鏡像舞踏会【臨帝】
自分がおかしくなっていることを臨也は自覚する。大変気持ち悪い。誰のせいかと言えば目の前の竜ヶ峰帝人のせいに他ならない。だから、口からこぼれたのか。
「別れようか」
そもそもどうして同性と付き合わないといけないのかと今更過ぎる話題を持ち出して二人の関係の不毛さを説く。
口から出まかせだと臨也は自分を客観視しながらも帝人を観察した。泣いたり、苦しんだり、歪んだ顔が見れるのだろうか。期待か、緊張か、臨也の鼓動は驚くほどに早い。
帝人の反応から自分の気分が一変すると経験で分かる。
(おかしいだろ。そんなの)
自分らしくない。振り回される形に臨也は納得がいかない。どうして帝人のせいでこんな風にここまで不機嫌でざわついた気持ちでいないとならないのか。落ち着かなくて座りが悪い。自分自身の支配権を奪われたようで不服。
「臨也さん、もういいですから」
少し早口でまくしたてた臨也の言葉を帝人は遮る。
声はいつもと変わらない。腹が立つ。
「うん?」
「僕は別れないなんて言ってないじゃないですか」
臨也は振り返って自分が一方的に話していたことを理解する。馬鹿げていた。饒舌に振る舞うのは相手を翻弄するためだ。口をはさむ余裕を与えないというのは考える隙を奪うということ。戸惑いの、混乱からの多弁は自分の心を隠すための防御反応。
(俺が? 冗談)
臨也は笑う。不自然な顔の動きになりそうだったので何気なく帝人と距離を置くように身体を横に向けた。
それが切っ掛けだったのか帝人が動いた。
「じゃあ、さようなら」
頭を下げている帝人の気配を感じながら臨也は何も言えない。伝えるべき言葉などない。
これからは二人に関係などないのだ。ただの知人。
明日からはわざわざ池袋に来る必要もない。好きに生きていいのだ。帝人との時間のために燃え盛る火種を沈下させた失策も、帝人の意識をとらえるために目の前に投げ込んだ無用のトラブル。無意味な全てと今日限りでお別れ。
変なしがらみから解放される。
明日からは清々しい気持ちでいられる。
いつもの自分。
いつの間にか遠くなっていた本来の自分に戻る。
それが正しい姿だ。思い起こせば自分の不自然さに臨也は吐き気がした。行動は誰のためでもなく自分のためであるべきだというのに、あの日から帝人を中心に世界が回っていたのだ。重苦しい呪縛からやっと解放された。清々する。臨也は自由なのだ。
(あぁ、それなのに――)
心の一部を切り取られた感覚。取り戻したのではなく失っている気がした。えぐれて血を流す。
止まっている車のサイドミラーに映った自分の顔に臨也は失笑する。疲れた男の顔がそこにあった。似合わない。
近くにあった湿った葉を覆うようにサイドミラーにくっつける。子供の悪戯。
(なんで俺がこんな事しないといけないんだ)
自分でやりながら臨也は不服だった。
どんな行動も帝人に制御されている違和感がつきまとう。
吐き気がした。
胃が荒れているような気がする。
(これも全部帝人君のせいだ)
何もかもが今日で最後だ。