めまい
期末テストが終わった後の日曜日に、久々知くんと町まで買い物に出かける約束をした。出不精で人混みが苦手な彼は、最初は町中に出ることを渋っていた。
でも、
「二人でホワイトデーのための買い物に行こうよ!ちゃんとバレンタインデーのお礼はしなきゃだし、二人で選んだほうがいいものが選べると思うよ!」
と提案したら、少し戸惑いながらも、首を縦に振ってくれた。
約束が決まってからの僕は、浮かれっぱなしだった。なんてったって久々のデートだ。普段は出不精な久々知くんに合わせて家でまったりと過ごすことが多い僕らにとって、久しぶりに二人っきりでのお出かけなのだ。
あまりに嬉しくて、普段は憂鬱なテスト期間中も、ついつい顔がゆるんでしまった。そのせいで担任の先生に、
「お、斉藤。今度のテストは自信あるみたいだな。」
なんて、あらぬ勘違いをされちゃったんだけど。
デート前日の土曜日は、日曜に備えての準備で大忙しだった。部屋中のタンスをひっくり返して、どの服がいいか鏡の前で何度もいろんなコーディネートを試しまくった。
なんてったって久しぶりのデートだ。当然、服にだって気合が入る。お風呂上がり、いつも以上に髪をブローしてベッドにもぐりこんだ。緊張と期待で目がさえてしまい、なかなか眠りにつけなかった。
次の日、目覚まし時計のアラームが鳴るより早く目が覚めてしまった。まだ眠気でぼーっとしている顔を冷水で洗い、しゃきっとさせる。
睡眠不足のせいで、なんだか顔もむくんでいるみたいだ。慌てて鏡に向かい、むくみをとるために顔のマッサージをする。
ふと、こんなことしてるなんて、まるで女の子みたいだな、なんて感じて、自分でもちょっとおかしな気持ちになった。
でも、大好きな相手のために努力している自分は、嫌いじゃない…むしろ好きだな、とも感じた。
待ち合わせ場所に、予定より20分以上早くついてしまった。早く久々知くんに会いたいという気持ちから、無意識のうちに急いでしまったようだ。いくらなんでもちょっと焦りすぎたかな、なんて思った。
だけど、見慣れた黒髪の癖っ毛が目に入って、僕の心は躍った。久々知くんだ。彼は僕より早くこの場所についていたようだ。時間をつぶすために持ってきたかと思われる文庫本を、真剣な目で見つめている。
「久々知くん!」
僕はたまらず声をかける。
文庫本から顔をあげた久々知くんは、こっちに気づいて、にっこりとほほ笑んでくれた。
「どうしたんですか、タカ丸さん。ずいぶん早いじゃないですか。」
「それはこっちのセリフだよ〜!久々知くん、待った?」
少し心配になりつつ聞くと、「そんなことないですよ。」と優しい返事が返ってきた。
それにしても、僕ですら早く着きすぎたかな、なんて思ったのに、久々知くんは、どれだけ急いできたのだろう。
「どうしてそんなに急いできたの?」
「急いだつもりはなかったのですが…。」
久々知くんはそう言うと、少し照れくさそうに小さな声で、でもはっきりと言葉を続けた。
「久々にタカ丸さんと出かけるのかと思うと…知らず知らずのうちに、足が急いでしまったようです…。」
その言葉は、僕の鼓動を速めるのに十分だった。
それって、久々知くんも僕と同じように、今日を楽しみにしてくれていたってことなのかな…?
「…さっさと目的地に行きましょう。」
さっきの言葉が照れくさかったのか、久々知くんの口調や態度はずいぶんとぶっきらぼうなものだった。
それでも僕は、高まる鼓動や、ふにゃりとゆるむ頬を止められなかった。
「うわぁ…、凄い人ですね…。」
「まぁ…、そういうシーズンだしね…。」
僕らが向かったデパートのホワイトデー商品売り場は、かなりの人でごったがえしていた。あまりの人の多さに、人混みの苦手な久々知くんは早くも顔が引きつっている。
ちょっと強引かな?なんて思いつつ、久々知くんの手を引っ張って人混みの中に向かおうとしたその時だった。
「あれぇ、タカ丸さん?」
明るい栗色のショートカットの女の子が声をかけてきた。その声に反応し、あわてて引っ張っていた久々知くんの手を離す。
確かこの子は久々知くんと同じクラスの子だ。うちの美容室の常連だし、たまに頼まれて、ヘアメイクをしてあげたりもしている。明るく活発で、はきはきしたイメージのある子だ。
「なんでこんなとこに…あ!もしかしてホワイトデーのお返しを買いに来たんですか?タカ丸さんたくさん貰ってそうですし大変ですね!」
「って私もあげたんだけどね!」そう言ってその子は顔をくしゃっとさせて笑った。いたずらっ子のような無邪気な笑顔。
確かにこの子からも、「いつもお世話になってるから…。」と、バレンタインのチョコを貰った。まぁ、もしかしたら僕が気づいてないだけで、そのチョコには「それ以上」の気持ちも含まれているのかもしれないけど。
「ってあれ、久々知もいたんだ。タカ丸さんに隠れてて、全然気づかなかった〜。」
「…おい、その言い方はあんまりだろ…。」
女の子はようやく久々知くんに気づいたのか、悪気なくあっさりそんなことを言ってくる。久々知くんはそんなクラスメイトの反応に苦笑いしつつ呆れた口ぶりだ。
