めまい
でも、実際目の当たりにすると、思った以上にショックを受けている自分がいた。
久々知くんが魅力的なことなんて、僕自身もよくわかっている。だから、彼に思いを寄せる子がたくさんいたって何ら不思議じゃないのに…。
久々知くんたち三人は、相変わらず会話がはずんでいるようだった。
「ねぇ、せっかく会えたんだし、タカ丸さんも交えた四人でこの後お茶でもしない?」
「…お茶?」
「うん!私もタカ丸さんともっとちゃんと話したいし、それにミホも…ね?」
「そ、そんな…いきなり悪いって…。」
突然の提案に、ミホちゃんは戸惑っているようだ。でも、その瞳の奥には、かすかな期待が見え隠れしている。
「ねぇ、タカ丸さん、いいでしょ!?」
ショートカットの女の子は無邪気に僕に聞いてくる。
確かに一緒にお茶するぐらい、たいして気にすることじゃないかもしれない。普段の僕なら、快くオッケーしただろう。
でも、久々知くんとミホちゃんがいい雰囲気になったら…と考えると、胸が苦しくなった。
こんなの、ただの僕の醜い嫉妬だ。そんな理由で、お誘いを断るなんて…。
「駄目だ。」
僕がどう返事しようか迷っていたとき、静かな、でも、きっぱりとした声が響いた。
久々知くんだ。
「え〜、別にお茶くらいいいじゃ…」
「いや、駄目だ。」
食い下がる女の子に対して、久々知くんは、再び断りの返事をした。
「今日はタカ丸さんとずっと約束してたんだ。…行きましょう、タカ丸さん。」
久々知くんはそう言うや否や、強引に僕の手を握って、彼女たちとは反対方向に大股で歩いていった。
普段人前で手を握りたがらない久々知くんとは思えない反応に驚く。
取り残された彼女たちにフォローしなきゃ!と思いそちらの方を振り向くと、悲しそうにうつむいているミホちゃんの姿が目に入って、心が痛んだ。かけるべき言葉が浮かばなかった。
「ここまで来たら大丈夫でしょう。」
久々知くんは人気のないフロアまで僕を引っ張っていった。
「…。」
僕はいろんなことが頭をぐるぐるして、うまく言葉が出なかった。
「タカ丸さん、どうしたんですか?」
「……。」
久々知くんの問いかけに対しても、何と反応していいかわからなかった。
「…タカ丸さん、もしかして、嫌でしたか?」
「!?そんなことないよ!」
そう、そんなことはない。むしろ嬉しかった。彼女たちの誘いを断って、僕と過ごすことを選んでくれたのだから、すごく嬉しかった。
でも…
「僕、最低だよ…。」
僕は自分へのもやもやした感情をどうすればいいかわからなかった。
「最低…?」
久々知くんの反応に促され、僕は言葉を続ける。
「僕、去り際のミホちゃんの顔を見たんだ。ミホちゃん、悲しそうだった。当然だよね、彼女、久々知くんのこと好きなんだもん。」
「…。」
「ミホちゃんの落ち込む顔見て心が痛んだよ。なんだか罪悪感も感じた。…でも、それだけじゃない。僕、少し、喜んじゃったんだ…。久々知くんが、ミホちゃんより僕を選んでくれたことを。それになんだか、優越感も感じちゃったんだ…。」
そう。ミホちゃんの落ち込んだ顔を見て、心が痛んだのも確か。でも、そんな彼女の顔に喜びを感じてしまった自分がいたのも事実なのだ。
「久々知くんが、ミホちゃんより僕を選んでくれた」なんて考え方、久々知くんにもミホちゃんにも失礼なのに…。
「…顔をあげてください、タカ丸さん。」
黙ってうつむく僕に、久々知くんは優しく問いかける。
久々知くんの言葉に従い顔をあげると、大好きな大きな瞳が、優しく僕を見つめてくれていた。
「彼女たちの誘いを断って、タカ丸さんと過ごすことを選んだのは俺の意思です。タカ丸さんが苦しむことじゃありませんよ。」
「で、でも、僕は最低だ!」
そうだ、最低だ。こんなどろどろした醜い気持ち、今まで感じたことなかった。ミホちゃんのひたむきでまっすぐな久々知くんへの思いを目の当たりにしただけに、己の醜さがより一層浮き彫りになって感じられる。
「自分でも嫌になるよ…こんな醜い感情…。」
「誰だって、醜い気持ちは持ち合わせてますよ。」
久々知くんは穏やかに続ける。
「それにタカ丸さんがそんな風に考えたのは、俺を好きでいてくれてるからでしょう?」
あまりにストレートな物言いに、顔に熱が集まるのを感じる。でも確かにその通りだ。久々知くんの言葉に黙ってうなずく。
「タカ丸さんがそんな自分が嫌だというのなら、無理に好きになれと言いません。でも俺は、俺のことをそこまで思っていてくれているタカ丸さんが好きです。」
「久々知くん…。」
「…だから、タカ丸さんが嫌いだと思っている部分も含めて、タカ丸さんを愛させてください。」
頭がくらくらした。
久々知くんは、僕が嫌いな僕の部分も愛してくれようとしてるんだ。ものすごい幸福感、そして、ほんのちょっとの恐怖が僕を包んだ。
久々知くんの僕への思いにめまいがする。
それは不愉快なものではなく、むしろ雲の上を歩いているかのような、ふわふわとした心地いいものだった。
おわり