【腐向け】ひとりとふたり
鳴り響く電子音のアラームを手を伸ばして止める。まだ惰眠を貪りたがる身体をなんとかベッドから引き離して、天に向かって伸びをした。
よし、とベッドから降り立った俺は、隣のベッドが盛り上がってることを確認すると、極力音を立てないようにそっと寝室を後にした。
朝起きて俺がやることと言えば、朝食作りだ。これを怠ると確実に1日はベッドで寝て過ごす羽目になる。
早乙女学園を卒業して、早3年。料理が趣味だと豪語する那月は毎回殺人料理を作ってキッチンを滅茶苦茶にしていたが、少し、ほんのすこーしだけ前よりましになってきた。100回作ったとしたらそのうち1回は、食べられる料理になったのだ。
それでもまだまだ那月に料理を任せるリスクは大きく、結局は俺が自主的に作っている。学生時代からだから、もう日課だ。
顔を洗って、テレビでニュースを流しながら冷凍庫からバゲットを取り出す。
アルミでまいてオーブントースターで温めている間に、野菜を洗ってサラダを作った。
あと少しで焼けるだろうかという頃、俺は壁掛けの時計を振り返り、一向に起き出して来ない相方に溜息を吐いた。
寝室のドアを開けて、未だ盛り上がっているブランケットの塊に声をかける。
「那月?砂月?どっちでもいいから早く起きろよ。遅れちまうぞ」
ゆさゆさと肩を揺すってやれば、閉じられていた瞳がすっと開いた。途端にギロリと睨みつけてくるから、どうやら砂月のようだ。
以前の俺ならそれだけでびびって怖気づいていたが、流石に3年も経つと慣れるというもの。
大体にして、砂月は急に暴れだすなんてことはなしない。学生時代は那月も砂月も不安定でいろいろゴタゴタしてたのだが、最近ではすっかり落ち着いている。
「おはよう砂月。朝飯できんぞ。顔洗ってこいよ」
半身を起こしたままぼうっと呆ける砂月にそう言って、俺はカーテンを開けた。
太陽の光が気持ちよくて、全身で浴びるように思わずもう一度伸びをした。
砂月はというと、そんな光から逃れるようにのそりとベッドから起き出す。ふらふらしているが大丈夫だろうか、と思った矢先、ドアに真正面からぶつかって俺は天を仰いだ。
元々近眼な砂月が、寝惚けて視野が狭かったのだろう。顔を抑えて出て行ったが、顔が命のアイドルのなのに心配になる。
深々と息をついてキッチンに戻ったとき、ちょうどバゲットが焼けたようだった。
熱々のうちにバターとハチミツを塗りつけ、少しだけ冷ます。ちなみに、このバターは那月の実家から送られてきたものだ。
サラダをテーブルに並べて、横にヨーグルトを添えれば、今日の朝食の出来上がりだ。
とそこで、タイミングを見計らったかのようにキッチンに人影が差し込んだ。
「いい匂いがします~おはようございます」
「おう、おはよう那月」
にこにことやってきたのは、眼鏡をかけた那月だった。今は昔と違って眼鏡で人格が変わるわけではないが、それでも眼鏡の有り無しで出やすい人格があるらしい。言うまでもなく、眼鏡をかけているときは那月の方が多かった。
「飯できてんぞ。紅茶淹れろよ」
「はい」
紅茶だけはうまい那月がいつものようにティーセットに手をかける。その顔を見て、どうやら先ほどぶつかった影響はそれほどなさそうだと安堵した。
まぁ砂月がこいつを危険な目に合わせるなんてことは考えられないのだが、それでも以前の砂月に比べてたまに抜けているところがある。
それはあいつが俺たちに気を許してくれている証拠だろうかと、実は密かに嬉しかったりもしているのだ。
「翔ちゃん、ミルクさんはどうしますか?」
「あー多めで」
「じゃあ背が伸びるようにおまじないをかけておきますね」
「いらねーよ!普通に淹れろ普通に」
この3年間俺は15センチも伸びた。だが悔しいことに、那月の奴もまだ伸びしろがあったようで、結局全然伸びた気がしない。
むすっとしていると、怒らないでと目の前にティーカップが置かれる。
ミルクティーと同じ色をした那月の髪から、ふわりといい香りがして、なんとなく毒気を抜かれる。
「もういいから食っちまおうぜ」
「はい、いただきます」
「いただきます」
ふたりして手を合わせて、バゲットをほうばる。外側はカリッとしているのに、中はふわふわで、しかも溶けたバターとハチミツが混ざり合ってよく馴染む。
我ながら会心の出来だと思っていると、初めて食べたわけでもないくせに那月がおいしいおいしいとしきりに連呼していた。
「翔ちゃんはお料理上手ですよねぇ」
「まぁな」
毎日続けていれば誰だって上手くなるものだろう。俺は照れ隠しのように那月の淹れてくれた紅茶に口を付けた。
「このヨーグルトさんもおいしそうです!」
「それはお前んちから送られてきたやつだろーが」
そうでしたっけ、と首を傾げる那月に、頭はいいくせに相変わらず天然な奴だと俺はほとほと呆れた。
「ほらジャム。好きなの乗せて食えよ」
「わぁ、今日はアプリコットさんにします」
にこにことジャムを掬っている男が、実はもう成人しているなんて誰が信じるのだろうか。俺だってたまにその事実を忘れそうになる。
これではどっちが年上かわからないなと息を吐く代わりに、サラダを頬張った。
ウサギさんみたいですとか何とか言って来る那月に慣れきった文句を返して、そろりとテレビへと目をやった。
天気予報では、午後から雨のマークになっていた。
予報どおり、午後から降ってきた雨は止むことをしない。
デモテープを聴きながら譜面を眺めていた俺だが、気になって顔を上げてみた。
時計は夜の遅い時間を指してる。相方の那月は、まだ帰って来ていなかった。
ユニットを組んでいる俺たちだが、何も毎日同じことをしているわけではない。
曲だって別々に収録だってするし、雑誌の取材だって入れ替わりだ。今日も俺と那月は別仕事だった。
だが、それにしても遅い。
3年も一緒に住んでいればお互いに帰る時間も読めてくるものだが、こんなに遅くなるのははじめてかも知れなかった。何かあったのなら連絡があるだろうけど、俺の携帯は未だ無言を貫いている。
(何やってんだ…?)
