何が足りない?
「実際のところ、どうなん?あかねちゃん」
ある日の放課後。
英語のテストでいつものように赤点をとった乱馬の補習が終わるのをあたしが教室で待っていると、珍しく真面目な顔をした右京が、あたしのところへとやってきた。
一体何が「実際のところなのか」。右京があんまりにも真剣な表情をしているので、
「どうしたの?右京…」
あたしがちょっと驚きながら右京に尋ねると、右京は無言で、あたしの隣の席に腰掛けた。
そして、何もいわず、じっとうつむいている。
「…」
そんな右京に、なんだか声がかけずらくて、あたしもなんだか黙り込んでしまう。
…夕暮れ時の薄暗い教室で、あたしと右京はただただじっと、そこにいるだけ。
そんなあたし達の耳には、グランドでサッカーやら陸上やらをしている生徒達の歓声や叫び 声が、本当はすごく遠くから聞こえているはずなのにも関わらず、とても大きく聞こえてくる。
「…あかねちゃんは、ええな。いつも乱ちゃんと一緒におれて…」
…が。
そのうち、そんな重苦しい沈黙を破るように、右京がぼそっと呟いた。
「え?」
あたしが右京の方をふっと見ると、
「うち、いつも思うんよ。うちがあかねちゃんだったら、絶対にいつでも乱ちゃんに甘えるし、家でだってずっと
横にくっついてると思うし。ましてや、他の女なんか絶対に近づかせたりせえへんのにって」
「右京…」
「だいたいおかしいやん?あかねちゃんみたいに凶暴で素直じゃない許婚と、うちみたいな かわいー許婚。
男だったら絶対にうちを取るとおもうんやけどなあ?」
右京は、冗談か本気かわからないようなことを言って、あたしの顔をじっと見る。
「ど、どういう意味よ!」
あたしがちょっとむっとなって言い返すと、
「せやから、もしもあかねちゃんが乱ちゃんと一緒に住んでなかったら、絶対乱ちゃんはあかねちゃんばっかひい
きしたりしないんやろなって、思ったんや。ええよな、あかねちゃんは。家でも学校でも乱ちゃんと一緒で。そん
で、なにかにつけて乱ちゃんに構ってもらえて」
右京はそういって、ふう、とため息をつくと、意を決したようにあたしに核心を突く質問をしてき た。
「で?実際にどうなん?乱ちゃんとはどういう関係なん?」
「え?ど、どういうって…」
あたしはそんな右京の言葉に、思わず身構える。
「だから、その…本当は二人はうちが思ってる以上に深い関け…」
「な!なに馬鹿なこといってんのよ!あたしと乱馬はべつに…」
あたしが思わず真っ赤になって右京に言い返すと、
「ホンマ?」
右京は、ちょっと意外そうな顔だ。
人の核心を突くような質問をしといてその表情はなに…?とあたしは思わず突っ込んでやりたくなったけれど、
「一緒に住んでんのに、許婚なのに、家族公認なのに…信じられへんなあ。うちだったら毎日のように乱ちゃんに
夜這いかけるで?」
「あのねえ…」
「…じゃあ、二人はただ単に一緒にいるだけであって、べつに本当に付き合ってるって訳やないんやね?乱馬ちゃ
んとあかねちゃんの関係は、許婚とはいえどもただの『友達』なんやね?」
右京のそういった顔があまりにも嬉しそうだったので、あたしはそれ以上何もいえなかった。
「…なーんや。心配して損したー。うち、二人はもうてっきりそういう仲になってると思ってなあ」
「え?」
「ほら、中国だっけ?あそこから帰ってきたあと、祝言を挙げそこなったやん?だから…。でも、なーんだ。別にあれ以降付き合ってるって訳やないんやね。あー、安心」
右京はそういって、あたしの顔をにやりと笑いながら、見た。
「あかねちゃん。うち、絶対に乱ちゃんのこと、諦めんよ!」
そして、そうあたしに言い放って…楽しそうに教室から出て行った。
あたしは、一人残された夕暮れの教室で、少し考え込んでしまった。
…右京に言われて改めて気がついてしまったんだけど。
そういえば、そうだな…なんて。
確かに呪泉洞で、「好きだっていわせてくれ!」と、あたしの心の中には乱馬がそういった ように響いてきた。
でもそのあと祝言を挙げようかって時に、
「あたしの事好きなんでしょ?」
と聞いたら、
「え…何それ?」
とか言い出し、挙句の果てに、
「そんなこといってねえ!」
とか言い出始末。
そしてあれ以降、特にあたしたちの間に進展も…
・・・でも。
「・・・」
あたしは、そこまで考えてきゅっと、唇を噛む。
…でも。
中国から帰ってきて以来、ごくたまに、だけど。通学途中とか下校途中に、あたしと乱馬は手をつないで歩くこと
がある。
それは、寒かったりするとき(防寒のため)もあるんだけど、でも、以前は照れちゃって絶対人前でそんなことし
ない乱馬の奴が、あたしの手を自分から引いて、歩く。
「・・・」
…嫌いだったら、そんなことしないよね?
