赤ずきん役のアンディ
そこに、赤ずきんちゃんがやって来ました。
買ってきた花束とワインとパンの入ったカゴを持っています。シナリオにある程度沿うことにしたようです。
それらを枕元に置き、大きな目でジーッ……とベッドで寝ているお兄さんになりすました狼役リカルドを見下ろします。
「……一応、聞くけど」
フイと顔を背けて、どうでもよさそうに問います。
「その目の火傷跡、どうしたの?」
『えっ、そこ!?』とリカルドさんがびっくりします。
シナリオにはまったくないセリフ。アドリブに必死です。
「こっ、これは……えーと、ろうそくに近づきすぎて……」
「あ、そう」
口からでまかせに赤ずきん役のアンディはあっさりうなずきます。何を言ったって、たぶんうなずいています。また、そっぽを向いたままで尋ねます。
「花瓶はどこ?」
「えーっと……」
知るわけありません。焦る狼役リカルドに、赤ずきん役アンディは、ワインを見せます。
「じゃあコレ、飲んじゃってよ。空いたら花瓶にするから」
ありがたい話です。リカルドさんはいそいそと身を起こしてワインを受け取ろうとします。
すると、スッ……とワインが引かれます。
じーっと無表情に狼役リカルドを大きな目で見つめて、アンディはぼそっと言います。
「……怪我、してないじゃん」
元気に身を起こしてしまったリカルドさんはピシッと固まります。
アンディは容赦なく続けます。
「怪我人はワイン飲まないでしょ。ウォルターはどこ?」
バレた、とかいうより、狼役リカルドは、だまされたことに腹を立てます。
なにこいつ。性悪じゃん。ってか、かわいくない。
ベッドからのっそりと降り、狼役らしい危険な空気を放ち、リカルドさんは前屈みになって立ちます。指が、ポキぺキと音を立てます。まるで、今にもつかみかかろうというように。
赤ずきん役のアンディは、用心して少し後ろに下がって、武器を取り出します。そして、構えます。
不穏な空気が漂います。
「……おまえだけは本当に食ってやる!!」
狼役リカルドが動きます。
バターン! と部屋の扉が開きました。
「リカルド! やっと会えたぁ!!」
「ちょっ、待っ……!」
猟師が狼に飛びつきます。待ちきれなかった猟師役のメーラちゃんが狼役のリカルドさんに抱きつきます。
「シナリオと違うだろ! 出番もう少し後っ……」
「やだもう! 照れちゃって……」
「ちっがーう!」
リカルドさんは腕にひっつくメーラちゃんを引きはがそうと必死です。
「おまえは俺を追いかけて撃つ役だろーがっ!」
「リカルドの望みならぁ、メーラどこまでも追いかけてあげるっ」
「このストーカー女!!」
狼役のリカルドさんは、どこやらに向けて怒鳴ります。
「おい! 誰か猟師役変われ!!」
その声に応え、ズラリと銃を持った人々が部屋の中に入ってきて並びます。
猟師役候補です。ずいぶんたくさんいます。
狼役リカルドがびっくりします。
「多すぎだろ、銃持ってるヤツ!!」
助けられる立場のはずの赤ずきんアンディさえもが、『え……』と口をぽかんと開きます。そして、ぷるぷると首を横に振ります。
「いや……バジルはご免だし、他の人たちも、スキャッグスならなおさら、助けなんていらないよ」
ドカーン! とアンディの背後の壁が壊されます。そこから、ヌッとひとりの男が顔を出します。
「このセット、ボロいな……。おーい、四番目。銃は持ってないけど、助けにきてやったぞ」
「ジョゼフ!?」
振り向いたアンディが驚きに目を見開きます。そして、さっさっと交互に前と後ろを見ます。
猟師役候補は大勢いるわ、そのうちのひとり、最初の猟師役は完全に狼の味方だわ、猟師役候補のはずなのに何故か赤ずきん役の自分を狙いそうな相手はいるわ、何故かこの場に猟師でも狼でも赤ずきんでもない人物が現れるわ、大混乱です。
「え……何これ。どういう展開? ちょっとシナリオ見せて」
とりあえず赤ずきんアンディは冷静にジョゼフに向かって手を差し出します。
それを見ていた狼役のリカルドさんが驚きの声をあげます。
「通して読んでなかったのか!? 主役のくせに!!」
アンディは平然と返します。
「ボクは判定書にしか従わない」
「でも読めや!!」
怒鳴られてもツーンとしてシナリオを要求します。
「ジョゼフ、シナリオ。持ってるでしょ?」
「いや、もうだいぶ話変わっちゃってるし……読んでる暇もなさそうだぞ。赤ずきんちゃん」
ふたりはのんびり話していますが、周囲は殺気立っています。とても険悪な雰囲気です。
仕方なく、赤ずきんアンディは、並んだ猟師役と狼たちに向き直ります。
ほぼ、バトルロイヤル状態です。
こんな赤ずきん、ありえません。
というわけで、ここで終わります。
『えっ』って感じです。
「……ウォルターはどうなったの……?」
アンディのつぶやきが最後に残りました。
(おしまい)
作品名:赤ずきん役のアンディ 作家名:野村弥広