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「弦一郎、ごめんな。」
兄が涙ながらに俺を抱きしめてひたすら謝ったあの日を、俺は決して忘れない。






一、



俺は真田家の次男でこれから父の後を継ぐ兄の下で働く事になっていた。父が契約を結んだ柳家が経済の面で大変苦しくそれを肩代わりする形で受け入れた、それはいい。古くから付き合いのあった柳家の窮地を助けずにしてなんとするか、それはお爺上も散々申していた。
しかし立て直した所で柳の人間は真田を裏切った。
お爺上の体調が急変し、真田家は柳の者に色々な事を任せた、それは柳家を信頼しているからこその父の判断だったはずだ。
いつの間にか覚えの無い契約やら金はどんどんと出ていくばかりだった。そして真田家はみるみる内に衰退し、ついに潰れた。
今考えれば柳の人間は真田家のそこかしこに入りこみいつ食い殺すか狙っていたのかもしれん、あの時助けて貰った恩を俺たちは仇で返されたのだ。
俺たち兄弟が慣れ親しんだ家は競売にかけられ、住む所を失い食べるのにも苦労し父も母も働きに出たもののその生活はその日その日がやっとの事、一項に楽にはならなかった。
家は馴染みの幸村家が俺たちを哀れんで小さな家を一件貸し与えてくれたが、みるみる内に痩せていく両親をみていてもたってもいられなくなった兄も働きに出て俺も兄の後をついてその手伝いをしていた。
これで両親も少しだが楽になるだろうと思っていた。

ある日俺たちの仕事は夜遅くまで終わらず、家に帰った頃には街の明かりすら少なくなっている時だった。
父も母も寝てしまったんだろうか、家の明かりはついておらず俺たちはいそいで玄関をあけ寝室を目指した。兄が先に、俺はその後ろについて廊下を歩いた。
寝室の前で兄は足をとめた。どうしたのだ、と部屋をのぞきこもうとした俺の両の目を大きな手が覆い隠した。
「あにうえ」
「見てはだめだ」
寝室の方から漂う、鼻をつく異臭。
「あにうえ」
「大丈夫、弦は俺が守る。」
「あにうえ!!!」
兄の震える声が俺の背中をふるわせた。
兄の手をふりはらい、俺は寝室を覗いた。
暗くてよく、見えなかった。しかし天井からぶら下がるおおきな二つ。
「うっ・・・・」
父と母だった。
首をつった二人、俺は声にもならずその場で嘔吐した。
嘘だと思った。あの父と母が死ぬはずがない。俺たちを置いて、そんなはずは無い。
兄は俺の後ろで泣き崩れた、聞いた事がないような叫びにもにたその嗚咽が俺の頭の中でこだました。全部柳のせいだ。どれもこれも、俺たちがこんな思いをしなければならない状況を作った。

「許さん。」
俺はこらえきれず涙を流した。
俺は、いつか柳を潰してやる。



ニ、




両親の葬儀は幸村が執り行ってくれた。
親族は俺たち兄弟二人、立ち上る煙をただ見つめた。
「何から何まですまんな」
「いいよ、気にしないで。」
幸村の長男、幸村精市とは幼なじみでよく知っている間柄だ。
幸村はそっと俺の横に座ってただじっと自分の両親に深々と頭を下げる俺の兄をみつめていた。
「兄さん、痩せたね。」
「ああ・・・」
幸村は兄の事を自分の兄弟のように扱い、兄さんと呼ぶ。その目が悲しそうにしているので俺はニッと笑って心配ない。とだけ言う。
「真田も、からだに気をつけるんだよ。」
「何を言う、丈夫さならお前に言われんでも平気だ。」
「はは、だよね。」
少し体の弱い幸村、肌寒い外の空気にあてられ風邪をひいてはいけないと自分の上着をかけてやる。
「何か困った事があったら、俺や俺の父さんに頼っていいから。」
「ああ。」
空返事なのが解っているのか、真田。と呼ばれたが俺はそれを聞こえないふりをして幸村から離れた、何もかも頼ってはいけない。俺は真田を取り戻す。兄と二人今度こそ幸せとまでは言わない、両親がいた頃に戻したい。
その為なら俺はなんだってやる。

