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葎@ついったー
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die vier Jahreszeite 008

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008




アルミ製の鍋を模した容器をコンロに直截かけてぐつぐつ煮込む。
手間が少ない割りに結構旨いってんで冷凍煮込みうどんはちょくちょく作る。
が,今日に限って煮込む過ぎるというミスをしでかした。
火にかけた鍋を見ているうちに気づくとぼーっとしていた。何やってんだ俺。

「やべ」

慌てて火を止め,鍋敷き代わりの雑誌を盆よろしく掲げてチビの待つ部屋へ向かう。

「うどん,食えるか」

もうもうの湯気の立つ鍋をテーブルに置くと,湯気の向こうで小さな頭がこくん,と頷いた。
よし,食うか,と思ったものの,よく考えたらいろんなものが足りてねぇ。
このあっつい鍋からチビに直截食え,てのは無理だよな。
ってことはなんか器?
箸…よりもフォークの方がいいよな。

面倒くせぇな,と喉元まで込み上げた一言をぐっと飲み下しながらもう一度立ち上がって台所へ戻る。
ぐるりと見回しても自炊なんかろくにしないから食器というものがない。
土産に貰ったマグカップと弁当についていたプラスチック製のフォークを持って部屋に戻った。

箸でマグカップにうどんをとりわける。
うどんは案の定ちょっと伸び気味だった。

「葱,食えるか」

こくん。

「かまぼこは」

こくん。

「海老…は半分ずつな」

ちょっと間を空けてこくん。
チビはほとんど口を利かなかった。
トイレへ行きたいだとか手を洗いたいだとか必要なことは喋ったし喋れないってことはなさそうだった。
ただ,無口なのか?

うどんを取り分ける手を止めて視線を向けると,カップに分けられるうどんをじっと見ていた淡い色の目が俺の方を向いた。

「…なんでもねえよ」

云いながらパーカの袖をぐい,と伸ばして手を覆い鍋を掴む。
うどんがひたひたになるくらい汁を注いで「火傷すんなよ」とマグカップをチビの前に置いた。

半分になってしまったうどんを前に,俺は両手を合わせて「いただきます」と目を伏せる。
すると傍らでチビも真似するように「いただきます」と手を合わせた。
その様がなんとなく笑えて,喉を小さく鳴らすと,伏せた目を上げてはにかむように笑う。
小さな表情の変化を見てると,胸の奥がくすぐったくなるような心地がした。

大して喋ることもなく,言葉少なにうどんを啜る。
俺はあっという間に食い終わり,チビもほどなくして食べ終えた。

「足りたか?」

尋ねるとこくん,と頷き食べ始めるとき同様小さな両手を合わせて「ごちそうさまでした」と目を伏せた。
俺はチビの頭をぽん,と撫でてやり,さらっさらの髪をくしゃくしゃとやってから立ち上がると台所でゴミの始末をした。
そういえばフランシスから貰ったケーキがあったんだっけ,とシンクの横に置いたままの小さな箱を見る。
ケーキ食えるか?と尋ねようと後ろを振り返ると,小さな身体がこっくりこっくり船を漕いでいるのが見えた。

腹いっぱいになったら緊張がほぐれて眠くなったってとこか。
ひっそりため息をつきながらジーンズのポケットに押し込んだままだった携帯電話で時間を確かめる。
あんなちっさいガキがうとうとして当然。時刻はもう日付が変わって半時間が経過していた。

「オイ,ここで寝んな」

細い肩を掴んでゆさぶると,今にも閉じかけそうだった目がぱっと開いた。
慌てた顔になるのを「怒ってるわけじゃねえよ。隣に布団敷いてあっから,そっち行くぞ」と云って聞かせながら立ち上がらせる。
寝る前にもう一度トイレに行く,というので連れて行き,出てきた後は抱え上げて手を洗わせる。
それから寝室にしている四畳半へ連れて行き,漸くチビが服を着たままなのに気づいた。

「…お前,着替えとかあんの?」

ふるふる,小さな頭は横に振られた。
だよなあ,と俺はため息を吐く。
チビが背負っていた小さなリュックじゃどう考えても着替えの類は入らない。
さてどうするか,と思ったが俺の服じゃサイズがでかすぎる。
別に服のまま寝たって悪いこたねーだろ,と放り出すと,俺はチビが着ていたセータと靴下だけ脱がせて布団に送り込んだ。

「半分空けとけよ。布団一組しかねぇんだうちは」
「…兄さんも,一緒にねるの?」

兄さん,そう呼ばれた瞬間,どくん,と心臓が跳ねた。
俺は強張りそうになる表情を無理矢理動かして口の端を引き上げると「駄目か?」と尋ねた。
チビは首をふるふると横に振ると,ふにゃっと頬を綻ばせて「おやすみなさい」と云ってもぞもぞと布団に潜り込んだ。

「おー,おやすみ」

チビが首まで布団に埋もれるのを確認して,部屋を引き上げた。
はっきり云ってうどん半分じゃ空腹は満たない。
しかし今から外に出て何か買いに行くのも億劫で,俺はやれやれ,とため息を吐きながら台所に放り出してあったバイト先のビニル袋から缶ビールを取り出した。
脇に置かれた小さな箱を見て,食っちまうか,と一瞬だけ考える。
しかしすぐにその考えを頭の隅に蹴りやり,片手でプルトップを引き開け,ごくごくと喉を鳴らして飲みながら部屋に戻った。
未成年の飲酒だなんだと煩い昨今だけど,バイト先で気に入られてしまえは酒と煙草くらいはどうにでもなる。
別にいきがるつもりはねぇけど,酒も煙草も単純に好きだった。

部屋の明かりを落として,窓に凭れてビールを飲む。
つまみなんかねぇから煙草を咥えて火をつけた。
頭の芯が痺れたようにぼーっとする。
家に戻ってきてから一時間ちょいの間に起こったあれこれが,まだ頭をこんらんさせていた。

――兄さん。
小さな声が耳の奥にこびりついていた。
ルートヴィッヒ。
俺の,小さな弟。

父親の勝手に腹が立たないわけじゃないが,どこかで諦めても居た。
嘗ていつも両手にあった両親の手。
それがいきなり離されたのは六歳の冬。
でも家族がバラバラになる前兆はそれよりずっと前にあった気がする。
二人してにこにこして俺の顔を覗きこんだと思ったら,互いに言い争いを始める。
そんなことはしょっちゅうだった。
父親も母親も俺がそんなことを覚えてるとは思ってないだろう。
でも,俺はずっと見ていたし,聴いていた。

子どもの前で止めて,と母親が顔を歪めるのも,父親が太いため息を吐くのも。
二人の間にあった亀裂が決定的になりつつあるのを感じ取ると,俺は意識して二人から離れるようになった。
三人で暮らす小さな家の中,俺はいつも二人の姿がない場所を選んで蹲っていた。
意識していたわけではないが,自分から繋いだ手を離す準備をずっとしていたような気がする。
だから,離婚のことを告げられても俺は泣いたりしなかった。
父親の従姉妹だという女に引き合わされたときも大人しくしていた。
じゃあな,と去っていく父親の背中を覚えている。
多分もう二度と会わないんだろうな,と漠然と思った。
金は不定期に送られてきていたらしいが,思ったとおりその後父親からの接触は一切なかった。
――今日までは。

今になって,どうして,という思いはあった。
あんなちびっこいの一人を残してさっさと姿を晦ましたことに対する苛立ちも憤りもある。
でも,やっぱりどこかで諦めてもいた。
怒るだけ無駄だ。
何か考えるだけ,思うだけ無駄なんだ。