厄介なことに巻き込まれてなけりゃいいがと、俺はヘッドフォンを外して携帯に手を伸ばした。
履歴から那月の番号にリダイアルをかけてみる。しばらくコール音が続いたが、それは不意に途切れた。
『翔ちゃあんおはようございます』
「…はぁ!?」
一瞬反応が遅れてしまった。掛け間違ったかと思ったくらいだ。おはようって、今は誰がどう見ても真夜中だ。
「何言ってんだ那月!お前今何処に居る!」
『え~どこでしょう。あっおうちの前ですよぉ』
「うち!?うちってウチだな!?」
俺の必死の問いかけも虚しく、誰かと喋っているのか少し遠くなった那月の声が聞こえた。バタバタと忙しない音も聞こえる。
一体どうなってるんだ。
「那月!?おい…!」
『翔ちゃんはどこですかぁ』
俺に対してじゃない、誰かに問いかけている那月の声がする。それから直ぐに、別の声が電波に乗せて耳に届いた。
『あー来栖、直ぐ降りてきてくれ』
その声には聞き覚えがあった。那月のマネージャーだ。彼が一緒なら、とりあえず安心していいだろう。
よし、とベッドから降り立った俺は、隣のベッドが盛り上がってることを確認すると、極力音を立てないようにそっと寝室を後にした。
朝起きて俺がやることと言えば、朝食作りだ。これを怠ると確実に1日はベッドで寝て過ごす羽目になる。
早乙女学園を卒業して、早3年。料理が趣味だと豪語する那月は毎回殺人料理を作ってキッチンを滅茶苦茶にしていたが、少し、ほんのすこーしだけ前よりましになってきた。100回作ったとしたらそのうち1回は、食べられる料理になったのだ。
それでもまだまだ那月に料理を任せるリスクは大きく、結局は俺が自主的に作っている。学生時代からだから、もう日課だ。
顔を洗って、テレビでニュースを流しながら冷凍庫からバゲットを取り出す。
アルミでまいてオーブントースターで温めている間に、野菜を洗ってサラダを作った。
あと少しで焼けるだろうかという頃、俺は壁掛けの時計を振り返り、一向に起き出して来ない相方に溜息を吐いた。
寝室のドアを開けて、未だ盛り上がっているブランケットの塊に声をかける。
「那月?砂月?どっちでもいいから早く起きろよ。遅れちまうぞ」
ゆさゆさと肩を揺すってやれば、閉じられていた瞳がすっと開いた。途端にギロリと睨みつけてくるから、どうやら砂月のようだ。
以前の俺ならそれだけでびびって怖気づいていたが、流石に3年も経つと慣れるというもの。
大体にして、砂月は急に暴れだすなんてことはなしない。学生時代は那月も砂月も不安定でいろいろゴタゴタしてたのだが、最近ではすっかり落ち着いている。
「おはよう砂月。朝飯できんぞ。顔洗ってこいよ」
半身を起こしたままぼうっと呆ける砂月にそう言って、俺はカーテンを開けた。
太陽の光が気持ちよくて、全身で浴びるように思わずもう一度伸びをした。
砂月はというと、そんな光から逃れるようにのそりとベッドから起き出す。ふらふらしているが大丈夫だろうか、と思った矢先、ドアに真正面からぶつかって俺は天を仰いだ。
元々近眼な砂月が、寝惚けて視野が狭かったのだろう。顔を抑えて出て行ったが、顔が命のアイドルのなのに心配になる。
深々と息をついてキッチンに戻ったとき、ちょうどバゲットが焼けたようだった。
熱々のうちにバターとハチミツを塗りつけ、少しだけ冷ます。ちなみに、このバターは那月の実家から送られてきたものだ。
サラダをテーブルに並べて、横にヨーグルトを添えれば、今日の朝食の出来上がりだ。
とそこで、タイミングを見計らったかのようにキッチンに人影が差し込んだ。
「いい匂いがします~おはようございます」
「おう、おはよう那月」
にこにことやってきたのは、眼鏡をかけた那月だった。今は昔と違って眼鏡で人格が変わるわけではないが、それでも眼鏡の有り無しで出やすい人格があるらしい。言うまでもなく、眼鏡をかけているときは那月の方が多かった。
「飯できてんぞ。紅茶淹れろよ」
「はい」
