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【風円】さようなら。

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 それから数日後、結婚式の招待状が彼の元に届いた筈だった。
(風丸……)
 返事は、まだ来ていない。ケータイが鳴る度に風丸じゃないかとビクビクする日々が続いていたが、メールや電話が来るのは彼以外の元チームメイトや友人たちからのお祝いメッセージばかりで、風丸からの連絡は来ていなかった。
(ごめん……風丸)
 きっと、一生涯許して貰えないような酷い仕打ちを与えた。深く心を傷付けた。歩み寄る隙間を与えない程、彼の存在を拒絶した。
(ごめん……ッ)
 握り締めた風丸のユニフォームをきつく胸の中に抱き締め、円堂は心の中で謝罪を爆発させる。
 面と向かっては告げられない言葉を、告げる事を許されない言葉を、記憶の彼の笑顔に向かって心の限り陳謝した。
「……っ、ぅ」
 声に出して告げられない想いは狭い胸の中で荒れ狂い、凶暴なまでの衝動となって円堂の心身を支配していった。
 思い返すのは、共に過ごしたたくさんの楽しかった日々。
 一番近くから見つめた、たくさんの表情たち。
 互いに保育園の空色のスモッグを着ている頃からの知り合いで、一番最初に出来た一番大切な友達だった。遊ぶ時はいつも一緒で、毎日泥だらけになるまで飽きずにずっとつるんでいた。
 自分がサッカーに夢中になってからは一時的に疎遠になった時期もあったけれど、毎朝登校する時は一緒だったり、何かあればすぐに相談に行ったりと交流が途絶える事は無かった。中二になってすぐ、帝国学園との練習試合の際にサッカー部の助っ人に来てくれてからは、一時的な離脱こそあったけれど、それ以降はさらに絆を深めて、家族よりも長い時間を一緒に過ごしてきた。
 友達やチームメイトとして以上に、恋人として隣に居てくれた風丸。その女みたいに整った綺麗な顔も、シミ一つない白い肌も、指通りの良い長い髪も、陽に透けると赤く煌めいて見える切れ長の瞳も、すっと通った鼻梁も、薄い唇も。
 何かを考え込んでいる表情も、本を読んでいる時に伏せられる長い睫毛も、髪に触れている仕草も。
 仲間の前ではクールに振る舞っているのに、自分の前でだけ見せてくれる拗ねているように尖った唇も、不貞腐れたように膨らんでいる頬も、優しい笑みを称えた瞳も。
 健やかに眠っている顔も、何かに驚いて目を丸くしているちょっと間抜けな顔も、試合前に時折浮かべている憂鬱そうな眼差も、困ったように眉を下げて苦笑している顔も、弾けたように爆笑している顔も。
 身体を合わせる前に、愛していると囁いてくれる誠実な瞳も。
 数えきれない位、沢山、たくさん、永劫にも続くような莫大な数の幸せと思い出をくれた。
「……風丸」
 ユニフォームを持ったまま、円堂はペタンとその場に膝を付いて座り込んだ。気付けば頬には大量の涙が伝っており、顎から滴り落ちた滴がパタパタとユニフォームに染み込んでいく。
「かぜまる……かぜ、ま……っ」
 胸が破裂してしまいそうな激情が膨れ上がって、気を抜いたら狂人のように叫び出してしまいそうだった。片手で自らの口元を覆い、見っとも無く叫号しかけた衝動を何とか押さえこむことは出来たが、その代わり引き攣ったような嗚咽が食い縛った唇から漏れだした。
「……っぅ、……っ」
 元々壊れかけていた涙腺の蛇口が緩み、洪水のような涙が溢れ出していた。奔流する落涙は止まる術を知らず、イエローとブルーのユニフォームに次々と吸い込まれていく。いけないとは思いつつ、涙の滲出を抑制することも、硬直した掌から布地を遠ざけることも出来ずに、床の上に蹲ったまま、遂に円堂は声を上げて号泣した。
「ぅぁ……、ぁ……ぁあああっ!」
 掌に残る微かなぬくもりを胸に抱き締めて、身体を二つに折り曲げて泣きじゃくる。
「かぜまる……かぜ、まる……っ」
 唇から迸るように、愛しい男の名前が飛び出した。
 何度も、何度も、この場所にはいない幼馴染の名前を呼び続ける。愛しているのだと、本能が叫び声をあげている。
 お前の事が好きなんだと、声にならない声で、何万回も繰り返しながら。
(かぜまる……っ)


 ――――さよう、なら……っ。


「…………」
 抱き締めていたユニフォームをそっと胸元から離し、指先で慈しむように生地を一撫でしてから、円堂は泣き腫らした瞳をふっと開ける。ぼやけた視界に映った「2」の数字の上に、パタタッと最後の涙が零れ落ちた。
(十分だ。俺はもう、一生分の幸せを、お前から貰ってんだから)
 当たり前のように向けられる笑顔も、一つに交わった時の身体の熱さも。
 ともに過ごした沢山の日々も、今はこの胸の中に残っているけれど、このユニフォームと共に頑丈な箱の中に封印しよう。
 少年時代の俺に、別れを告げよう。
 これからは少しずつ風丸の面影を忘れて、夏未を守っていく事だけを考えなければいけなかった。彼女を妻として愛していくよう、心を入れ替えなければいけない。それが彼女と一緒に生きていくと決めた自分自身に対する答えだった。
(ありがとう。風丸)
 お前を好きになって、良かった。初めて恋をした相手が風丸で、本当に幸せだった。
 でも、お前を幸せにしてやれるのは、俺じゃないんだ……。
(だってさ、お前には小さくて、ふわふわしてて、優しくて、とびっきりの可愛い女の子のほうが、どう考えたって似合ってるだろ?)
 保育園の頃から女の子にモテまくっていた風丸なのに、恐らくは彼女が居たことは一度も無い。非公式に付き合っている女性なら、何人かは居たとは思うけれど、把握はしていない。もしその相手が自分の知っている人物だったら、冷静に向き合うだけの自信なんて何処にも無かった。きっと醜い嫉妬の感情の余りいつもの自分を演じる余裕すらも無くなると思う。あいつが好きになってくれた「俺」を保てなくなる。
(俺、多分、おかしいんだよ。お前の事、まっとうに好きじゃないんだ……)
 ずっと風丸に傍にいて欲しい。一生彼の身を独占して、誰にも渡したくは無い。そんな未来を当然のように思考している自分が居て、思い切り頭を殴られたようなショックを覚えた。これでは束縛と何も変わらないではないか。
 いつしか内側に溜まったドロドロした気持ちが風丸にバレてしまったら、きっと彼は自分に失望して離れていくだろう。風丸の好きな「円堂守」は、いつでも一直線で、素直で、純粋で、常に前を向いている宇宙一のサッカーバカだった。裏ではこんなに嫉妬に塗れた醜い感情を飼っているなんて露とも思っていないに違いない。
 風丸に勘付かれないよう、表の顔のみを完璧に演じ続けられれば良かったけれど、それも今となっては難しかった。適齢期とも呼べる年齢になった今、付き合っている自分に遠慮して特定の女性を作る事の無かった風丸だけど、いつ彼女が出来てもおかしくはない。彼の母親は一人息子の風丸を心配して、お見合いの相手を探し回っているとうちの母親から聞いていた。その事実が、自分に風丸を諦めさせる大きな要因となった。彼を自分の呪縛から解放させて、自由にしてやらなくてはいけない。
 ――――ごめん。
作品名:【風円】さようなら。 作家名:鈴木イチ