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水底にて君を想う 波音【2】

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波音【2】

「賢木先生と皆本ってちょっと仲良すぎない?」
「そうやね、何も泊まることあらへんと思うやけど」
 薫の言葉に葵が頷く。
 明るい日差しがバベルの廊下に差し込んでくる。
「……甘いわね」
 紫穂の目が鈍く光る。
 先程、皆本を触って分かった衝撃の事実。
「あの二人、同じベッドで寝たのよ」
「「なにー!!」」
 薫と葵が叫ぶ。
「そんな、やっぱり皆本の奴、女じゃダメなのか!?」
「皆本ハン、そっちの人なん!?」
「こんな美少女三人に手を出さないなんて、それしかないわよー」
 カン。
 コン。
 ケン。
 それぞれ、小気味良い音を立てて頭を小突かれる。
「何、言ってんるんだお前達は」
「皆本さん」
 紫穂は早速、と皆本の腕に手を絡める。
「それで、センセイとはどこまでいったの?」
 ニコリ、と笑いながら紫穂の放つオーラが黒い。
「そーだ、皆本、吐け」
「そうやで皆本ハン」
 張り付いた笑顔で、顔を寄せてくる彼女達に、皆本は溜息をつく。
「客用の布団が無かったから、仕方なくそうしただけだよ」
「え~」
 薫が不満そうに唇を尖らせる。
「大体、僕と賢木でどうしてそういう話になるんだ」
「あら、皆本さんはともかく、あの人ならある話じゃない」
「賢木が聞いたら泣くよ。根っから女好きなんだから」
 皆本は紫穂の言葉に苦笑する。
 ふと、昨夜のことが思い出される。
 『おしかけた僕がソファで寝るよ』
 『あのな、主治医として風邪を引かすような真似はさせられないぞ』
 『賢木は半病人だろ、それこそソファはナシだろ』
 『病人じゃねーよ。頑丈さでも俺のほうが上だ』
 『こないだ熱出して倒れてたじゃないか』
 お互いの言い分は平行線で、なかなか決まらなかった。
 結局、眠気に負けてセミダブルのベッドに二人で倒れ込んだ。
「皆本、何笑ってんの?」
 薫が皆本の顔を覗き込む。
「なんでもないよ。それより、検査は済んだのか?」
「あ、ごまかす気やな」
 葵が紫穂と逆の皆本の腕を持つ。
「私達は終わってるわ。でもティムとバレットがまだよ」
「そうか。二人が終わったら一緒に帰ろうか」
「あれ、もういいの?」
 薫が空中でクルリと回る。
「夕食が済んだら、賢木の家に行くよ。意識がある間は問題はなさそうだからね」
「でも、センセ、サイコメトラーやん。暴走しても大したことないんと違うの?」
「いや、賢木は内在的には念動力を持ってるんだ。生体コントロールはそれを基準に
した複合能力だから」
 葵はへえ、と頷く。
「なら、先生もウチで食べればいいじゃん。客用の布団もあるし」
「あら、私は嫌よ」
 間髪いれずに、紫穂が言う。
 薫は目を丸くする。
「なんで?」
「だって、あの人と同じ空気吸いたくないもの」
 ツーン、と横を向く紫穂の頭を皆本が撫でる。
(やさしいな、紫穂は)
 そう言葉にせずに呟いた皆本の心が紫穂に伝わる。
 思わず頬が赤くなる。
(ストレート過ぎるのよ、この人は)
 紫穂は、皆本の手をギュッと握る。
 同じサイコメトラーの紫穂には、今の賢木の状態がどんなに辛いか分かる。
 知りたくもないことが、物に触れる度に頭の中に入ってくる。
 それが親しい人のものならなおさら辛い。
 意識を張っていれば、防ぐこともできるが、それにも限界がある。
 結局、一人でいるのが一番楽なのだ。
 だから、紫穂は家に来ることを拒否した。あの家は人の思念が多すぎる。
「お、二人とも終わったみたいだな」
「お疲れ様です、皆本主任」
 敬礼をとるバレットに、皆本は手を振る。
「お疲れ。さ、帰ろうか」
「もしかして俺らを待っててくれたのか」
「どーせ、帰るとこおなじじゃん」
 薫がティムの横に着地する。
 ティムの顔が赤くなる。
 これが、ゲームならフラグの一つも立つのに、とつい考えてしまう。
 皆本が歩き出すと、皆それに倣って歩き出す。
 その光景を傍から見ていた柏木は、まるで引率の先生ね、と思った。


