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みそっかす
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novelistID. 19254
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どうか、どうか。

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「勝呂の周りの女の人は強いよな。吉国さんとか」
「吉国か……。随分昔のことをよう覚えとんな」
「そうか? だって勝呂が竜ちゃんとか。聞いたときすっげぇ衝撃的だったし。あんとき、ありがとな」
「何遍も同じことで礼言うなや」
 燐に礼を言われるのはいつだってくすぐったく、そして苦しい。いっそ恨み言を言われた方が何倍も心が落ち着くだろう。
 そう思っているくせに、燐は決してそんなことを言わないだろうと確信している自分がいるのもまた事実で、今も燐の優しさに甘えて何も言わない。
 自分はいつでも燐から逃げてばかりだ。
「勝呂は礼言われるといっつもそうやって眉間に皺寄せてたな。まだその癖治ってなかったのかよ」
「ふん、この皺は年のせいや」
「いや、何十年も前にもあったから」
 燐は笑うと面白そうに眉間に指を伸ばしてつついてくる。
「相変わらず、眉間に皺寄せてても勝呂はかっけぇな」
「阿呆なことを」
 昔とは随分変わってしまった。金と黒だった髪はずいぶん前に灰白に変わり、印を結んでいた手は乾き、苦い笑みが浮かぶ顔にはいくつもの皺が浮かんでいる。
「変わってねぇよ」
 瑞々しく真白な両手が、そっと左手を包み込んだ。硬くなった指先から、じんわりとぬくもりが伝わってくる。
「大きなこの手も、あったかさも、俺を見てくれるその眼も」
 握る手に僅かに力が込められた。それに返そうと、動かしずらくなった指先をほんの少しだけ動かした。
「何にも変わってない」
「ほうか」
 吐息のような返事になってしまったが、燐にはしっかり聞こえたようで薄い唇が弧を描き、うっすらと潤んでいる青い眼がゆるむ。
 随分と見ていなかった顔なのに、いつだって傍に感じていたぬくもりの正体を知った気がした。
「突然来て、ごめん」
「かまへん。お前はいつだって唐突やからのぉ。知らせがあったらあったで驚くわ」
「ひでぇ」
 お互いに小さく笑い声がこぼれる。二つの声が混ざりあい生まれる音は、以前より遠くなった耳にもよく染み渡る。
「これでも色々考えたんだぜ。どんな服着てこうかとか、髪型おかしくないかとか」
「お前は生娘か」
「だって、勝呂に会うんだからさ」
 ここに来るまでだって心臓破裂しそうだったんだぜ、と燐は面映ゆそうに微笑んだ。昔、二人で出かけるときもよくこんな顔をしていたと目を細める。
「お前はほんまに、相変わらずやな」
「駄目か?」
「駄目やあらへん」
 握られた左手はそのままに、右手でそっとその頬に触れる。
 柔らかな頬は記憶のままだ。あたたかくて、滑らかで、この頬を伝う涙を拭ってやるのは自分だと誓ったはずなのに。
 勝手に誓いを立てて、勝手に破った。そんな男に、今、笑いかけ手を握り、想ってくれている。涙がこぼれそうだった。
「勝呂?」
「何でもない」
 自分には涙をこぼす権利すらないのだから。溢れそうになる涙を押し込めた。
「奥村……、いや、燐」
 左手を包み込む白い両手が震えた。言いたかったことがある、言わなければならないことがある。
「燐、あのな――」
「勝呂」
 こちらの手を包む両手に力が込められる。聞いてくれと訴えてくれる手に口を閉ざす。
「俺、勝呂にお願いがあってきたんだ」
 八の字の眉の癖に口は無理矢理三日月の形に引き上げた、下手くそな中でもど下手くそな笑顔を浮かべながら燐は言う。

