかな温もりを感じて、それがなんとも言えない懐かしさを呼び起こしてくれる。
「……」
「一通りのレシピがインストールされているから、好きな物を言ってくれて構わない。ちなみにデフォルトは1食500cal目安のヘルシーレシピになっている。コテツ?」
センチメンタルは趣味じゃないのだが、知らぬ間に回想に浸っていたらしい。名前を呼ばれて虎徹は我に返った。
「あー…俺、好き嫌い無いし。いーよ適当で」
「そうか」
 咄嗟に食べたいメニューも思い浮かばなかったので首を振って虎徹は席を立つと、佇む彼の表情が一瞬悲しそうに見えて、虎徹は洗面台へ向かいかけた足を止めた。彼はアンドロイドで、外見はどんなに人間に似せていても中身は機械なわけで、感情なんてあるわけがないのに。自分そっくりに作られているから余計にそう感じるのかもしれない。反射的に近寄って頭を撫でてやると、自分の髪とほぼ同じ感触でまた驚いた。
「コテツ?」
 無感情なはずのその瞳が、撫でられている意味が分からないと言っていて、思わず苦笑がこみ上げる。
「そういや、ずっとお前って呼ぶのもなーんかアレだよな」
「呼び名なら、コードネームのHK-00があるが」
「それ呼びにくいし、なんか“いかにも”って感じだし…うーん」
 考えている間もわさわさと無遠慮に彼の髪を触り倒していると、さすがに嫌だったのか腕を掴まれてしまった。
「あ、俺に似てるから俺の虎徹から取って、“トラ”でどうよ」
「コテツが呼びやすいなら、それで構わない」
「よし、んじゃトラに決まり!」
 名前を付けるなんて、バーナビーがいたらペットじゃないんですよってバッサリ切り捨てられるか、貴方らしいと遠回しに呆れられていたかもしれない。だけどきまぐれに、見て見ぬふりをしていた心の隙間を埋めてくれるんじゃないかと、淡い期待をしてしまったのだ。