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みそっかす
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novelistID. 19254
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どうか、どうか。

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冬の終わりの頃だった。まだ肌寒く、上着もマフラーも手放せなかった。その日も寒かったが天気は良く、二人で近くの公園に行った。
 薄水色の冬空。天気が良くても寒さで皆家に篭っているのか、公園には人が居らず、砂場とブランコしか遊具のない小さな公園がやけに広く見えた。二人並んでベンチに座り、最近あった任務やまだまだ寒いなと言うような何でもない話をしていた。隣同士に座って話しているのにそれぞれの視線は空を見たままで、まるで二人とも話さなければならないことを避けているようだった。
 それは半分だけ真実だった。勝呂は燐に話さなければならないことがあったから。
 ふと、会話が途切れた。そして、やはり何でもないようなことのように、空を見上げたまま燐がぽつりと言った。
「別れようぜ」
 空に向けていた視線を燐に向けそれでも何も応えずにいると、また燐が口を開いた。
「勝呂なら昔ながらの頑固親父って言うの? そんな親父だけど、いい親父になるだろうな」
 きっと怒るときは拳骨だと燐は笑う。
「そんで奥さんは絶対美人だ。勝呂はモテるから選びたい放題だぞ」
 これだから顔が良い男は、と自分で言ったくせにやれやれと言う風に肩をすくめた。
「奥さんと子供の三人で、あ、もちろん子供はもっと沢山でも良いぞ。ともかく奥さんと子供と一緒に勝呂が笑ったり、んで、じいちゃんになって孫とかすっげぇ可愛がったりしてさ」
 燐はその光景が見えているかのように穏やかな笑みを浮かべている。
「それってすっげぇ幸せじゃん?」
 白い歯を見せて笑う。まるで、自分が幸せなように。けれども、どこか下手くそなそれ。
「俺、そんなのが見たいんだ」
 真っ直ぐな目が向けられる。揺らがずに見据えてくる、深い深い青。
 それを見て彼は知っていたのだと唐突に気がついた。
 今、来ている見合いの話を。
 それを受ければ念願だった寺の復興、ひいては明陀宗の為になることを。

