PM5:00
あかねが乱馬と喧嘩をしたのは、そう、ちょうど昼休みの事だった。
喧嘩の原因は、いつものように些細なものだった。
乱馬が他のクラスの女子にちやほやされているのを見たあかねが、少なからず不機嫌になった。
しかし実はそれと同様に、乱馬はあかねの姿をわざわざ教室まで見にくるような男子生徒の存在を、常日頃から快く は思っていなかった。
もちろんそれは今日の昼休みも一緒。
なので、乱馬も自ずと不機嫌になっていた。
そんな中、ひょんな事からお互いの不満をあからさまに口に出してしまうタイミングが運悪く訪れてしまった。
「何よ!」
「何だよ!」
…そして。
もちろんそうなってしまえばもういつものように、いつものような口喧嘩が始まるのは誰が見ても明らかだった。
「何よ、でれでれしちゃってさ!」
「してねえだろ!ヤキモチも程が過ぎると全然可愛くねえんだよッ」
「だ、誰があんたなんかにヤキモチなんて!あんたみたいな変態に、なんであたしがヤキモチなんか焼かなくちゃ いけないわけ!?」
「俺は変態じゃねえッ。この…ずん胴女ッ」
「な、何ですってえ!」
お互いがお互いのことをなじり始め、
そんな事が続いていけば、いつしか小さな口喧嘩も、やがてすぐには修復できないような大きな「喧嘩」へと変化していく。
「このわからずやっ」
「うるせー、このガンコ者ッ」
…もうこんな風になってしまえば、そう簡単には仲直りすることは出来ない。
だいたい、お互いが思わず感服しあってしまうほど二人して頑固者、そして二人して素直じゃないのだ。
当然の如く、お昼休みに勃発したこの喧嘩は、午後の授業終了後も尾を引いていた。
「おい、ひろし、大介。サッカーでもしに行こうぜ」
なので、授業が終了した午後三時少し過ぎ。
HRが終わるや否や、いつも一緒に家へと帰っているあかねの方など見向きもせずに、乱馬はクラスメートと校庭へ行ってしまった。
そんな乱馬の行動、そして素振りからは、
「さっきはごめん。仲直りして一緒に家に帰ろう」
…なんて気持ちなど、あかねには微塵も感じられなかった。
(な、何よあの態度ッ)
そんな乱馬の態度に、あかねは更にその怒りを増すばかりだった。
「もう、頼まれたって一緒になんて帰ってやんないんだからねッ」
あかねはさっさと教室を出て行ってしまった乱馬の後ろ姿に向かって一人そう叫ぶと、気晴らしと気分転換をかねて、図書室へと向かった。
本を読むのが好きなあかねにとっては、学校の図書室に行って色んな本に囲まれているそれだけでも、いつもは充 分な気晴らしになるのだ。
しかし。
今日はそんないつもよりも一層、乱馬に対して腹を立てているのだろうか。
大好きな本に囲まれても、 以前から目をつけていた本を見つけて机の上で開いても、そこに書かれている文章が、ちっとも頭の中に入ってこないのだ。
(あーッもう…イライラするなあッ)
きっと、このままこの図書室にいても無駄に時間だけ過ぎてしまいそうだ。
「…」
そう考えたあかねは、とりあえず何冊か本を借り図書室を出て、
自分のカバンがまだ置きっぱなしになっている放課後の教室へと戻った。
…ため息をつきながらあかねが戻ってきた放課後の教室には、すでに誰の姿も無かった。
窓からは、黄金色の夕日がまぶしいくらいに差し込んでいた。
窓から差し込む光が教室前の黒板にきらりと反射をすれば、それは時折あかねの目を眩ませる。
窓の外、グランドからは運動部の掛け声がかすかに聞こえ、 いつもなら全く耳に入ることの無い、教室の壁に架けられている時計の秒針の音も、静かな教室の中を少しだけにぎわせる手助けをしていた。
「あーあ…」
あかねは、そんな夕日の差し込む教室にゆっくりと入った。
そしていつものように自分の席に座り、机の横にかかっている自分のカバンを開けた。
「…」
あかねは、その中からなびきにたまたま借りていたMDウォークマンを取り出した。
そして、イヤホンを耳に付けるとそのまま机の上に突っ伏した。
そのMDには、あかねがなびきに頼んで入れてもらった「お気に入りの曲」だけが入っているはずなのに、…もちろんこんな気分が晴れないときには、そんなお気に入りの曲さえもきちんと頭の中には流れてこない。
「…」
本を読んでも、頭に入ってこない。曲を聴いても何だか気が散ってしまう。
では、さっさと家に帰ったらどうか?…もちろんあかねもそれは一番に考えた。
だが、この気分の晴れないムシャクシャしたままの状態で家に帰るのだけは…あかねも少し抵抗があった。
…あかねと乱馬は、一つ屋根の下に住んでいるのだ。
顔だって、嫌でも合わせる機会は多い。
授業終了後からしばらく、こうして顔を見なくても頭に来ている状態なのに、顔を見たら更に頭に来るのは分かっている。
そうなるのが分かっていて、簡単にその気持ちを家にまで持ち込むのは嫌だ。
…それがあかねの、正直な気持ちだ。
(あーあ。どうしようかなあ…嫌だな…)
仮に仲直りをしよう、と考えるにも、 既に乱馬は、クラスメートと校庭へ出て行ってしまった後。
そんな乱馬を、わざわざ校庭まで迎えに行ってあかねから謝るのは、それはそれで何だか癪だった。
(もう!それもこれも、皆、乱馬が悪いのだ!)
