2人のストーリー
鈍いとは良く言われるし、その所為で何度チャンスを駄目にしたか分からない。気が付かなかったのが罪だと言うのならば、生きていること自体が罪ではないのか。
「手前、いい加減にしろよ」
好きだった、ずっと好きだった。しかもそれに気が付いたのは、ほんの数分前の出来ごとだ。どうして今まで気が付かなかったのか、今となってはそちらが不思議である。
「いい加減にしろって、一体何をどうすりゃいいんですかィ?」
目の前の男の言葉に、彼はそう言って笑う。目の前の男が例え年上であっても、上司であっても、そんな口のきき方をしてしまうのは、昔馴染みだからである。それ以上の意味なんて無い。恐らくではあるが。
「俺ァ、知ってんだぞ」
「だからあんたは一体何が言いてェんですか」
目の前の男も、そして自分も、互いのやりとりに苛々している。当たり前だ、そもそも二人は気が合わない。どれほど合わないのかというと、もうどうしようもないほど。磁石で言うなら互いにS極とN極であって、一生お互いを分かりあうことなんて無いだろう。
「お前が、近藤さんをどう思ってるのかってことだよ」
沖田は土方のことを理解したいと思わないし、それは土方も同じこと。その原因はただ一人の男である。
「俺が近藤さんをどうだって言うのか、アンタの口から是非聞かせて貰いてェもんですが」
「総悟、手前…っ」
沖田がこの世で一番大切だと思っているのはただ二人の人間。一人目は姉のミツバ、そして二人目は己の上司であり、昔馴染みである近藤だ。
沖田が土方を嫌いでいるのは、彼がその二人と親しい仲であるからだ。ミツバは彼に恋心を寄せていて、近藤は彼の親友。彼はある日突然現れたくせに、沖田の大切な者ばかりをその手に収めたのだ。
「姉上も渡しやせんが、近藤さんもアンタにゃ渡せねえぜ」
「やっと本性現しやがったな。このガキ…っ!」
ミツバは大切な姉、そして近藤は大切な男。
特に近藤は沖田にとって昔馴染みで上司という関係であるのだが、彼に対してそれ以上の感情を持っている。土方がさっき指摘したのはそのことだ。
「俺は近藤さんに対して、お前と同じ様な感情は持ってねえ。でもあの人は俺の上司で、俺の親友だ。あの人をお前の邪な感情でどうこうさせる訳にはいかねえんだよ」
「…はっ、アンタにあの人が守れやすかねえ」
土方の言葉に対して、沖田はまるで吐き捨てるようにしてそう言った。沖田は土方よりもずっとずっと長く、近藤のことを見てきたのだ。ずっとずっと長い間、彼のことが好きだった。それなのにこの男に今更それを邪魔なんてされたくない。
「お前、前から思ってたけど、本当に俺に対しての敬う気持ちとかねえよなあ」
「そんなもん、最初から持ち合わせちゃいやせんぜ」
土方と沖田は十ほども年齢が違う。子供の言うことだと流せば良かったのだろうか。だが流石にこの話題は、そんな笑って済ませることの出来るものではなかった。
「手前…っ!」
土方が沖田の言葉にカチンときたのか、彼の隊服の襟を掴むと、思い切りそれを握り締めた。
「ちょっと止めて貰えやせんか。大人って奴ァ、すぐに暴力に訴えようとするからいけねえや」
「お前がそれを言うんじゃねえよっ」
安い挑発だと分かっている。だが沖田の言葉に乗ってしまったのは、土方が相当腹を立てていたからに違いない。
土方が掴んだその手を上に持ち上げようとした瞬間、沖田が土方の脛を思い切り蹴り上げた。その痛みに土方は足を上げようとして体勢を崩してしまう。ただでさえ部屋は畳張りで滑り易かった。
「うお…っ!」
「ちょ、土方さんっ!」
土方は沖田の服の襟を掴んだままで居たので、倒れ込むときも彼を巻き込んでしまった。それは仕方の無いことで、土方を責められた話ではない。その原因を作ったのは沖田なのだから、どちらが悪いと聞かれれば、互いに悪いとしか言えない。
「危ねえっ!!」
体勢を崩したと思ったのは一瞬、そこからはもう直ぐだった。土方が沖田を下敷きにして、その場に倒れ込んでしまい、沖田もそれを避けられなかった。
「おーい、この部屋で騒いでるの誰だよ?」
倒れ込む中で聞こえたのは、襖の向こうの声。それは二人共が良く聞き覚えのあるものであって、耳に入った瞬間に不味いと思ったのだが、思っただけで終わってしまった。どうか襖を開けないでと強く願ったが、それも儚い希望であった。
襖ががらりと開くと、そこにあったのは近藤の姿。彼の前に広がる光景は、土方が沖田に覆い被さるそれ。
沖田と土方が近藤を凝視し、近藤が二人を凝視する。その場の誰もが口を開けなくてどうしたものかと思っていると、沈黙を破ったのは近藤であった。
「えーとその、…お前ら、何やってんの?」
好きだった、ずっと好きだった。それを知ったのは、つい数分前の出来事。沖田が土方に押し倒されているのを見た瞬間。
(…俺、総悟が好きなのかも知れねえ)
その光景が目に入った瞬間に、近藤が土方に嫉妬したのは確か。土方が沖田にそうしたように、近藤は沖田にそうされたいと密かに願ってしまった。
(ありえなくね、ありえなくねえええええっ?!)