 三つのリミッター。
 今日は何とか、これで乗り切れた。
 賢木は大きく息を吐いた。
 二つは自前だが、一つは皆本が試作段階の物を回してくれた。
 さすがに効きがよかった。
 銀色のブレスレットを模したそれを、ぼんやりと眺める。
 先程から、シャワーを浴びる音がする。
(なんつーか、これが女だったらなぁ)
 賢木は大きく伸びをする。
(せめて、布団くらい買ってくるべきだったか?でも、今日で終わりだろうしな)
 確実に、治まってきている。
 明日には、リミッターをしていれば問題ないレベルに落ち着くだろう。
 見てもいなかったテレビのチャンネルを変える。
「寝ててくれて良かったのに」
 皆本がシャワー室から出てくる。
 すでにパジャマ姿だが、首筋が上気してほんのり桜色だ。
 思わずそこに目がいってしまう。
「賢木?」
「あー、いや」
 わけもなく笑う。
 皆本は首を傾げる。
「寝るか」
「あ、うん」
 賢木のベッドはセミダブルだ。
 男二人では少しばかりきつい。
 潜り込めば、肩が当たる。
「客用布団くらい買ったら?」
「うーん、人を呼んだことがなかったからなぁ」
 女を上げたこともないんだぜ、と賢木は笑う。
 皆本は黙ってその横顔を見る。
 友人が多いはずの親友は、時にひどく寂しい事を言う。
 それは超度の高いサイコメトラーとして生きてきた彼の当たり前なのか。
 つとめて明るく、皆本は声を出す。
「それじゃあ、僕も遠慮すべきだったな」
「あー、お前はいいよ。コメリカ時代も結構行き来あったし」
 あっさり返す賢木。
「はは、そう言えば床で寝ちゃった事があったな」
 皆本は思い出して笑う。
 二人で天上を見上げる。
「あれは、お前に飲めもしない酒を飲まされたせいだったな」
「ビール二本で潰れるとは思わんさ」
 ひとしきり思い出話に花が咲く。
「懐かしいな……」
 皆本は賢木の方に体を向ける。
 半分、瞼が閉じかかっている。
「そうだな」
 賢木は目を閉じる。
 隣から寝息が聞こえる。
(他人の寝息で安心するなんてな)
 体の向きを変え、皆本の寝顔を見る。
 眼鏡をしていないと、本当に幼い。
 賢木はもう一度向きを変え、皆本に背中を向けると眠りに落ちた。


 荒廃した街。
 どこかで上がる黒煙。
(なんだこれは)
 賢木の意識は浮遊していた。
 銃撃の音が鳴り止まない。
(まさか、こいつが……)
 未来の姿。
 聞いてはいたが、ここまでひどいとは。
 血の匂いが鼻をつく。
「動くな、破壊の女王、いや薫!!」
 皆本の声。
 賢木の意識がそちらに向いた瞬間、場面が切り替わる。
 ブラスターを構える皆本。
 手に力を溜める薫。
 全ての音が遠ざかる。
 耳が痛くなるほどの静寂。
(よせっ!!)
 賢木の声が届く事はない。
 手が動いた。
(皆本)
(薫)
 二人の心が重なる。
((愛してるっ!!))
 悲痛な叫びが世界を引き裂いた。


 目を開けてしばらく、自分がどこにいるのか賢木には分からなかった。
 心臓が早鐘を打っている。
(今のは?)
 手を胸の所に置く。
 少しずつ、落着きを取り戻していく。
 と、呻き声に気が付く。