こ っ ち 見 ろ
空ver
そわそわ、する。
恥ずかしながら、体の前で手をもじもじと組んでみるとか、脚を無駄に組み替えてみるとか、稀に声が変に裏返ったりつまったりしたりとか、間近に置かれている手や、少し遠くの肩に自分の手をのばそうとして何度もひっこめるとか、そんな情けない行為を私は繰り返していた。
ヒーローが何をやっているんだと心の中で叱咤するが、もう一人の自分が首を振る。なにをいってるんだ、今の自分はヒーローではなく一人の男であり、人生初めてのデートなんだ、しょうがないじゃないか、と。
そう、デート。そしてデートだ。
実をいうと告白をしたわけではないのだが、私は彼を憎からず思っていて、彼も多分それを知っていて、おそらく彼も私の事を憎からず思っている、と私が思っている。というなんだかとても曖昧な状況なのだが、彼と私のオフが被ったことを知った直後、なんだかいつもと違う雰囲気の中、おそるおそる私は二人で公園に行かないかと声をかけ、彼もぎくしゃくと頷き、きっと、多分、おそらく、デートが成立したというわけだ。
そして今。青の水彩絵の具を塗り重ねたような澄んだ空の下、私はワイルド君と一緒に公園の木陰に腰を掛けていた。
とりとめもない話をしながらやってきた公園のベンチはどこもかしこも埋まっていて、彼の提案で私たちはまた少し歩いて公園にある大きな木の下の草原に座ることにした。草の上に落ち始めていた紅葉を手で払ってから彼の手をとって座らせようとしたときはなんともいえない顔をされて、もしかして何か彼の気に障ることをやってしまったかとハラハラしたが、どうやら私が彼を無意識に女性扱いしていたことに困惑していたようだった。
「……無意識かよ」
「そうなんだ。以前バーナビー君にも言われたんだが、どうやら私は考えるより先に行動してしまうことが間々あるらしくってね」
バクバクと今にも飛び出そうな心臓を意識しないようにしながら私は「いつも通り」を意識して彼に笑いかける。
ワイルド君は気の抜いた声を出すと、ハンチング帽を外して右手の人差し指でくるくるとそれを回しながら少し上向きがちにいう。
「そういわれてみりゃあ……確かに」
「自分ではよくわからないんだが……。それで、彼にも君と一緒にヒーローをやってる内にうつったんじゃないか、といわれてしまったよ」
「だッ。こいつは昔からこうで、昔っからこっちの話を聞かなかったっつーの」
彼の後半いった言葉がうまく聞こえず首をかしげ笑っていると、「気にすんな、独り言だ」と虎徹君がひらひらと手を振った。
私は「わかった、そして了解した」といった。いったのだが。
今の会話の中で、そしてその後の会話の間でも文頭に列挙したような行動をとっていたのに結局私は一度も彼に触れることができなかったのだが、今それはおいておこう。
問題は、ワイルド君が私を見ない、ということだ。
それは今日私が待ち合わせに二十分早く来て、彼が十分遅く来て合流してからすでに始まっていた。何故かそらされ続ける視線。公園まで並んで歩いているときは彼は前後上下右斜め以下略は見ても決して左だけは頑なに見ようとしなかった。今座って話しているときもそうだ。主に私が話していて彼が聞き役なのだが、相槌はうつし彼の話もするしで上の空というわけではないようなのだけれども、彼の視線はずっと前を見たままだ。ふと、もしや私の顔に今朝食べた目玉焼きの黄身でもついているのではと青ざめて顔をぺたぺたと触ってみたが、家で二回、待ち合わせに行く途中の店のガラスで三回変なところはないかとチェックしたので大丈夫だと思い直し、こっそり安堵の息を吐いた。
「そういや、お前。全然関係ないけどよ、ジョンとはどうやって会ったんだ?」
「えっ? ジョンかい? ジョンとは数年前、ジョギングしているときに通りがかったペットショップで目があって」
「……まさかその場でお買い上げとか?」
「そのまさかさ」
私が原因でなければ彼が見ているものに原因があるのでは、と彼が視線を向けている先に目を向ける。
「マジかよ……。いや、いいんだけどよ、でも変だよな、お前ヒーローのときは結構冷静っつーかさ、なんつーか、後先考えずにどうするってことはしてない気がすんだけどよ」
青い薔薇のコサージュをつけた少女が茶色い分厚いジャケットを着た彼氏と思しき少年と歩いている。
「はは、そんなことはないよ。バーナビー君の誕生日会をブルーローズ君達と計画した時のこと、覚えているかい。あのとき手違いで君たちが私の所に来なかったから、ずっと路地裏で一人でセリフを覚えていたのに無駄になってしまってね。犯人たちの前で台本をくしゃくしゃっと丸めてポイ捨ててしまったんだよ」
黄色いワンピースを着た幼い女の子の隣で、友人なのか、それとも兄なのか紫のジャンパーを羽織った男の子が手元に持っているリモコンで赤いスポーツカーを操作していた。
「はぁっ? そんなこと…………あったな。あとでVTRみたけどよ、あのあとお前……」
「あぁ。事件が終わったあときちんと拾ってゴミ箱に捨てたよ。ヒーロースーツでね。あのときは衝動に任せてやってしまったが、あんなことをヒーローがするのはよくない、よくないよとても。だから、アニエス女史らにお願いしてその様子を撮ってもらったんだ」
眼鏡をかけた初老の男性がしっかりとした足取りで噴水前のベンチに向かって歩いていく。
「あれさぁ、一応俺たちの決め技を初めて披露したときだったんだけどよ、確かおまけっぽく流されたお前のソレと視聴率拮抗してたんだっけ?」
「えっ? そうだったのかい? それは悪いことをした……」
そこに腰かけていた、少し長い黒髪の女性が彼に向かって手を振る。鼻立ちが似ているので親子かもしれない。
「いーってことよ。それにあのあとポイ捨てする奴が減って、逆にゴミを拾う人が増えたって聞いたぞ」
「それはよかった。よかったそれは」
視線を右横に戻す。
ハンチング帽と少し長い髪に隠れて彼の目は見えない。穏やかな風が彼の頬と、独特の髭をくすぐり。
ああ。
そろそろ、彼の顔が、見たい、な。
「虎徹君」
「おー…………えっ?」