リスティア異聞録 1章 ヌルはなぜ殺した
「まだ、言ってもらってない! 戦争終ったら色々話たいこと有るっていッ……」
ヌルはロメオに縋って泣くユリエッタの首をひと思いに貫いた。ユリエッタは声をあげることも無く絶命した。戦いが終わったと見てアインとフィーアは報告のために戦場を後にした。
「ヌル、なぜ殺した?」
ノインが問う。ヌル隊はローブの男の指示により敵部隊の最低でも一人は生かして帰すことが決まっている。ヌル隊の恐怖を敵軍に知らしめるためだ。そうすることでヌル隊の恐怖が敵軍に伝わり、戦意が削がれることを期待している。
「父様(ローブの男)は悲しみを無くすために戦うのだと言った」
狂者の魔術の毒抜きを飲み干しながら続ける。
「残された方は悲しい。残した方は残された方を思って悲しい。やがて残された方が、失なった人を忘れて笑える日が来るのが悲しい。悲しいから殺した。」
それを聞いたノインは男の左手薬指から指輪を外そうする。上手く抜けないらしい。ノインは男の指に細剣をかけて切り落とす。 次に、女の右手薬指に細剣をかけて切り落とす。切り落したそれぞれの指から指輪を外し片方を自分の左手薬指に嵌めた。
「ヌル、左手を出して」
ヌルは言われるままに左手を差し出す。ノインがヌルの左手薬指に、まだ微温く体温の残る血で汚れたシルバーのリングを嵌める。ノインは結婚の真似事をして誓いを立てようとしているのだ。
「私はあなたを残さないから。あなたも私を残さないで」
ヌルは大きく目を見開きながら指輪を外して投げ捨てて叫ぶ。
「こんな約束なんて要らないッ! 」
約束がなければ守れない曖昧なものは、きっと裏切るために有る。それは人間の真理とかけ離れた心が求めるものだから。
臓物臭の漂う地獄の中、二つの壊れた人形は抱き合って、いつまでも涙を流していた。
彼女達は戦う度に狂者の魔術で無理矢理引き出した身体能力の代償を負う。
それは緩やかに、それでも確実に彼女達の身体を破壊していく。
やがて戦場に立てなくなった彼女達は戦場公娼として従軍することとなる。
仮初めの人としての名を与えられ、男達にその名でままごとのような愛をささやかれるのだ。 しかし、名を与えられた後も、この四人の間では、 ヌル、アイン、フィーア、ノインと呼びあったという。後の戦で彼女らの娼館がログレスの夜襲部隊に襲われた時、走ることも出来なかった彼女らは逃げ遅れ、お互いの手を握り合ったまま自害していたという。
作品名:リスティア異聞録 1章 ヌルはなぜ殺した 作家名:t_ishida