紅茶だけはうまい那月がいつものようにティーセットに手をかける。その顔を見て、どうやら先ほどぶつかった影響はそれほどなさそうだと安堵した。
まぁ砂月がこいつを危険な目に合わせるなんてことは考えられないのだが、それでも以前の砂月に比べてたまに抜けているところがある。
それはあいつが俺たちに気を許してくれている証拠だろうかと、実は密かに嬉しかったりもしているのだ。
「翔ちゃん、ミルクさんはどうしますか?」
「あー多めで」
「じゃあ背が伸びるようにおまじないをかけておきますね」
「いらねーよ!普通に淹れろ普通に」
この3年間俺は15センチも伸びた。だが悔しいことに、那月の奴もまだ伸びしろがあったようで、結局全然伸びた気がしない。
むすっとしていると、怒らないでと目の前にティーカップが置かれる。
ミルクティーと同じ色をした那月の髪から、ふわりといい香りがして、なんとなく毒気を抜かれる。
「もういいから食っちまおうぜ」
「はい、いただきます」
「いただきます」
ふたりして手を合わせて、バゲットをほうばる。外側はカリッとしているのに、中はふわふわで、しかも溶けたバターとハチミツが混ざり合ってよく馴染む。
我ながら会心の出来だと思っていると、初めて食べたわけでもないくせに那月がおいしいおいしいとしきりに連呼していた。
「翔ちゃんはお料理上手ですよねぇ」
「まぁな」
毎日続けていれば誰だって上手くなるものだろう。俺は照れ隠しのように那月の淹れてくれた紅茶に口を付けた。
「このヨーグルトさんもおいしそうです!」
「それはお前んちから送られてきたやつだろーが」
そうでしたっけ、と首を傾げる那月に、頭はいいくせに相変わらず天然な奴だと俺はほとほと呆れた。
「ほらジャム。好きなの乗せて食えよ」
「わぁ、今日はアプリコットさんにします」
にこにことジャムを掬っている男が、実はもう成人しているなんて誰が信じるのだろうか。俺だってたまにその事実を忘れそうになる。
これではどっちが年上かわからないなと息を吐く代わりに、サラダを頬張った。
ウサギさんみたいですとか何とか言って来る那月に慣れきった文句を返して、そろりとテレビへと目をやった。
天気予報では、午後から雨のマークになっていた。
予報どおり、午後から降ってきた雨は止むことをしない。
デモテープを聴きながら譜面を眺めていた俺だが、気になって顔を上げてみた。
時計は夜の遅い時間を指してる。相方の那月は、まだ帰って来ていなかった。
ユニットを組んでいる俺たちだが、何も毎日同じことをしているわけではない。
曲だって別々に収録だってするし、雑誌の取材だって入れ替わりだ。今日も俺と那月は別仕事だった。
だが、それにしても遅い。
3年も一緒に住んでいればお互いに帰る時間も読めてくるものだが、こんなに遅くなるのははじめてかも知れなかった。何かあったのなら連絡があるだろうけど、俺の携帯は未だ無言を貫いている。
(何やってんだ…?)
厄介なことに巻き込まれてなけりゃいいがと、俺はヘッドフォンを外して携帯に手を伸ばした。
履歴から那月の番号にリダイアルをかけてみる。しばらくコール音が続いたが、それは不意に途切れた。
『翔ちゃあんおはようございます』
「…はぁ!?」
一瞬反応が遅れてしまった。掛け間違ったかと思ったくらいだ。おはようって、今は誰がどう見ても真夜中だ。
「何言ってんだ那月!お前今何処に居る!」
『え~どこでしょう。あっおうちの前ですよぉ』
「うち!?うちってウチだな!?」
俺の必死の問いかけも虚しく、誰かと喋っているのか少し遠くなった那月の声が聞こえた。バタバタと忙しない音も聞こえる。
一体どうなってるんだ。
「那月!?おい…!」
『翔ちゃんはどこですかぁ』
俺に対してじゃない、誰かに問いかけている那月の声がする。それから直ぐに、別の声が電波に乗せて耳に届いた。
『あー来栖、直ぐ降りてきてくれ』
その声には聞き覚えがあった。那月のマネージャーだ。彼が一緒なら、とりあえず安心していいだろう。
作品名:【腐向け】ひとりとふたり 作家名:ハゼロ