あかねはそんな事を思いながら、机の上にベタっと倒れこむように座っていた。
…と、その時。
イヤホンをしているあかねの耳に、MDから流れている曲とは別の物音が飛び込んできた。
ガラッ…というその音は、閉じられていた教室のドアが開いた音だろうか。
壁に架けられている時計を見ると、時刻は、もう四時四十分。
日も暮れ掛けているのだし、こんな時間に放課後の教室に一体誰が…と、あかねがそんな事を思いながらドアの方 へと目をやると、
「…」
…そこには、何だかやっぱり不機嫌そうな顔をした乱馬が立っていた。
どうやら、つい今しがたまで校庭でサッカーをしていたようだ。
荷物は持って出て行ったようだが、忘れ物でもしたのだろうか?乱馬はたった一人で教室に戻ってきたようだった。
「…」
そんな乱馬の姿を見てあかねが一瞬表情を動かしたように、乱馬も、教室で一人居残っているあかねの姿を見て、一瞬だけぴくりと表情を動かした。
あかねは、そんな乱馬と目があったのにも関わらず、わざとらしくそっぽを向いた。
そしてそのまま、何も言わずに窓の方を向いて机に突っ伏していた。
乱馬は、そんなあかねに特に声をかけることも無く、そのまま教室へと入ってきた。
そして、本来ならばあかねの座っている席の隣…が自分の席にも関わらず、
もちろんそこには座ることはせず、あかねと同じ横列だが、何列も離れた他の誰かの席へとドカッ…と腰かけた。
…物言わぬ時間が、しばし流れていた。
グランドから聞こえてくる運動部の掛け声や、野球部のバッティングの音。
そして壁掛け時計の秒針が、「カチッ…カチッ…」とやけにくっきりと時を刻むのが、わかる。
…
喧嘩の原因は、いつものように些細なものだった。
乱馬が他のクラスの女子にちやほやされているのを見たあかねが、少なからず不機嫌になった。
しかし実はそれと同様に、乱馬はあかねの姿をわざわざ教室まで見にくるような男子生徒の存在を、常日頃から快く は思っていなかった。
もちろんそれは今日の昼休みも一緒。
なので、乱馬も自ずと不機嫌になっていた。
そんな中、ひょんな事からお互いの不満をあからさまに口に出してしまうタイミングが運悪く訪れてしまった。
「何よ!」
「何だよ!」
…そして。
もちろんそうなってしまえばもういつものように、いつものような口喧嘩が始まるのは誰が見ても明らかだった。
「何よ、でれでれしちゃってさ!」
「してねえだろ!ヤキモチも程が過ぎると全然可愛くねえんだよッ」
「だ、誰があんたなんかにヤキモチなんて!あんたみたいな変態に、なんであたしがヤキモチなんか焼かなくちゃ いけないわけ!?」
「俺は変態じゃねえッ。この…ずん胴女ッ」
「な、何ですってえ!」
お互いがお互いのことをなじり始め、
そんな事が続いていけば、いつしか小さな口喧嘩も、やがてすぐには修復できないような大きな「喧嘩」へと変化していく。
「このわからずやっ」
「うるせー、このガンコ者ッ」
…もうこんな風になってしまえば、そう簡単には仲直りすることは出来ない。
だいたい、お互いが思わず感服しあってしまうほど二人して頑固者、そして二人して素直じゃないのだ。
当然の如く、お昼休みに勃発したこの喧嘩は、午後の授業終了後も尾を引いていた。
「おい、ひろし、大介。サッカーでもしに行こうぜ」
なので、授業が終了した午後三時少し過ぎ。
HRが終わるや否や、いつも一緒に家へと帰っているあかねの方など見向きもせずに、乱馬はクラスメートと校庭へ行ってしまった。
そんな乱馬の行動、そして素振りからは、
「さっきはごめん。仲直りして一緒に家に帰ろう」
…なんて気持ちなど、あかねには微塵も感じられなかった。
(な、何よあの態度ッ)
そんな乱馬の態度に、あかねは更にその怒りを増すばかりだった。
「もう、頼まれたって一緒になんて帰ってやんないんだからねッ」
あかねはさっさと教室を出て行ってしまった乱馬の後ろ姿に向かって一人そう叫ぶと、気晴らしと気分転換をかねて、図書室へと向かった。
本を読むのが好きなあかねにとっては、学校の図書室に行って色んな本に囲まれているそれだけでも、いつもは充 分な気晴らしになるのだ。
しかし。
今日はそんないつもよりも一層、乱馬に対して腹を立てているのだろうか。