気が付いてしまったからにはもう遅い。目の前の二人の姿を見ながら、近藤はただ茫然とその場に立ち尽くすばかりだった。
ありえない、ありなさ過ぎる。すっ転んで土方に押し倒される形となり、しかもそれを近藤に見られるという結末。近藤は近藤でいきなりそんな光景を見せられて、さぞ困惑したことだろう。
「こ、近藤さん。…その、違うんですぜ」
違うとは、一体何が違うのか。沖田の目の前に立っている近藤は、沖田とは逆に笑っている。その笑みに多少困惑したそれが混じっているのは、仕方がないことだろう。
「分かった、分かったってば。どうせいつもの悪ふざけだっていうんだろ。あんなのが本気であって堪るかよ」
それならばどうしてそんなに困っているのか、その訳を教えて欲しい。だがそれを尋ねる術は、今の沖田には無かった。
「どうしたんだ、そんな顔して」
不貞腐れた沖田に、近藤はくしゃりと頭を撫でた。彼の顔を見上げて、本当に押し倒したいのはアンタなのだと言ってやりたかったのだが、さっきの今でそんなことを言えやしない。いつもは態度も何もかもが大きめであるが、近藤に対してのそれだけは別だ。
沖田は姉のミツバには何があっても逆らわない。それと同じく、彼は近藤には逆らわない。ミツバは親族であるので、沖田が他人に対して従順なのは、この世で近藤ただ一人ということになる。
沖田は小さい頃は人見知りが激しくて、ミツバ以外の誰にも懐かなかった。それを打ち壊したのが近藤であって、彼が居なければ今頃はどうなっていたかも分からない。沖田を変えたのは近藤なのだ。
その近藤に恋焦がれることはあったとしても、いつもケンカばかりしている土方との間で、どうして間違いなど起こるだろうか。
言いたいけれど、今はまだ言えない。近藤が笑うその前で、沖田はぐっと我慢する。とりあえず今は時が解決してくれるのを待つしかない。
「何でもねーですよ」
「手前、いい加減にしろよ」
好きだった、ずっと好きだった。しかもそれに気が付いたのは、ほんの数分前の出来ごとだ。どうして今まで気が付かなかったのか、今となってはそちらが不思議である。
「いい加減にしろって、一体何をどうすりゃいいんですかィ?」
目の前の男の言葉に、彼はそう言って笑う。目の前の男が例え年上であっても、上司であっても、そんな口のきき方をしてしまうのは、昔馴染みだからである。それ以上の意味なんて無い。恐らくではあるが。
「俺ァ、知ってんだぞ」
「だからあんたは一体何が言いてェんですか」
目の前の男も、そして自分も、互いのやりとりに苛々している。当たり前だ、そもそも二人は気が合わない。どれほど合わないのかというと、もうどうしようもないほど。磁石で言うなら互いにS極とN極であって、一生お互いを分かりあうことなんて無いだろう。
「お前が、近藤さんをどう思ってるのかってことだよ」
沖田は土方のことを理解したいと思わないし、それは土方も同じこと。その原因はただ一人の男である。
「俺が近藤さんをどうだって言うのか、アンタの口から是非聞かせて貰いてェもんですが」
「総悟、手前…っ」
沖田がこの世で一番大切だと思っているのはただ二人の人間。一人目は姉のミツバ、そして二人目は己の上司であり、昔馴染みである近藤だ。
沖田が土方を嫌いでいるのは、彼がその二人と親しい仲であるからだ。ミツバは彼に恋心を寄せていて、近藤は彼の親友。彼はある日突然現れたくせに、沖田の大切な者ばかりをその手に収めたのだ。
「姉上も渡しやせんが、近藤さんもアンタにゃ渡せねえぜ」
「やっと本性現しやがったな。このガキ…っ!」
ミツバは大切な姉、そして近藤は大切な男。
特に近藤は沖田にとって昔馴染みで上司という関係であるのだが、彼に対してそれ以上の感情を持っている。土方がさっき指摘したのはそのことだ。
「俺は近藤さんに対して、お前と同じ様な感情は持ってねえ。でもあの人は俺の上司で、俺の親友だ。あの人をお前の邪な感情でどうこうさせる訳にはいかねえんだよ」
「…はっ、アンタにあの人が守れやすかねえ」
土方の言葉に対して、沖田はまるで吐き捨てるようにしてそう言った。沖田は土方よりもずっとずっと長く、近藤のことを見てきたのだ。ずっとずっと長い間、彼のことが好きだった。それなのにこの男に今更それを邪魔なんてされたくない。
