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【風円】さようなら。

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 結婚を期に新居へと移る事となり、実家の部屋で私物を整理していた時に、それは見付かった。
 クローゼットの奥の方、小さな箱がその他大勢の荷物とは明らかに一線を画した雰囲気でポツンと置かれてあり、これは何だろうと思わず手に取っていた。がさつな性分を持つ自分にしては珍しい扱いで、よほど大切にしていた物らしい。何が入っているのだろうと好奇心に駆られて蓋を開けてみれば、柔らかい懐紙に包まれて、それは丁寧に折り畳んで仕舞われていた。懐紙の内側から現れた品物を見た円堂の瞳が驚愕に見開かれる。
「これ……」
 円堂の指先が探り当てたのは、懐かしい雷門中サッカー部のユニフォームだった。
 だが、自分のユニフォームではない。ゴールキーパー用の緑と橙の長袖の物では無く、黄と青で構成された半袖のデザインだった。そして、背中には「2」という文字が記されている。
(風丸の……)
 雷門中の背番号2番と言えば、長い水色の髪を後ろに結んだクールな横顔の幼馴染が脳裏に蘇った。
(そういえば、中学の卒業式の後に、俺のバンダナとあいつのユニフォームを交換してたんだっけ)
 十年近い過去の記憶を掘り起こして、円堂は一人感慨に耽った。
 ――サッカー部に入部したのはお前が切欠だったから、これはお前が持っていて欲しい。
 そう言って二年間纏っていたユニフォームを手に持ち、学ラン姿の風丸は自分の所にやってきた。晴れやかな表情の内側に強い意志が込められている、大人に成り掛けた少年の放つ静かな深い眼差しをしていた。無償にドキドキと鼓動の煩くなった自分は、慌ててそんな大切なもの受け取れないと断ったけれど、頑固な幼馴染は相変わらず強情だった。無理やりカバンの中に入れかねないような強引さだったので、ならば俺も自分のユニフォームをやると言ったが、その会話が周りのチームメイト達にも聞こえていたらしく、風丸だけキャプテンのユニフォームを貰うのはズルい、俺も欲しい、僕にも下さい、と色んな奴から詰め寄られて、狭い部室は忽ち大混乱に陥った。
 騒ぎを聞きつけた豪炎寺や鬼道が仲裁役をかって出てくれたお陰で何とか騒動は治まったものの、結局風丸からも「俺だけお前のユニフォームは受け取れない」と交換を拒否されてしまい、だったらこれを貰って欲しいとその場でバンダナをほどいて渡したのだ。サッカー部で開いて貰った卒業おめでとうパーティーが終わり、下校途中の夜の河川敷を二人だけで歩いている時だった。汗臭くてごめんなと申し訳ない気持ちで言うと、風丸は瞳を細めて微笑い、俺のだって変わらないぜと茶化すように嘯いた。
 ――ありがとう、円堂。できればお前の物を一つ欲しいと思っていたから、嬉しい。
 橙のバンダナを大事そうに手に取って呟いた十五歳の頃の風丸の声音が、はっきりと鼓膜に蘇ったようだった。
「…………」
 円堂は思わず指先を伸ばし、箱の中に仕舞っていたユニフォームをそっと取り出す。たたんでいたのを広げてみると、思っていたよりもずっと小さいように感じられた。
「はは、ちっちぇー。あいつこんな小さかったんだなー」
 成人した今でも細身の体躯は変わらないけれど、腕も足も身長も大分伸びたので、流石に二四歳の風丸には着られないだろう。一見スラリとして見えるけれど、実は着痩せするタイプで、きちんと筋肉は付いている。小さい頃に陸上をしていた所以か、全体のバランスがとても良いのだ。簡潔に述べると「均整の取れた身体」と呼ぶべきだろうか。