女の子と話すのがあまり得意でない久々知くんがこんな軽口をたたくあたり、この子はさっぱりとした話しやすい子なんだろうな、なんて思う。
「って久々知もここにいるってことは、あんたもホワイトデーのお返し買いに来たってこと?」
「…悪いかよ。」
久々知くんは若干ぶっきらぼうに返事している。でも不機嫌になってるというより、こんなところにいるの見られて、ちょっと照れくさいんだろうな。
「ううん、ちょうどよかった。実は今ね、ミホと来てるんだけど…って、ミホ!こっちこっち!!」
女の子は向こうに向かって手を振っている。しばらくすると、「もう、大声出さないでよ…。」と恥ずかしそうに頬を染めた女の子がこちらにやってきた。黒髪のセミロングで、おとなしそうだけど、清楚でなかなか綺麗な子だ。この子がミホちゃんなんだろう。
「ミホ、実は今ね、たまたまここでタカ丸さんと久々知に会って…」
「久々知くんに!?」
瞬間、ミホちゃんの頬がより一層赤く染まる。
あぁ、気づいてしまった。
このミホちゃんは、きっと久々知くんのことが好きなのだろう。
そう理解した瞬間、急に久々知くんたち三人が遠く感じられた。彼らの声が、急に遠くに響く。
「って久々知さ〜、ここにいるってことは、ミホへのお返しもちゃんと買ってるんでしょうね?」
「ちょ、ちょっと…そんなこときかないでいいってば…。ごめんね、久々知くん…。」
「いや、いいよ。…っていうか、もちろん、お返しはちゃんとするつもりだし。」
三人の会話の意味を、ゆっくりと理解する。
あぁ、やっぱりミホちゃんは、久々知くんにチョコを贈ったんだ。内気そうな彼女のことだ。きっと、精一杯の勇気を振り絞ったことだろう。そして久々知くんも彼女に、ちゃんとそのお返しをするつもりなんだ。
久々知くんが簡単に心変わりする人だなんて思っていない。それ相応の覚悟を持って、僕とお付き合いしてくれているのもわかる。
だから、不安になったり、やきもちを焼いたりするなんてありえないと思っていた。
でも、
「二人でホワイトデーのための買い物に行こうよ!ちゃんとバレンタインデーのお礼はしなきゃだし、二人で選んだほうがいいものが選べると思うよ!」
と提案したら、少し戸惑いながらも、首を縦に振ってくれた。
約束が決まってからの僕は、浮かれっぱなしだった。なんてったって久々のデートだ。普段は出不精な久々知くんに合わせて家でまったりと過ごすことが多い僕らにとって、久しぶりに二人っきりでのお出かけなのだ。
あまりに嬉しくて、普段は憂鬱なテスト期間中も、ついつい顔がゆるんでしまった。そのせいで担任の先生に、
「お、斉藤。今度のテストは自信あるみたいだな。」
なんて、あらぬ勘違いをされちゃったんだけど。
デート前日の土曜日は、日曜に備えての準備で大忙しだった。部屋中のタンスをひっくり返して、どの服がいいか鏡の前で何度もいろんなコーディネートを試しまくった。
なんてったって久しぶりのデートだ。当然、服にだって気合が入る。お風呂上がり、いつも以上に髪をブローしてベッドにもぐりこんだ。緊張と期待で目がさえてしまい、なかなか眠りにつけなかった。
次の日、目覚まし時計のアラームが鳴るより早く目が覚めてしまった。まだ眠気でぼーっとしている顔を冷水で洗い、しゃきっとさせる。
睡眠不足のせいで、なんだか顔もむくんでいるみたいだ。慌てて鏡に向かい、むくみをとるために顔のマッサージをする。
ふと、こんなことしてるなんて、まるで女の子みたいだな、なんて感じて、自分でもちょっとおかしな気持ちになった。
でも、大好きな相手のために努力している自分は、嫌いじゃない…むしろ好きだな、とも感じた。
待ち合わせ場所に、予定より20分以上早くついてしまった。早く久々知くんに会いたいという気持ちから、無意識のうちに急いでしまったようだ。いくらなんでもちょっと焦りすぎたかな、なんて思った。
だけど、見慣れた黒髪の癖っ毛が目に入って、僕の心は躍った。久々知くんだ。彼は僕より早くこの場所についていたようだ。時間をつぶすために持ってきたかと思われる文庫本を、真剣な目で見つめている。
「久々知くん!」
僕はたまらず声をかける。
文庫本から顔をあげた久々知くんは、こっちに気づいて、にっこりとほほ笑んでくれた。
「どうしたんですか、タカ丸さん。ずいぶん早いじゃないですか。」
「それはこっちのセリフだよ〜!久々知くん、待った?」
少し心配になりつつ聞くと、「そんなことないですよ。」と優しい返事が返ってきた。
それにしても、僕ですら早く着きすぎたかな、なんて思ったのに、久々知くんは、どれだけ急いできたのだろう。
「どうしてそんなに急いできたの?」
「急いだつもりはなかったのですが…。」
久々知くんはそう言うと、少し照れくさそうに小さな声で、でもはっきりと言葉を続けた。
「久々にタカ丸さんと出かけるのかと思うと…知らず知らずのうちに、足が急いでしまったようです…。」
その言葉は、僕の鼓動を速めるのに十分だった。
それって、久々知くんも僕と同じように、今日を楽しみにしてくれていたってことなのかな…?