あたしは誰に問うでもなく、そんなことを何度も問いかける。
しっかりと、「好きだ」とか「付き合ってくれ」とかそんなことはいわれていないけど、でもそうであることを信
じたいと、あたしは自分にそう言い聞かせて、今日まで来た。
「一緒に住んでなかったら、あかねちゃんみたいな凶暴な許婚は…」
でも、何となく右京の言葉が頭から離れない。
もし、あたしが乱馬と一緒に住んでいなかったら?
もし、そんな状態であたしと右京という二人の許婚が存在していたら?
しかも、片方は明らかに自分にべたぼれ。片方は意地っ張りで素直じゃなくて…。
「・・・」
あたしの胸の中には、右京の「一緒に住んでいなかったら」という言葉が重くのしかかる。
…以前に、一度乱馬達一家がうちから出て行ったことがあった。
出て行くときあたしと乱馬は喧嘩してしまって、
そのとき仲直りするのに、大分時間がかかった。
夏休みに出て行ったのにもかかわらず、乱馬があたしとちゃんと話をする機会がもてたの は、
夏休み明けだったものな。
…今のあたし達は、一緒に住んでいるからこそこうやっていつも隣にいられるのかな?
一緒に住んでなかったら…すぐにあのときみたいに、距離が出来てしまうのかな・・・
「・・・」
あたしは、ふとそんなことを思った。
・・・ 今のあたし達は、「一緒に住んでいる」っていう恵まれた環境があるがゆえに繋がっている?
ううん、そんなことないよ。
あの時はともかく、今現在のあたし達はそんなこと…
そんなこと…本当に、ないのかな?
「…どうなのかな」
あたしは、そんなことを考えながら、ため息をついてしまった。
情けないけれど、今のあたしは、こんなあたし達の「関係」に確信がもてなかった。
彼と彼女の関係でもない。
でも絶対にただの友達ではない。
許婚だけど、だから何があるわけでもない。
時々は手をつなぐ・・・ただそのことだけが、今のあたしの強み、なの?
…じゃあ、あたし達って、なんなんだろう?
「・・・」
あたしはそんなことを思いながらふと、窓の外を見た。
すると、部活帰りなのか仲がよさそうなカップルが、寄り添って歩いていくのが見える。
あたしは、そのカップルの様子をじっと、見つめた。
夕暮れ時のグランドを寄り添いながら歩いていくカップルは、遠目から見ても楽しそうな様子でどんどん歩き去っ
ていく。
ある日の放課後。
英語のテストでいつものように赤点をとった乱馬の補習が終わるのをあたしが教室で待っていると、珍しく真面目な顔をした右京が、あたしのところへとやってきた。
一体何が「実際のところなのか」。右京があんまりにも真剣な表情をしているので、
「どうしたの?右京…」
あたしがちょっと驚きながら右京に尋ねると、右京は無言で、あたしの隣の席に腰掛けた。
そして、何もいわず、じっとうつむいている。
「…」
そんな右京に、なんだか声がかけずらくて、あたしもなんだか黙り込んでしまう。
…夕暮れ時の薄暗い教室で、あたしと右京はただただじっと、そこにいるだけ。
そんなあたし達の耳には、グランドでサッカーやら陸上やらをしている生徒達の歓声や叫び 声が、本当はすごく遠くから聞こえているはずなのにも関わらず、とても大きく聞こえてくる。
「…あかねちゃんは、ええな。いつも乱ちゃんと一緒におれて…」
…が。
そのうち、そんな重苦しい沈黙を破るように、右京がぼそっと呟いた。
「え?」
あたしが右京の方をふっと見ると、
「うち、いつも思うんよ。うちがあかねちゃんだったら、絶対にいつでも乱ちゃんに甘えるし、家でだってずっと
横にくっついてると思うし。ましてや、他の女なんか絶対に近づかせたりせえへんのにって」
「右京…」
「だいたいおかしいやん?あかねちゃんみたいに凶暴で素直じゃない許婚と、うちみたいな かわいー許婚。
男だったら絶対にうちを取るとおもうんやけどなあ?」
右京は、冗談か本気かわからないようなことを言って、あたしの顔をじっと見る。
「ど、どういう意味よ!」
あたしがちょっとむっとなって言い返すと、
「せやから、もしもあかねちゃんが乱ちゃんと一緒に住んでなかったら、絶対乱ちゃんはあかねちゃんばっかひい
きしたりしないんやろなって、思ったんや。ええよな、あかねちゃんは。家でも学校でも乱ちゃんと一緒で。そん
で、なにかにつけて乱ちゃんに構ってもらえて」
右京はそういって、ふう、とため息をつくと、意を決したようにあたしに核心を突く質問をしてき た。
「で?実際にどうなん?乱ちゃんとはどういう関係なん?」
「え?ど、どういうって…」
あたしはそんな右京の言葉に、思わず身構える。
「だから、その…本当は二人はうちが思ってる以上に深い関け…」