 雷門中学校にて、嘗ての自分達が所属していたのと同じ少年サッカー部を率いる事が決まってから、指導者としての勉強をしている中で、ボディバランスの見本として十年前から十四歳の風丸を連れて来て皆の前でプレーさせてやれば何よりの見本になるだろうなぁと馬鹿な事を考えてしまう事もあるほどだった。
「しなやかで、柔軟性があって、ほんと良い筋肉してんだよなぁ」
 着替えも風呂も一緒だったチームメイト達なら少なからずその事を知っているだろうけれど、自分は更に間近で見たり、直接触れたりしていたから、余計に分かるのだ。
 二人きりになった時、真摯な眼差しを宿したあいつが体中に触れてくるのが照れ臭くて、つい茶化したように此方からベタベタ触り返してしまい、羞恥を誤魔化そうとする度に、あいつは物凄く嫌そうな顔をして気安く触るなと不貞腐れてしまった。減るもんじゃないのに、風丸のケチー! とわざとむくれてそっぽを向けば、とても情けない顔になって、後でこっそりと様子を窺うようにご機嫌取りに来てくれた。
 大喧嘩の末に絶好宣言をしても、いつも風丸の方が先に折れて仲直りをしに来てくれた。彼が来る頃には自分だってすっかり喧嘩なんかどうでも良くなっていて、早くあいつ来ないかなー位の気楽な気持ちで待ってさえしたのだ。
 いつだって自分は風丸に甘えてばかりだった。彼がどんな気持ちで自分の所に来ていたのか、どんな気持ちで自分に触れていたのか、それに対して自分はどれだけ残酷な仕打ちを与えていたのか。今更になってようやく思い知る。
「あの頃はさー、俺、いろんな気持ちをいーっぱいユニフォームの中に押し込めてたんだ。ぎゅーって小さくして、すっげぇ硬くして、腹の底に楔みたいにしっかり据えてた。だから迷わなかったんだけど」
 無知だったのだと思う。サッカーを、仲間を、自分自身を、信じる気持ちだけで何でも乗り越えられると思っていたし、現にそうやって生きていた。自分のやり方に微塵の揺るぎも感じていなかった。だからこそ、無知だったかも知れないけれど、強い儘で在れたのかも知れない。
「でも、ゲンカイ……もう、収まりきんねぇの」
 一度揺らいでしまうと、もう駄目だった。糸がほぐれたみたいにするすると解けていってしまう。精一杯腕を伸ばしても追い付かない。決して触れる事の出来ない風を一生懸命捕まえようとしているように、指の間からすり抜けて行ってしまう。
 強固だった信念が揺らいだのは、風丸がイナズマキャラバンを下りた事が切欠だった。あれから少しずつ、ほんの少しずつだったけれど、強固に据えていた意志の力に皹が入り、その亀裂が大きく広がって行ったのだ。
 あの時、初めて自分は大好きなサッカーが出来なくなるほど自信を喪失した。ボールを持つ事が出来ない位に落ち込んで、後悔して、懊悩した。風丸達が自分の隣から居なくなってしまうなんて事態をこれっぽっちも想像していなかった自分自身に、立ち上がる気力を持てない程のショックを受けたのだ。
 あの時の足元の地面がポロポロと崩れ落ちていくような喪失感を、もう二度と味わいたくは無かった。
「俺、駄目なんだ……いつかまたお前に裏切られるかも知れないって思うと、怖くて仕方ねぇんだ……だから、先に自分から諦めなきゃって、思った」
 自分を愛してくれている彼を裏切り、夏未との結婚を決めた。一言の相談も持ち掛けなければ、婚約している素振りすらも一切見せなかった。最後に会った時も、当然のようにキスを交わして、身体を重ねて、同じベッドで朝まで一緒に眠った。あれが最後だと決めていたのは自分だけで、あいつはそんなつもりなど微塵も無かったに違いない。また同じように会えると信じて疑っていなかっただろう。
作品名:【風円】さようなら。 作家名:鈴木イチ