「…さっさと目的地に行きましょう。」
さっきの言葉が照れくさかったのか、久々知くんの口調や態度はずいぶんとぶっきらぼうなものだった。
それでも僕は、高まる鼓動や、ふにゃりとゆるむ頬を止められなかった。
「うわぁ…、凄い人ですね…。」
「まぁ…、そういうシーズンだしね…。」
僕らが向かったデパートのホワイトデー商品売り場は、かなりの人でごったがえしていた。あまりの人の多さに、人混みの苦手な久々知くんは早くも顔が引きつっている。
ちょっと強引かな?なんて思いつつ、久々知くんの手を引っ張って人混みの中に向かおうとしたその時だった。
「あれぇ、タカ丸さん?」
明るい栗色のショートカットの女の子が声をかけてきた。その声に反応し、あわてて引っ張っていた久々知くんの手を離す。
確かこの子は久々知くんと同じクラスの子だ。うちの美容室の常連だし、たまに頼まれて、ヘアメイクをしてあげたりもしている。明るく活発で、はきはきしたイメージのある子だ。
「なんでこんなとこに…あ!もしかしてホワイトデーのお返しを買いに来たんですか?タカ丸さんたくさん貰ってそうですし大変ですね!」
「って私もあげたんだけどね!」そう言ってその子は顔をくしゃっとさせて笑った。いたずらっ子のような無邪気な笑顔。
確かにこの子からも、「いつもお世話になってるから…。」と、バレンタインのチョコを貰った。まぁ、もしかしたら僕が気づいてないだけで、そのチョコには「それ以上」の気持ちも含まれているのかもしれないけど。
「ってあれ、久々知もいたんだ。タカ丸さんに隠れてて、全然気づかなかった〜。」
「…おい、その言い方はあんまりだろ…。」
女の子はようやく久々知くんに気づいたのか、悪気なくあっさりそんなことを言ってくる。久々知くんはそんなクラスメイトの反応に苦笑いしつつ呆れた口ぶりだ。
女の子と話すのがあまり得意でない久々知くんがこんな軽口をたたくあたり、この子はさっぱりとした話しやすい子なんだろうな、なんて思う。
「って久々知もここにいるってことは、あんたもホワイトデーのお返し買いに来たってこと?」
「…悪いかよ。」
久々知くんは若干ぶっきらぼうに返事している。でも不機嫌になってるというより、こんなところにいるの見られて、ちょっと照れくさいんだろうな。
「ううん、ちょうどよかった。実は今ね、ミホと来てるんだけど…って、ミホ!こっちこっち!!」
女の子は向こうに向かって手を振っている。しばらくすると、「もう、大声出さないでよ…。」と恥ずかしそうに頬を染めた女の子がこちらにやってきた。黒髪のセミロングで、おとなしそうだけど、清楚でなかなか綺麗な子だ。この子がミホちゃんなんだろう。
「ミホ、実は今ね、たまたまここでタカ丸さんと久々知に会って…」
「久々知くんに!?」
瞬間、ミホちゃんの頬がより一層赤く染まる。
あぁ、気づいてしまった。
このミホちゃんは、きっと久々知くんのことが好きなのだろう。
そう理解した瞬間、急に久々知くんたち三人が遠く感じられた。彼らの声が、急に遠くに響く。
「って久々知さ〜、ここにいるってことは、ミホへのお返しもちゃんと買ってるんでしょうね?」
「ちょ、ちょっと…そんなこときかないでいいってば…。ごめんね、久々知くん…。」
「いや、いいよ。…っていうか、もちろん、お返しはちゃんとするつもりだし。」
三人の会話の意味を、ゆっくりと理解する。
あぁ、やっぱりミホちゃんは、久々知くんにチョコを贈ったんだ。内気そうな彼女のことだ。きっと、精一杯の勇気を振り絞ったことだろう。そして久々知くんも彼女に、ちゃんとそのお返しをするつもりなんだ。
久々知くんが簡単に心変わりする人だなんて思っていない。それ相応の覚悟を持って、僕とお付き合いしてくれているのもわかる。
だから、不安になったり、やきもちを焼いたりするなんてありえないと思っていた。