「弦、それじゃあ。いってくるな。」
「はい、気をつけて。」
兄が仕事に出かけるのを見送って俺は着替えて足場やに外に出た。いつもならきないような少し鮮やかな着物をきて帯をだらしなく巻き長い前髪は横に流した。
「さーなだ」
「仁王か。」
「気合い入ってるのぉ」
「そんな事は無い。さあ、行くぞ。」
仁王が少し前、街をふらついていたのを見つけ身なりや歩き方が他の者と異なり、目をひいたのえ俺から声をかけた。聞けば独り身だと言う、独りで生きるには金が居るんじゃよ、と着物をはためかせて「どうじゃ、あんたも俺を買うか?」と言うから身売りをしているとすぐに解った。
以前の俺ならばそのような事は忌み嫌いこの仁王も蔑んで関わろうとはしなかっただろう。
「俺にも、やり方を教えてくれんか?」
「・・・?」
まさか俺がそのような事を口にする人間だとは思わなかったのか、仁王は目をまんまるにして驚いたあと着物をはだけさせ、「みてんしゃい」と言ってひょこひょこと歩いていった。
「おにいさん」
「あ?なんだお前」
「名前なんかいいじゃろ、それよりな、俺と良い事してみん?気持ちよくなれるぜよ」
仁王はそう言って適当に捕まえたチンピラの股の間に太ももをするっと挟ませそのまま挑発するようにその部位を太ももを動かして擦ると男はその気になったのか興奮した様子で仁王の腕を掴んで路地に入っていってしまった。
俺はその様子を遠くから見つめ仁王が帰ってくるのを待った。
「たーだいま。」
「早いな・・・」
「口でしてやっただけじゃからの。」
そういってぺっと吐き出す唾液は少し白かった。
仁王の手の中にはしっかりと金が握りしめられていた。今回の客は外れじゃったの~と仁王は言うがほんの数刻の時間の間、それでこの金額なら申し分無いだろうと驚いた。
「まだまだこんなもんじゃ無いぜよ。あたりはもっとはぶりがいいき」
「そう・・・なのか」
「今度、俺がしたようにやってみんしゃい。あと、その着物じゃ駄目じゃ。明日またここに来るといいき、俺の着物一着かしちゃる」
「・・・・すまんな。ありがたい。」
自分の地味な着物では目にとまらないと仁王はそれから沢山の事を俺に話してくれた。



そうして今日、俺は男を捕まえようとしている。



三、




「真田、お前さんは俺みたいに可愛こぶっても無駄じゃからの。」
「お前とは違った・・・・?」
「そうじゃ、太夫さん見たく歩いてみんしゃい。」
「太夫・・・遊女のか?」
派手な着物二人並んで、俺たちは道の隅で話をした。
色町に入ったのはこれが初めて、赤い提灯に女は売られ、男はそれを買う。だが「最近の金持ちの趣味は変わっててのお、俺たちみたいな男の身売りを買う男色化がおるのよ。」とのんきに仁王は言う。仁王は手慣れたもので男を捕まえるのが早い。
小銭を持ってそうなチンピラひっかけるんは三流じゃーと煙管をくるくると指で回した。
「俺は太夫のように歩いていたらいいのか・・・そうか」
「お」
「おい!!仁王!!」
「ちょっとまってんしゃーい」
道の反対側にいる色町にはふさわしくない年老いた男に仁王は声をかける、すると男は優しそうに笑いながら仁王の手をとって暫く話しこんだ、あんな老人にまで面識があるのか。俺は関心しつつも仁王の独りの強さに魅入っていた。
作品名: 作家名:Rg