蕾(智明×一ノ瀬)
「……え」
それは、一ノ瀬が初めて見せた、明白な嫉妬だった。
一ノ瀬は、俺が他の女の子を可愛いと褒めたことに対して、嫉妬したのだ。
……なんて……。
……なんて可愛いことを言う奴なんだろう。無意識に心の中でそう呟いていた。
俺は自由の利く方の手で一ノ瀬を抱き寄せ、頭をくしゃくしゃ撫でてやった。まさかこんなぼんやりした頭で、そんな思わず愛しくて愛しくて、抱きしめたくなってしまいそうなことを考えていたなんて。
「……ごめんな、一ノ瀬」
頭を撫でているとだいぶ落ち着いてきたのか、一ノ瀬の震えはいつのまにか治まっていた。けれど、俺の腰に回された腕は、未だぎゅうっときつく掴まれたまま。
暫くそうしていると、ぽつりと一ノ瀬が呟いた。
「とうや……」
「ん?」
「いちのせのなまえ、冬夜……」
そうだ。そういえば俺は今まで一度も一ノ瀬を下の名前で呼んだことがないじゃないか。
一ノ瀬の子どものような訴えが可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「ごめん、冬夜。許して」
「……うん」
最初は、何を考えているのか全然わからなくて、不気味で、怪しくて、怖かった。信用なんかできないと思っていた。
「ご主人様」と「執事」として神代邸で暮らしていた時は、まさかこんな関係になれるだなんて夢にも思っていなかった。
けれど、今はこんなにも可愛くて大切に思える。優しくして、大事にしてやりたいと思う。
自分が思い描いていた「友人」関係とは少し、いや、全く違った感情を一ノ瀬に抱いてしまっているのは確かだが、それはたぶんお互い様だから、今は「友人」で片づけられているこの関係が、この先もっと別のものに変わっていくとしても。俺はこの先もずっと、一ノ瀬と一緒に居たいと思った。
俺は、一ノ瀬の柔らかな髪の毛に口づけをして、静かに目を閉じた。