大好きな本に囲まれても、 以前から目をつけていた本を見つけて机の上で開いても、そこに書かれている文章が、ちっとも頭の中に入ってこないのだ。
(あーッもう…イライラするなあッ)
きっと、このままこの図書室にいても無駄に時間だけ過ぎてしまいそうだ。
「…」
そう考えたあかねは、とりあえず何冊か本を借り図書室を出て、
自分のカバンがまだ置きっぱなしになっている放課後の教室へと戻った。
…ため息をつきながらあかねが戻ってきた放課後の教室には、すでに誰の姿も無かった。
窓からは、黄金色の夕日がまぶしいくらいに差し込んでいた。
窓から差し込む光が教室前の黒板にきらりと反射をすれば、それは時折あかねの目を眩ませる。
窓の外、グランドからは運動部の掛け声がかすかに聞こえ、 いつもなら全く耳に入ることの無い、教室の壁に架けられている時計の秒針の音も、静かな教室の中を少しだけにぎわせる手助けをしていた。
「あーあ…」
あかねは、そんな夕日の差し込む教室にゆっくりと入った。
そしていつものように自分の席に座り、机の横にかかっている自分のカバンを開けた。
「…」
あかねは、その中からなびきにたまたま借りていたMDウォークマンを取り出した。
そして、イヤホンを耳に付けるとそのまま机の上に突っ伏した。
そのMDには、あかねがなびきに頼んで入れてもらった「お気に入りの曲」だけが入っているはずなのに、…もちろんこんな気分が晴れないときには、そんなお気に入りの曲さえもきちんと頭の中には流れてこない。
「…」
本を読んでも、頭に入ってこない。曲を聴いても何だか気が散ってしまう。
では、さっさと家に帰ったらどうか?…もちろんあかねもそれは一番に考えた。
だが、この気分の晴れないムシャクシャしたままの状態で家に帰るのだけは…あかねも少し抵抗があった。
…あかねと乱馬は、一つ屋根の下に住んでいるのだ。
顔だって、嫌でも合わせる機会は多い。
授業終了後からしばらく、こうして顔を見なくても頭に来ている状態なのに、顔を見たら更に頭に来るのは分かっている。
そうなるのが分かっていて、簡単にその気持ちを家にまで持ち込むのは嫌だ。
…それがあかねの、正直な気持ちだ。
(あーあ。どうしようかなあ…嫌だな…)
仮に仲直りをしよう、と考えるにも、 既に乱馬は、クラスメートと校庭へ出て行ってしまった後。
そんな乱馬を、わざわざ校庭まで迎えに行ってあかねから謝るのは、それはそれで何だか癪だった。
(もう!それもこれも、皆、乱馬が悪いのだ!)
あかねはそんな事を思いながら、机の上にベタっと倒れこむように座っていた。
…と、その時。
イヤホンをしているあかねの耳に、MDから流れている曲とは別の物音が飛び込んできた。
ガラッ…というその音は、閉じられていた教室のドアが開いた音だろうか。
壁に架けられている時計を見ると、時刻は、もう四時四十分。
日も暮れ掛けているのだし、こんな時間に放課後の教室に一体誰が…と、あかねがそんな事を思いながらドアの方 へと目をやると、
「…」
…そこには、何だかやっぱり不機嫌そうな顔をした乱馬が立っていた。
どうやら、つい今しがたまで校庭でサッカーをしていたようだ。
荷物は持って出て行ったようだが、忘れ物でもしたのだろうか?乱馬はたった一人で教室に戻ってきたようだった。
「…」
そんな乱馬の姿を見てあかねが一瞬表情を動かしたように、乱馬も、教室で一人居残っているあかねの姿を見て、一瞬だけぴくりと表情を動かした。
あかねは、そんな乱馬と目があったのにも関わらず、わざとらしくそっぽを向いた。
そしてそのまま、何も言わずに窓の方を向いて机に突っ伏していた。
乱馬は、そんなあかねに特に声をかけることも無く、そのまま教室へと入ってきた。
そして、本来ならばあかねの座っている席の隣…が自分の席にも関わらず、
もちろんそこには座ることはせず、あかねと同じ横列だが、何列も離れた他の誰かの席へとドカッ…と腰かけた。
…物言わぬ時間が、しばし流れていた。
グランドから聞こえてくる運動部の掛け声や、野球部のバッティングの音。
そして壁掛け時計の秒針が、「カチッ…カチッ…」とやけにくっきりと時を刻むのが、わかる。
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