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リスティア異聞録 1章 ヌルはなぜ殺した

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ロメオは戦災孤児であった。物心ついた時には養護施設で年長者に毛布と食べ物を奪われ、飢えと寒さの中北国ユニオンの夜に震える。そんな幼少時代を送っていた。彼が「生きるために奪う」多くの人間が忘れてしまっていた生き物の真理に辿りつくまでには、そう時間がかからなかった。彼が拗ねた目をした少年になる頃には、スリ、空き巣、強盗、奪うということについて、一通り手を染めていた。そんな奪い続けるだけの毎日の中、彼から心を奪ってしまった者が現れた。ユリエッタである。

ユリエッタも戦災孤児であった。物心ついた時には教会で育てられていた。この教会だけが彼女の世界の全てであり教会の中に居る人間が彼女の社会の全てであった。そして、神の教えこそが世界の仕組であり、それに全てが従っているものだと思っていた。

ある初春の朝、いつものように教会の庭の掃除に出ると金髪の拗ねた目をした少年が教会を眺めているのに気付いた。夜盗帰りのロメオである。最初は特に気に止めることなく掃除に精を出していたが掃除を始めてから終えるまでの間、ずっと教会を眺めているので、さすがに気になったユリエッタはロメオに声をかける。

「礼拝ならばまだ2時間は開きませんよ。お待ちになるよりは改めお越しいただいた方がよろしいかと……」

「ああ、拝みにきたんじゃねーんだ。綺麗だなーって眺めてただけ。変なヤツだと思ったろ?不安にさせて悪かった。じゃッ、帰るわ」

ユリエッタも、いつもならば特に気に止めるでもなく彼を見送ったのだろう。その朝は霧が少かったから? 雲が少なくて空が青かったから? きっと植え込みの中に芽吹き始めた植物を見つけたから。なんとなく、彼を引き止めてみたいと思ったのだ。でも、なによりきっと彼だったから。

「中はもっと綺麗なんですよ! 自慢なんです。 良かったら見ていきませんか? お掃除一段落したのでお茶を淹れます。一休みしていってください」

ロメオも、いつもならば断ったのだろう。その朝は風が冷たかったから? 少ない雲の流れが速かったから? きっと冷たい風の中に春の匂いが混じっていたから。なんとなく、彼女の誘いにのってみたいと思ったのだ。でも、なによりきっと彼女だったから。

ロメオは初めてステンドグラスというものを見た。今まで宝石は数えきれないほどに盗んできた。その宝石の良し悪しが分かる程度に宝石に詳しいつもりだ。しかし、宝石を美しいと思ったことはこれまでなかった。輝きがどうのなどと言うのは気の触れた連中だと思っていた。そう輝けるものは全て単なる飯の種に過ぎない。しかし、どうだ? 朝の光を浴びて輝くこのガラスは。今まで見てきた、どの宝石よりも美しい。

「どうです? 外から眺めているよりも綺麗でしょう? お祈りをしていかれませんか?」

「お祈り、やり方知らないんだ……」

なぜか誤魔化そうという気にならず素直に答えてしまった。きっと教会の雰囲気に飲まれたからなんだと思う。まるで子供が親にお祈りのしかたを教わるようにユリエッタにお祈りの指導をしてもらった。手の組み方を教えてもらう時に触れた指の温かさ、少女特有の甘酸っぱい匂い、フワリとした銀髪、何もかもを信じきってしまったような優しいけれど危うい笑顔。心を奪われた……というよりは差し出してしまった瞬間である。

「……(聖女様、俺、悪いことばっかしてきたし聖女様のことよく知らなかいんだけど、なんだか、今日という日をありがとう)」

お祈りが終わると別室に移動して、ティータイムが始まった。ロメオは得意気に説法をするユリエッタの声を聞きながらお茶を飲んでは欠伸を噛み殺していた。ユリエッタは喋り疲れたのか、礼拝が始まる頃にはグッタリしてしまっていたのでロメオは教会をあとにする。夜盗明けの眠い目を擦りながらユリエッタの少し高い声を聞いているのがなんとも心地良かった。また会いたい、と思った。

この後、時々、ロメオは教会に訪れるようになり、時々が三日に一回になり、やがて毎朝になった。もう、その頃には一端の聖職者並の知識を持っていた。ユリエッタもロメオに教えるために勉学に励み、司教でさえも舌を巻くほどの知識を持つようになっていた。

ユニオンの短い春の訪れに木々が蕾を付け始める頃、ロメオは義賊と呼ばれるようになっていた。ユリエッタから話を聞くうちに誰彼構わず奪うことが出来なくなってしまっていた。それは、正義に目覚めたから? 弱者を守りたいから? いや、きっと彼女の目を見て喋れるようになりたいから。このまま獣の道理で生きていては、彼女の目を見て喋れることなど出来ない、彼女の声に相槌を打つだけではなく、彼女に自分の話をしてみたいと思ったから。いずれだったにせよ彼は戦争を利用してアコギな商売をしては弱い者を泣かせている連中からのみ盗むようになり、盗んだ金を養護施設や教会に配るようになっていた。しかし、それでも彼女の目をちゃんと見て喋ることが出来ない。

ユニオンの短い春が盛りを迎え、花が咲き乱れる頃、ロメオは騎士団に志願していた。泥棒稼業から足を洗いたかった。それでちゃんと彼女の目を見て喋れるようになる気がしたから。踏ん切りを付けるために自分の手持ちの金をほとんど寄付してしまったので、他に道が無かったというのも有る。

ある朝、いつもの様にお茶を飲んでいる時、ユリエッタに切り出す。

「これ……神に仕える人間が付けて良いのか分からないんだけど、これ……おそろい……」

シルバーのリングだった。

「俺さ、騎士団に志願してきた。いつ終わるのか分からないけどさ……戦争終って帰ってきたら、これ付けてオシャレしてるユリエッタが見たい。戦争終わったら……俺がちゃんとしたら色々言いたいことある。だから、ちょっと待ってて」

それだけ言うとロメオは教会を飛び出して騎士団の駐屯所まで駆け出していく。上手く言えなかったけど、これで良かった。また、変な奴だと思われたかも知れないけど、これ以上、上手く言えなかったし。戦争が終わって、ちゃんとした人間になって戻ってくるんだ。ロメオは原因不明の涙を流しながら駐屯所の扉を開ける。騎士 ロメオの誕生である。

そしてロメオの初の訓練日、部隊長のユーミルが

「我が隊に新しい仲間が配属された。ユリエッタ君だ」

ロメオは狼狽した。

「あ、おまッ……!」

「義賊 ロメオさん逃がさないですよ」

「ユリエッタ、俺のこと知ってたのか?」

「知ってましたよ。今まで盗んだものはほとんど返して罪も贖ったと言えますが……、まだ奪いっぱなしのものが有るでしょう? 私の心は奪われっぱなしですッ!」

騎士 ユリエッタの誕生である。