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そのいち秒スローモーション

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 そう意地悪で無粋な思いを浮かべても、美しい終わりにいつものように嘆息した。その息の重さは自らと彼を思い浮かべていたことを端的に表していて、本田は僅かな罪悪感を抱きつつ、流れるスタッフロールに向かって、すみません邪で、と心中のみで詫びる。
 それもすべて潰えて、元と同じように薄いオレンジのぼんやりとした照明が点り、過去への誘いは その手を止めた。
 本田もスクリーンへと注ぐ視線にようやく瞬きをする事を許され、眠りから目覚めた時のように眼球の乾燥を痛みとして感じた。

 「どうだった、本田?」
 彼の、微睡みに似た感覚を打ち抜くような鮮烈な声に、思わず本田はようやく自分の生きるべき世界へ帰還する。
 彼は座りっぱなしのため固まった体を少しの伸びで解す仕草を見せているが、いままで記憶の沼に填まっていた本田よりよほど聡明で、ただ率直に物語への言葉を求めている。

 回顧することに夢中で、銀幕の物語は遠くへ追いやってしまってました。

 そんな素直で取り繕いも八橋もない吐露ができるわけもなく、苦し紛れを隣の穏やかな表情の彼に口にした。
 「アーサーさんは?」
 追求を逃れて、何とか彼に発言を求める。丁寧さの奥にひた隠した狼狽に、気付くことなく彼らしい少しの皮肉を込めた言葉で述べる。
 「昔みたときと同じで、退屈で半分寝ちまった」
 そう言って笑う彼に、安堵し、また同時に銀幕の向こうの世界と、自らが呼吸をする世界との深い溝を思い知る。映画で流れていた世界とは、もう時も空気も全て違っているのだ。目に映る色は淡い照明から彼の持つ鮮やかな色まで眩みそうになるぐらい富んでいる。

 彼の緑色の瞳は、言葉どおり少しの眠気で蕩けていて、焼けるような鋭さは、どこを探してもない。その彩に一瞬だけ見蕩れ、また視線をすぐに下へと向けた。もう、あの時の影に怯えることは、今はしなくていい。

 そういえば、あの頃の自分は近づくのにも、遠ざけるのにも急いでいたな。
 気の抜けた心地でそう思い返し、マフラーを雑に巻く。その無精さえも彼はやんわりと咎めて、マフラーの結び方を右手で簡単に直してくれた。
 跳ね上げ式の座席は二人の体重から解き放たれて、元の平面の姿に戻り、二人もタイムマシンから解放される。
 「ね、アーサーさん、せっかくだからお茶していきませんか」
 終電も近くなった頃の本田からの誘いに、コートを羽織りかけていたアーサーは目を白黒させ、え、と声を上げ真意を問う。
 やましい気持ちもなく吐いた言葉だったから、何のバイアスもなく彼には届いたようだ。彼もしばらく瞬きを繰り返して、一度ポケットに入れた携帯電話の電源を入れ直し、何かを確認するだけで、やがて仕草はかすかな頷きへと変わる。

 この時間では彼が満足するようなお茶を用意できる店などなく、よくてもファミリーレストランでの語らいになるだろうが、それでも、もう少し彼と時間を共有していたかったのだ。覆されても、薄れていっても、いまこの瞬間彼と重ねる時間を少しでも味わい、舌の上に残しておきたい、そう切に願う。
 彼の少しの戸惑いを纏った笑みが、今の目に映る世界に一層色鮮やかに映って、本田は空気の潤滑剤としてではなくではなく、懐かしさと新しさへの期待、それが混じった心地から、よれもせず微笑んだ。


 ああ、同じ一秒でも。
 できればゆっくりと、世界でもっともゆっくりと流れていけばいい。