「な!なに馬鹿なこといってんのよ!あたしと乱馬はべつに…」
あたしが思わず真っ赤になって右京に言い返すと、
「ホンマ?」
右京は、ちょっと意外そうな顔だ。
人の核心を突くような質問をしといてその表情はなに…?とあたしは思わず突っ込んでやりたくなったけれど、
「一緒に住んでんのに、許婚なのに、家族公認なのに…信じられへんなあ。うちだったら毎日のように乱ちゃんに
夜這いかけるで?」
「あのねえ…」
「…じゃあ、二人はただ単に一緒にいるだけであって、べつに本当に付き合ってるって訳やないんやね?乱馬ちゃ
んとあかねちゃんの関係は、許婚とはいえどもただの『友達』なんやね?」
右京のそういった顔があまりにも嬉しそうだったので、あたしはそれ以上何もいえなかった。
「…なーんや。心配して損したー。うち、二人はもうてっきりそういう仲になってると思ってなあ」
「え?」
「ほら、中国だっけ?あそこから帰ってきたあと、祝言を挙げそこなったやん?だから…。でも、なーんだ。別にあれ以降付き合ってるって訳やないんやね。あー、安心」
右京はそういって、あたしの顔をにやりと笑いながら、見た。
「あかねちゃん。うち、絶対に乱ちゃんのこと、諦めんよ!」
そして、そうあたしに言い放って…楽しそうに教室から出て行った。
あたしは、一人残された夕暮れの教室で、少し考え込んでしまった。
…右京に言われて改めて気がついてしまったんだけど。
そういえば、そうだな…なんて。
確かに呪泉洞で、「好きだっていわせてくれ!」と、あたしの心の中には乱馬がそういった ように響いてきた。
でもそのあと祝言を挙げようかって時に、
「あたしの事好きなんでしょ?」
と聞いたら、
「え…何それ?」
とか言い出し、挙句の果てに、
「そんなこといってねえ!」
とか言い出始末。
そしてあれ以降、特にあたしたちの間に進展も…
・・・でも。
「・・・」
あたしは、そこまで考えてきゅっと、唇を噛む。
…でも。
中国から帰ってきて以来、ごくたまに、だけど。通学途中とか下校途中に、あたしと乱馬は手をつないで歩くこと
がある。
それは、寒かったりするとき(防寒のため)もあるんだけど、でも、以前は照れちゃって絶対人前でそんなことし
ない乱馬の奴が、あたしの手を自分から引いて、歩く。
「・・・」
…嫌いだったら、そんなことしないよね?
あたしは誰に問うでもなく、そんなことを何度も問いかける。
しっかりと、「好きだ」とか「付き合ってくれ」とかそんなことはいわれていないけど、でもそうであることを信
じたいと、あたしは自分にそう言い聞かせて、今日まで来た。
「一緒に住んでなかったら、あかねちゃんみたいな凶暴な許婚は…」
でも、何となく右京の言葉が頭から離れない。
もし、あたしが乱馬と一緒に住んでいなかったら?
もし、そんな状態であたしと右京という二人の許婚が存在していたら?
しかも、片方は明らかに自分にべたぼれ。片方は意地っ張りで素直じゃなくて…。
「・・・」
あたしの胸の中には、右京の「一緒に住んでいなかったら」という言葉が重くのしかかる。
…以前に、一度乱馬達一家がうちから出て行ったことがあった。
出て行くときあたしと乱馬は喧嘩してしまって、
そのとき仲直りするのに、大分時間がかかった。
夏休みに出て行ったのにもかかわらず、乱馬があたしとちゃんと話をする機会がもてたの は、
夏休み明けだったものな。
…今のあたし達は、一緒に住んでいるからこそこうやっていつも隣にいられるのかな?
一緒に住んでなかったら…すぐにあのときみたいに、距離が出来てしまうのかな・・・
「・・・」
あたしは、ふとそんなことを思った。
・・・ 今のあたし達は、「一緒に住んでいる」っていう恵まれた環境があるがゆえに繋がっている?
ううん、そんなことないよ。
あの時はともかく、今現在のあたし達はそんなこと…
そんなこと…本当に、ないのかな?
「…どうなのかな」
あたしは、そんなことを考えながら、ため息をついてしまった。
情けないけれど、今のあたしは、こんなあたし達の「関係」に確信がもてなかった。
彼と彼女の関係でもない。
でも絶対にただの友達ではない。
許婚だけど、だから何があるわけでもない。
時々は手をつなぐ・・・ただそのことだけが、今のあたしの強み、なの?
…じゃあ、あたし達って、なんなんだろう?
「・・・」
あたしはそんなことを思いながらふと、窓の外を見た。
すると、部活帰りなのか仲がよさそうなカップルが、寄り添って歩いていくのが見える。
あたしは、そのカップルの様子をじっと、見つめた。
夕暮れ時のグランドを寄り添いながら歩いていくカップルは、遠目から見ても楽しそうな様子でどんどん歩き去っ
ていく。