2人のストーリー
近藤の言葉にそれだけしか返せずに、沖田は無理して笑ってみせた。すると近藤は「おう」と返事をして、手を離した。
「じゃあ俺、もう行くわ」
近藤は沖田にひらひらと手を振ると、その場から立ち去って行った。すると直ぐ後に姿を現したのは土方である。沖田や近藤とは違い、彼はなぜか笑っていた。
「弁解は済んだか?」
元はと言えば、土方がケンカをふっかけてきたのが悪いのだ。近藤の親友であろうが、そんなことは沖田には関係ない。寧ろ今すぐその座から蹴落としてやりたい。
「手前、今までどこに行っていやがったんでェ?」
「だって俺には関係ねーだろが。近藤さんにどう思われても」
完全に俺は関係無いという立場を取ろうとしているらしいが、そうは問屋が卸さない。土方の言葉に沖田が笑うと、土方はびくりと肩を震わせた。何を驚いたかなどそんなものは知れている。
「…俺を襲ってたと思われてもですかィ?」
「あん?」
沖田だけが疑われたなんて、一体どの頭がそう思っているのだろうか。そもそも土方が沖田を押し倒した形となったから、近藤に誤解されたという話で。
「アンタがそういう趣味だって、あの人にそう思われても関係ねえ訳ですね。そりゃすげえや」
くっくっくと沖田が笑えば、土方はがばりと振り向いた。その方向はたった今、近藤が行ってしまった方である。
「…近藤さんんんんっ!!」
大声と共に、沖田の目の前から土方の背中が遠くなっていく。それはあっと言う間に見えなくなった。
「馬鹿な奴でェ…」
馬鹿な奴、それは土方だけではない。沖田自身もそうである。一体どうすれば、近藤のあの顔を晴らすことが出来るのか。
その時にはもう頭の中からは土方のことは消えて、今はひたすら近藤のことばかりを考えていた。
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「…はあ」
気が付けば溜息ばかり。それが分かっていても止められないのは、ある考えからずっと抜け出せないままで居るからだ。
「局長? どうされました?」
「いやあ、その…」
まさかさっき見た光景のことを言う訳にもいかずに、近藤は隣に居た山崎に曖昧な返事を返した。これが言えたら少しは楽になれたのか。
「何でもないよ」
何でもないことなんて無い。そんな微妙な表情をしておいて、どうしてそんなことが言えるのか。山崎は近藤の顔を見ながらそう思った。
「そういえばさっき副長と沖田さんが暴れてたみたいですけど、あれ何だったんですか? ケンカでもしてましたか?」
まあ深く追求しても仕方が無い。本人が言い難そうにしているのだから、そっとしておくのが吉だろう。
山崎は話題を変えようと、ふと思い出したことを口にした。だがそれがどうやら不味かったらしいことを彼が知ったのは、その直ぐ後だ。
「あ、…ああ」
明らかに低くなる近藤の声。近藤が落ち込んだ原因はどうやらその二人のことらしい。顔色すらも変わったのを見て、今度は山崎の顔色が変わった。
「じらいっ?! 地雷なのか? じらいなのかああああっ?!」
「…ザキ、心の声が全部口に出てんぞ」
落ち込んでいる近藤も、流石にそれはどうかと思ったらしく、山崎の言葉にくるりと振り向いた。
「あの局長、本当早く仲直りしてください。何をケンカしているのかは知りませんけど」
そして追求しませんけどとの山崎の言葉に、今度こそ近藤は笑うしかなかった。ケンカではない、近藤が勝手に怒っているだけなのだ。いや、怒っているのか落ち込んでいるのか、もはやそれすらも分からない。
「ああー…まあ、その内、な」
山崎の言葉にぼりぼりと頭を掻き、近藤は適当に誤魔化した。一体それがいつのことになるやらと思いながらも。
******
すれ違う度に挨拶は交わすが、沖田の顔を見る近藤の表情はいつだって微妙。何か言いたいことがあるなら、はっきり言えば良いのにと、苛々し始めたのは沖田の方が先。
(あんなところを近藤さんに見られちまったのが悪いのは分かってるけど、それでも言いたいことがあるならはっきり言うのが、アンタじゃねェのか。近藤さん…!)
時間が解決するまで待とうと思っていたのだが、これでは何も解決しないような気がする。それどころか土方の思うツボではないか。土方は沖田と近藤が上手くいくのを恐れている。彼は近藤が沖田と同じ道へと行くのを恐れているのだ。
「ああもうっ、何で俺がこんなに悩まねえといけねーんだァ!」
「…沖田隊長?」
急にその場で立ち上がった沖田の姿に驚くのも当たり前であり、彼のそれに近くに居た彼の部下達は目を丸くした。
「今日はもう、俺ァ戻らねェ。それじゃ後の仕事はよろしくなっ!」
しゅたっと手を上げると、沖田はその場から全力で走りだした。その姿が一体どこに向かっているのか、そこに居る者達には誰一人分からなかった。その先に居るのがまさか近藤だなんて。
「これってただのサボりなんじゃないのか…」
「かも知れねえ…」
沖田の後ろ姿を見ていつも通りの奇行だろうと、一番隊の隊士達は深い溜息を吐いた。
そして一方の沖田とはと言うと。
「近藤さんんんんっ!」
「…?!!!」
急に開けられた部屋の扉に、近藤はびくりと体を震わせた。そして振り向くとそこには沖田の姿。沖田が走って行ったその先に居たのは近藤だったのだ。
「俺ァ、アンタに伝えなきゃならねえことが」
「あの、今仕事中なんだけど…?」
仕事中だろうがそうでなかろうが、沖田にはそんなものは関係ない。
近藤の目の前までやってくると、沖田は大きく口を開いた。今や彼の眼に映っているのは近藤だけ。その周りの者など見えてはいない。
「俺ァ、アンタが好きなんです」
「…はあ?」
「ずっとアンタが好きだったんです」
沖田の言葉に近藤はまともに何か言えないまま、みるみる内に顔が赤くなっていく。見ていて可哀そうなくらいのそれだ。
「ちょ、まっ、…意味が分からん」
「ずっとあの日からアンタの態度がおかしかったんで。もう言っちまおうかと思いましてね」
あの日とは、沖田が土方に押し倒されているのを(と言っても、それは誤解なのだが)近藤に見られた日のことだ。
「お前、トシが好きなんじゃねえの?」
「微塵も好きじゃねェです。ていうか多分この前アンタが見たのを言ってるんでしょうが、あれはれっきとした事故ですからねィ」
近藤が口をぱくぱくとさせているその頬を、わしっと沖田が両手で掴んだ。
「何だったら証拠、見せてあげましょうか?」
「…しょうこ?」
この時点で嫌な予感はしていた。だがそれを避けられなかったのは、近藤が余りに驚いていたからであって、冷静であったならば避けられたに違いない。もっとも今となっては後の祭りではあるが。
「~~っ!!」
「ほら、じっとしてくだせェ」
いきなり口を塞がれたかと思うと、息が出来なくなった。それがキスされたのだと知ったのは、数秒後の話。周りに隊士が居るのにだとか仕事中なのにだとか、そんなことまでに頭を回す余裕など微塵も無かった。だから周りから人の気配がどんどんと消えていくことに彼は気が付かなかったのだ。気を利かせたのか、それとも見たくなかっただけなのか、その場に居た隊士達はそっと部屋を出て行った。
「んうっ!」