「俺も、一緒に、いっちゃダメか?」

 何処へなんて聞きはしない。かわりに僅かに目を細め、頬に触れていた手を離した。
「柔造さんも、金造さんも、子猫丸も……雪男も、他の奴らも皆みんないなくなった。それはしょうがない、当たり前のことなんだって思うんだけど、思おうとするんだけどできなくて」
 青い瞳が揺らめく。
 揺らめいて、揺らめいて。
 そのくせ頑固に瞳に張り付いている、水の膜。
「ちょっとでも勝呂を感じることができれば一人でも大丈夫、俺は生きていけるって思ってた。でも」
 やっぱり無理みたいだと、吐き出すように燐は言う。
 その睫毛がふるりと振るえ、
「ひとりは、いやだ」
 呟きと共に、
「いっしょに、いきたいよ、勝呂」
 雫が落ちた。
 はたはたと、握られた手に落ちてくる温かな涙を感じながら、もう一度右手を伸ばし、硬くなった指先でそっとその頬を伝う涙を掬う。
「堪忍な、燐」
 いつだって自分は燐に謝ってばかりだ。本当に、いつまでたっても成長がないと苦い笑みを浮かべた。
「一緒に連れてってやることはできんわ」
 そんな顔をしないでくれ。思わず嘘だと言ってしまいたくなる。代わりに涙が伝う頬を撫でれば、ますます涙が溢れて手を濡らした。
「なぁ、燐。聞いて欲しい」
 左手を包む両手の上にそっと右手を重ねる。これから言う言葉がしっかりと伝わるように。心が、伝わるように。
「もう俺がやらなあかんことは何もない。役目は全部終わった」
 全部が完璧にできたわけではない。それでも、己の為すべきことはやり遂げた。
「祓魔師としても坊主としても、結構働いたからのぉ。神さんやら仏さんにもそこそこ気に入られとるやろ」
 冗談めかして言えば、燐が不思議そうに「すぐろ?」と呼ぶ。それに笑みだけで答えながら言い続ける。
「何よりもお前がおる」
 皺だらけの爺が何を言っているのだろう。まるで、子供のままごとのような台詞を大真面目に言うのだから。
「今度は俺から会いに行くから」
 どうか。
 まだ、この我が儘な男に付き合ってくれるのなら。
 どうか、どうか。
「ちぃっと待っててくれへんか?」
 もう一度だけ、この最低な我が儘に付き合ってくれ。
 燐の息をのむ音が聞こえた。
 沈黙が落ちる。
 やけに鼓動がうるさく聞こえ、手から伝わってしまうような気がしたが、それで良いと思った。
 静かな部屋。手に伝わるぬくもりだけが全てだった。
「…………ちょっとって、どんぐらいだよ」
 ああ。
「……さぁ、けど、きっとすぐや」
 ああ。
「……奥さんいるじゃん」
 嗚呼。
「あいつとは戦友みたいなもんや。情はあるが、それだけや」
 真っ青な瞳が己だけを映す。
「最低だ」
「おん、せやな」
 最低で最悪な男だ。それでも、
「次、会ったとき。俺のこと覚えてないかもしれねぇじゃん」
「せやな」
「……それに、もし、そうなったとしても、そいつは勝呂でも、勝呂じゃない」
「……せやな。けど、またお前に惚れて、俺のこと好いてくれて思うわ」
 どうしても欲しいのだ。
「俺は決めたんや。お前と一緒におるって。最後までお前とおるって」
 もう一度、右手で頬に触れる。その頬にはもう涙は伝っていない。この命をやるとは言わない。そんなことで満足するものではない。
 未来永劫、輪廻の輪が続く限り。
「お前が命をまっとうするまで、何度でも会いに来るから」
 永久にともに。
 死が二人を別つなら、その死すら乗り越えて。

「いっしょに、生きたいんや、燐」

 何度でも、何度でも。この魂が擦り切れ無くなるその時まで。
「…………とっとと会いにこねぇと、ぶん殴るからな」
 物騒な台詞。けれども、どうしようもなく愛しくて。
「そらぁ、怖いな」
 あのときと同じように、けれども違う涙で視界が歪む。
作品名:どうか、どうか。 作家名:みそっかす