「お前、前から思ってたけど、本当に俺に対しての敬う気持ちとかねえよなあ」
「そんなもん、最初から持ち合わせちゃいやせんぜ」
土方と沖田は十ほども年齢が違う。子供の言うことだと流せば良かったのだろうか。だが流石にこの話題は、そんな笑って済ませることの出来るものではなかった。
「手前…っ!」
土方が沖田の言葉にカチンときたのか、彼の隊服の襟を掴むと、思い切りそれを握り締めた。
「ちょっと止めて貰えやせんか。大人って奴ァ、すぐに暴力に訴えようとするからいけねえや」
「お前がそれを言うんじゃねえよっ」
安い挑発だと分かっている。だが沖田の言葉に乗ってしまったのは、土方が相当腹を立てていたからに違いない。
土方が掴んだその手を上に持ち上げようとした瞬間、沖田が土方の脛を思い切り蹴り上げた。その痛みに土方は足を上げようとして体勢を崩してしまう。ただでさえ部屋は畳張りで滑り易かった。
「うお…っ!」
「ちょ、土方さんっ!」
土方は沖田の服の襟を掴んだままで居たので、倒れ込むときも彼を巻き込んでしまった。それは仕方の無いことで、土方を責められた話ではない。その原因を作ったのは沖田なのだから、どちらが悪いと聞かれれば、互いに悪いとしか言えない。
「危ねえっ!!」
体勢を崩したと思ったのは一瞬、そこからはもう直ぐだった。土方が沖田を下敷きにして、その場に倒れ込んでしまい、沖田もそれを避けられなかった。
「おーい、この部屋で騒いでるの誰だよ?」
倒れ込む中で聞こえたのは、襖の向こうの声。それは二人共が良く聞き覚えのあるものであって、耳に入った瞬間に不味いと思ったのだが、思っただけで終わってしまった。どうか襖を開けないでと強く願ったが、それも儚い希望であった。
襖ががらりと開くと、そこにあったのは近藤の姿。彼の前に広がる光景は、土方が沖田に覆い被さるそれ。
沖田と土方が近藤を凝視し、近藤が二人を凝視する。その場の誰もが口を開けなくてどうしたものかと思っていると、沈黙を破ったのは近藤であった。
「えーとその、…お前ら、何やってんの?」
好きだった、ずっと好きだった。それを知ったのは、つい数分前の出来事。沖田が土方に押し倒されているのを見た瞬間。
(…俺、総悟が好きなのかも知れねえ)
その光景が目に入った瞬間に、近藤が土方に嫉妬したのは確か。土方が沖田にそうしたように、近藤は沖田にそうされたいと密かに願ってしまった。
(ありえなくね、ありえなくねえええええっ?!)
気が付いてしまったからにはもう遅い。目の前の二人の姿を見ながら、近藤はただ茫然とその場に立ち尽くすばかりだった。
ありえない、ありなさ過ぎる。すっ転んで土方に押し倒される形となり、しかもそれを近藤に見られるという結末。近藤は近藤でいきなりそんな光景を見せられて、さぞ困惑したことだろう。
「こ、近藤さん。…その、違うんですぜ」
違うとは、一体何が違うのか。沖田の目の前に立っている近藤は、沖田とは逆に笑っている。その笑みに多少困惑したそれが混じっているのは、仕方がないことだろう。
「分かった、分かったってば。どうせいつもの悪ふざけだっていうんだろ。あんなのが本気であって堪るかよ」
それならばどうしてそんなに困っているのか、その訳を教えて欲しい。だがそれを尋ねる術は、今の沖田には無かった。
「どうしたんだ、そんな顔して」
不貞腐れた沖田に、近藤はくしゃりと頭を撫でた。彼の顔を見上げて、本当に押し倒したいのはアンタなのだと言ってやりたかったのだが、さっきの今でそんなことを言えやしない。いつもは態度も何もかもが大きめであるが、近藤に対してのそれだけは別だ。
沖田は姉のミツバには何があっても逆らわない。それと同じく、彼は近藤には逆らわない。ミツバは親族であるので、沖田が他人に対して従順なのは、この世で近藤ただ一人ということになる。
沖田は小さい頃は人見知りが激しくて、ミツバ以外の誰にも懐かなかった。それを打ち壊したのが近藤であって、彼が居なければ今頃はどうなっていたかも分からない。沖田を変えたのは近藤なのだ。
その近藤に恋焦がれることはあったとしても、いつもケンカばかりしている土方との間で、どうして間違いなど起こるだろうか。
言いたいけれど、今はまだ言えない。近藤が笑うその前で、沖田はぐっと我慢する。とりあえず今は時が解決してくれるのを待つしかない。
「何でもねーですよ」