【風円】さようなら。
突然、最悪な形で別れを切り出す事になった自分を、許してくれとは言わない。むしろ恨んでくれていい。そうすれば彼に甘えたいと思ってしまう弱い自分を戒める為の、一番強い礎となる。
ただ誰かを好きになって、相手も自分を好きになってくれて。そんな簡単な意思疎通すらできないほど自分達は遠くなってしまったけれど、風丸と過ごしていた日々があるから、自分はこれからの人生を歩んでいける。たとえお前を失っても、歩いていく事が出来る。お前との思い出を綺麗な結晶のまま、醜く穢さずに綺麗な箱の中に封じ込めよう。それは何よりの生きる支えとなる筈だった。
円堂はユニフォームを丁寧に、綺麗に、小さく折り畳んだ。一度自分の胸に掌を当て、祈るような気持ちで風丸への思慕を掌の中にぎゅっと詰め込む。それは此処一番の大勝負の時に、心臓の上に右手を置いてマジンザハンドの気を溜めていた動作に似ているような気がした。
精神の中から搾り出した有りっ丈の風丸への想いを、その黄金色に煌いている眩いばかりの光を、そっと柔らかな生地の上に乗せて、掌を介すように背番号2番のユニフォームに伝える。
(これで、だいじょうぶ)
きちんと風丸に別れを告げる事が出来た。
もし次に風丸に会う事があっても、笑顔であいつに話しかける事が出来る。今までありがとう、バイバイ。お前も早く良い子見付けて幸せになれよと、笑って肩を叩いてやれる。
「こうするのが一番よかったんだよ。なぁ?」
風丸……と己に言い聞かせるようにして呟き、円堂はユニフォームを納めた箱にそっと蓋を被せた。
荷物を片付けて大分すっきりした印象になったクローゼットの中、元在った場所と同じ位置に箱を安置する。
そうして明かりの灯らない真っ暗になったクローゼットの扉を、両手を使ってパタンと閉じてしまった。
それは宛ら心の扉を自ら閉めた音のようにも聞こえて、円堂は微かに瞳を眇めた。
作品名:【風円】さようなら。 作家名:鈴木イチ