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【シンジャ】秘蜜の時間【SPARK】

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Prologue

 壮麗な室内調度品が並んでいる広い部屋の窓の向こう側には、青い空や整備された美しい町並み。青く澄んだ海などが広がっている。この国を一眸する事が出来る場所に建っている豪壮な建物の中にあるこの部屋は、この国の主が執務を行う為の部屋である。
 極南地帯にある島国、シンドリア王国。嘗ては人を寄せ付けぬ絶海の孤島でこの国はあった。そんな島を数々の迷宮【ダンジョン】を攻略したシンドバッドが開拓した事により、今は貿易と観光によって栄えた国になっている。そんな国の中にある王の執務室には、王であるシンドバッドだけで無く、限り無く白に近い銀色の髪と赤い雫型の石が付いた額飾り【ティッカ】が特徴の青年の姿がある。大柄な者が多いシンドリアの中では小柄な部類に入る彼の名前はジャーファル。聡明であると共に穏やかそうに見える彼は、この国の政務をシンドバッドから任されている政務官である。
 十代後半にも見える外見をした彼は、今年で二十五歳になる。二十五歳という若さで彼が政務官を任されているのは、彼に政務官をするだけの見識があるからだけでは無い。今でもまだ二十九歳という若さであるシンドバッドに、昔から仕えていたからという理由もある。
 ジャーファルと同じようにシンドバッドも、二十九歳という年齢には見え無い。勿論、ジャーファルと同じように若く見えるのでは無い。その反対である。実際の年齢よりも遙かに上に彼は見えた。それは、彼の顔が老けているからでは無い。
 二十代とは思えない成熟した男の顔を彼はしているが、老けている訳では決して無かった。それにも拘わらず年齢よりも上に見えるのは、二十代の男が持つ事が出来無い貫禄を持っているからだ。その貫禄は、王になる事によって身についたものでは無い。今までの様々な経験から身についたものである。
「それでは、この件は後で皆に伝えておきます」
「頼む」
 報告しなければいけない事案が発生したのでシンドバッドの元へとやって来ていたジャーファルは、そんなシンドバッドの言葉を聞き部屋を出て行こうとした。
 シンドバッドの執務室は、自分たち文官が政務を行っている部屋がある建物と同じ建物の中にある。報告が終わったので政務を行っている部屋へとこのまま戻るつもりであったのだが、足を動かす前にシンドバッドの声が聞こえて来た。
「そうだ」
「どうかしましたか?」
 まだ自分に伝える事があるのだという事が分かり、その言葉を聞いてから部屋を出る事にした。
 シンドバッドが自分に言おうとしているのは、仕事に関する事であるのだと思っていた。しかしそうでは無かったのだという事を、直ぐに知る事になった。
「あれから私服は作ったのか?」
 あれからのあれというのは、私服の話しをした時の事なのだろう。その時私服を自分が一枚も持っていない事を知ったシンドバッドから、私服を一枚ぐらい誂えろという事を言われていた。その事を彼の台詞を聞く事によって思い出した。
「いえ、まだです」
 シンドバッドの発言を聞くまでその事を忘れていたのだから当然の事であるのだが、まだ私服を誂えていなかった。
 自分の返事を聞き、呆れたような顔へとなった後シンドバッドは大きな溜息を吐いた。
「まだ誂えて無かったのか」
「私服など無くても良いじゃないですか。誂えても着る機会がありませんし。何処か一緒に行く友人もいませんし」
 友人がいないという言葉を強調して言った。
 わざわざそんな事をしたのは、私服の話しをした時に友人が一人もいない事へと彼に驚かれたからである。わざわざその言葉を強調して言ったが、決して友人がいない事を気にしている訳では無い。そして、友人が欲しいとも思っていなかった。
「何らかの事情で、急に私服が必要になる事があるかもしれないだろ」
「その時は侍女に適当な服を用意させます」
 無駄にしかならない服を誂えても、服が勿体無いだけで無く服を誂えて貰う為に使う事になる時間が勿体無い。私服をシンドバッドは自分に作らせたいようなのだが、私服を作る気は全く自分には無かった。
「お前はまたそうやって……」
「着ない服を作っても無駄にしかなりません」
「無駄になるかならないかは、今は分からない事だろ? 決めつけるのはよく無いぞ、ジャーファル」
 そう言ったシンドバッドの口調は、宥めるような物であった。
 私服を作る必要は無いと今も思っている。しかし、そんな口調でそんな事を言われると、必要無いという事をこれ以上言え無くなってしまう。諦めてシンドバッドの言葉に従うしか無いようである。諦めの気持ちへとなっていると、真面目な顔から柔らかい顔へとシンドバッドはなった。諦めて私服を作る事に自分がした事を彼は察したようである。
「では、仕立屋を呼ぶ事にしよう。手配は俺がするから、わざわざ手配する必要は無いぞ」
「……分かりました」
 仕立屋を呼ぶのは王の仕事などでは無い。下の者がする仕事である。シンドバッドの言葉を聞きそう思ったのだが、既に仕立屋を自分で呼ぶつもりになっている彼にそれを言っても無駄である事が分かっていたので、その言葉を飲み込んだ。
「それでは、私は執務室に戻ります」
「うむ」
 シンドバッドの返事を聞き部屋を離れた後、自分の帰りを部下たちが待っている部屋へと向かいながら溜息を吐いた。
 溜息の原因は勿論、強引に服を仕立てる事を決めたシンドバッドである。何故そんなに私服を自分に作らせたいのかという事が分からない。男の服など見ても面白く無い物である。何を着ても同じであると思いながら廊下を歩いていると、廊下の突当りにある曲がり角から侍女が姿を現した。
 王宮で働いている侍女の服は全て同じという訳では無い。仕事内容によって異なる。こちらへと向かって歩いて来ている女性が着ているのは、他の侍女が着ている物よりも華やかな物である。彼女が着ている服が他の侍女よりも華やかな物であるのは、彼女の仕事が遠方からやって来た大切な客の世話をする事であるからだ。
 目の前までやって来ると、美しい腕飾り【チュリ】や耳飾りなどをして更に自分を飾り立てている女性は、足を止め胸の前で両手を組み頭を下げた。わざわざ自分も足を止めて彼女に挨拶をする必要は無いので、軽く彼女に目配せをして彼女の横を通り過ぎていく。
 色合いだけで無く、形も良い。何度見ても飽きる事が無い服である。シンドバッドは相変わらず女性の服を選ぶのが上手い。女性の服を選ぶのが上手いのは、彼が様々な国の様々な身分の女性の服を見て来たからだろう。侍女だけで無く臣下の服を選ぶのはシンドバッドの仕事であるので、先程横を通り過ぎていった侍女が着ている服を選んだのはシンドバッドである。
 今見たばかりの服について考えていると、足音が後ろから聞こえて来る。先程横を通り過ぎていった彼女が歩き出したようである。それが分かり足を止めて後ろを振り返ると、長い髪をした侍女の動きにあわせて長い胴衣の裾が揺れていた。前からの見た目だけで無く後ろからの見た目も良い。
 落ち着いて彼女が着ている服を眺めたい。
 眺めるだけで無く、着てみたい。