 そして、それを――。

「うまく言えねぇけど、きっとそんな風に勝呂の夢や、勝呂自身がずっとずっと先まで続いたら、俺、ずっとずっとずぅーっと一人でも寂しくないと思うんだ」

 ああ、ああ、嗚呼。

「だからさ、勝呂」

 燐の笑顔が揺らめいて見える。背後に広がる青空にその輪郭が滲んで。

「別れてくれ」

 付き合う前からいつももっと自分を頼って欲しいと、我が儘を言って欲しいと思っていた。
 けれど、やっと言った我が儘は、こんな、こんな。

「――堪忍。堪忍な、燐。かんにん、してくれな」

 別れを告げようと思っていた日。優しい我が儘に先を越された。
 そして、それに頷いてしまった自分の情けなさに泣いた。



 柔らかな日差しが中庭に降り注ぎ、障子越しにも春が訪れたことがうかがい知れた。
 もうそんな時季になったかと、床の中で小さく息を吐く。久しぶりに昔の夢を見た。昔のことがやけに鮮明に思い出されるのは、年寄りになった証拠だろうか。
 体調を崩したのは数週間前のこと。長年祓魔師と明陀宗座主として日々鍛錬を欠かさなかったが、寄る年波には勝てなかったようだ。風邪をこじらせ、今だ床から抜け出せない。
 裏庭に面した自身の部屋は日当たりが良く過ごしやすいものの、身体の調子がよくなったとは思わない。
 おそらく、そろそろ終わりが近いのだろうと自身で感じる。
(柔造が逝って、金造が逝って、子猫丸も逝った)
 時の流れに逆らうことは出来ず、身近な者がひとり、またひとりとこの世を去っていく。皆天寿を全うし、最期まで明陀宗と自分の為に力を尽くしてくれた。共に学んだ塾生も幾人かは他界した。決して穏やかとは言えない人生だったがそれでも皆、それぞれに生き抜いた。同い年ながら塾の講師として自分たちに教鞭を振るっていた彼も、もう居ない。
 そして、その兄であり、かつて自身にとって大きな存在であった『彼』についてはその生死すら分からない。
 彼は今、元気にやっているだろうか。それとも、もうすでにいないのか。
(いや、きっとまた剣振って、無茶してんのやろな)
 瞼の裏に浮かぶのは鮮やかな青。
 輝く炎を纏い、誰よりも前で剣を振るう背中。
 こちらを振り向き笑ってみせるその眼は、いつだってまっすぐで。
 その瞳に恥じない自分であるように、背筋を伸ばし生きてた。
 ああ、けれども。
(俺はいつだって、傷つけることしかせぇへんかった)
 信じろと言ったのに、傍にいると言ったのに、握っていた手を放したのは自分だ。
 動かしずらくなった右手をかざしてみれば、随分と皺が寄ったものだと思う。ふと、廊下の方からこちらに向かって歩いてくる足音が聞こえた。
 足音は二つ。一つは己の妻のもの。もう一つは緊張しているのかどこか固かった。二人分の影が障子に映ると、障子越しに声をかけられた。
「あなた、あなたにお客さんがいらっしゃったんですけど」
「ああ、構わん。お通ししてくれ」
 さて、お客とは誰だろうか。寺関係の人間や祓魔塾の旧友なら妻も知っているはずだから名前を言うだろう。よっこいせと起き上がりながら一しきり考える。
 障子を少し開けて顔を覗かせた妻は面白そうに笑っていた。
「ふふ、随分可愛らしいお客さんですよ。さ、どうぞ」
「ありがとうございました」
 妻に答える声に思考が止まる。
 張りのある若い声。他の男より少しだけ高く、けれども決して耳障りではない、それ。
 最後に聞いたのは半世紀以上も前だろうか。
 常に冷静を心がけて生きていたのにやけに鼓動が早い。障子の隙間を見つめていれば、そっと入ってきたのは、祓魔師の黒いコートに身を包んだ小柄な身体。
「久しぶりやのぉ」
 奥村、と呼べば、皺一つない幼い顔がくしゃりと歪んで、相変わらず下手くそな笑顔を浮かべて見せた。
「久しぶり、勝呂」



 何か羽織るものをと捜すとそもそも起きなくて良いと言われ、燐にしてみればかなり押さえた、けれども有無を言わさない力加減で布団へと押し戻された。昔はまだあらがえた気もするが、こんなところでも老いを感じる。
 燐は障子を背に、布団の左側に座った。障子越しに入る陽の光りが燐の輪郭を淡く見せていた。
「いやぁ、どうやって入ろうか玄関で迷ってたら勝呂の奥さんとばったり会ってさ、そしたらあっと言う間にここまで連れて来られたぜ」
 あんなに美人で細いのにすげぇ力だったと燐は笑った。
「ばあさん相手に美人て……。まぁ、祓魔師の嫁になるからにはて、一通り武術の心得はあるらしいからな。力の使い方も心得てるんやろ」
「なるほど。それにしても花嫁修業で武術って、すげぇな」
「結婚言うてもお互いの家のためのもんやったからな。少しの落ち度があってもあかんかったんやろ」
 そう。お互いの利益のための結婚だった。それでも彼女は良き妻、そして良き母になってくれた。
 見合いの席で二人きりになった時。それまで何も言わなかった彼女は「私たち、きっと欲しいものは同じね」とすまなそうに笑った。
 自分たちが相手に求めるものは愛ではなかった。だからこそ、互いに手を取った。
 自分たちの間にあるのは情と言うべきものだろう。愛ではなくとも大事だと思う、一種の仲間意識だった。
作品名:どうか、どうか。 作家名:みそっかす