続・池袋の猛獣使いの話 ※本文サンプル
竜ヶ峰帝人と紀田正臣、そして園原杏里は自他共に認める仲の良い友人だ。
性別も違えば性格も気性も違う三人だが、それらの枠を超えて互いを想い合っている。
しかしこの時期、最も違いが大きく出るのは学校の成績だ。夏休みを終えてもまだまだ残暑が厳しい日々が続き、中々勉学に集中できずにいる内に、テスト期間が間近に迫ってきていた。
「あーッ、もうっ、なーんでこんな時期に中間考査なんてやるんだ? ひと夏の思い出作りに明け暮れた夏休み、そしてひと夏の清算に奔走した夏の終わり、勉強してる暇なんてどこにもないっての!」
試験準備期間に入り、職員室への出入りと部活動が禁止され、図書室の解放時間が増加してから、数日。
毎日放課後に集まって図書館で勉強会を開いていた三人だったが、最も勉強が苦手で嫌いな正臣が早々に根を上げた。
それに対して返されたのは、同情でも同意でもなく、冷たく蔑むような親友からの視線だった。
「正臣、その口、図書館に着いたら閉じてくれるんだよね? 僕も園原さんも、自分のテスト勉強の為の時間を態々割いて、正臣に勉強教えようとしているんだよ? 大体、定期考査の時期は四月に貰った年間行事表にきちんと書いてあったじゃないか。今更なに言ってんの。そもそも中間考査は点数悪くても補習も赤点も食らわないから別に放っておいてもいいんだけど。てゆーか放っておこうか」
立て板に水の勢いで辛らつな台詞を垂れ流す帝人に、紀田正臣は両手を挙げて大げさに仰け反った。
「キツイぜ親友! 苦しいときに助け合ってこその親友だろ!? つーか中間の点数が酷いと期末で死ぬ思いしなきゃなんだけど!!」
それから体勢を立て直すと、帝人の隣に立っている少女に熱く語り掛けた。
「杏里! 杏里は帝人みてーに冷たいことは言わねーだろっ? なにしろ杏里と俺の間には《愛》があるもんな?」
「あの……」
「なに大河ドラマになった戦国武将か臨也さんみたいなこと言ってんの。園原さんも自分のテスト勉強の時間を削らなきゃいけないんだから、もう少し申し訳なさそうにしたら?」
「いえ、私はそんな……」
「ホラ、杏里もこう言って――」
「まったく、僕と園原さんのふたりで勉強すれば、ひとりでするよりも効率が上がるだろうけど、足を引っ張る人間が混ざるとかなり大きなロスになるよ」
「おーい、いつも以上に辛らつだぞ親友ーっ」
強烈にこき下ろされているにも関わらず、気にした様子もなく正臣は軽い声を上げた。
「そりゃまあ杏里とふたりきりになりたいのはわかるけどさー」
「そんなんじゃないから」
「いやー、隠さなくても……って、いや、そっちか!」
正臣は唐突に思いついた考えに、大げさに手を打った。
「テスト期間中は《橋の下の子犬》に会いに行く時間が取れなくなるからイラついてんだな? そうだろ!」
「………」
帝人の肩がぴくりと跳ねた。逆にこれまで即座にきつい言葉を返していた唇はまったく動かない。そして、表情は益々冷たく凍った。
「……あの……」
そんな帝人を横目に見ながら、杏里は控えめに口を挟んだ。
「竜ヶ峰君、橋の下で犬を飼っているんですか?」
「そーなんだよ! コイツってば、カワイイ女の子とふたりでノラ犬の世話をしてるみたいでさあ! ホラ、夏の初め頃から付き合い悪くなっちゃっただろー? その子と犬に会いに通ってるってワケ!」
「……正臣。憶測を事実みたいに話さないでよ」
高らかな正臣の声に、氷点下の帝人の声が重なる。帝人と最も親しい部類に入る正臣ですら――いや、彼をよく知る正臣だからこそ背筋が凍りつくような声だ。
しかしそんなことを気にして言動を控えるような慎重さとは無縁なのが紀田正臣少年だ。脳内で鳴り響く警報を無視してふざけた調子を維持した。
「まったまたぁ~、照れんなよみっかどぉ~。俺達古い付き合いだろ? バレバレなんだよ、その反応! 図星指されたときのお前って、反応が素直だからなぁ~」
「……あの、紀田君……」
杏里が困惑した声を上げる。
友人が困っているのを見かねて――というよりも、これから困ったことが起こることを見越してしまい、思わず声を掛けてしまったのだ。
しかし既に遅かった。
「――正臣?」
にっこり。
と音がしそうな笑みが帝人の年齢よりも幼く見える顔に浮かぶ。しかし声の温度は更に下降している。瞳もこれ以上ない程冷たい。
「――帝人……?」
「そうだよね。僕達、古い付き合いなんだし、こういうとき僕がどんな反応をするか、バレバレだよね?」
「あ――帝人、様……?」
「……紀田君……竜ヶ峰君……」
まだまだ夏の暑さが残る平日の午後、池袋の一角で厳しい吹雪が吹き荒れた。
(……まったく、正臣は馬鹿なんだから……)
日が暮れた池袋の街を、携帯電話を片手に歩きながら、帝人はひとり毒づいていた。
幼馴染には気が済むまで精神攻撃を行った後で、きちんと試験範囲でわからないところを見てやった。
およそ二時間程続けられた勉強会が解散した後も、閉館間際までひとりで勉強を続けていたのは、残暑の厳しい日の自室では効率が上がらないからだ。
無理を言って都内の高校に進学した手前、ある程度の成績を維持しない訳にはいかない事情が帝人にはある。そしてその「ある程度」とは、一般的に考えればかなりの高水準だ。
(一応、親の手前と内申も考えてクラス委員もしてるけど、成績のキープはまた別だしなぁ……ああ、帰ったらネット繋いで……今月の生活費分は稼いだけど、でも……ああ、掲示板のチェックも携帯だけじゃ追いつかないし……会いに行く時間、取れないなぁ……)
帝人の唇から大きな溜め息が零れた。
夕食は帰宅途中で目に入ったファストフード店で手早く済ませた。家に帰ったらさっさと銭湯に行ってしまえば、後は自由に使える時間だ。けれど、しなければならないことが多すぎて、したいことに割く時間がまったくない。
(……正臣の馬鹿。僕の図星を的確に指せるのなんて、ほんの数人しかいないんだってこと、ちゃんとわかっててくれないかなぁ、わかってるんだよねぇ)
橋の下で飼っている子犬に会いに行けなくてイラついていると言われたのを否定したのは嘘ではない。
帝人が自宅以外で飼っているのは、子犬ではないのだから。
(試験期間に入ってから会ってないし、電話もメールもしてないなぁ……。でも声聞いたりすると会いたくなっちゃうし、勉強はしなきゃだし……お金も稼がなきゃ……もっと広い部屋を借りられたら、家で飼える……かもだし。……時間、足りてないけど、これ以上睡眠時間削ると返って勉強に響くしなぁ……)
まったく余裕というものがなかったが、だからといって正臣を見捨てる気にもなれなかった。帝人にとっては親友もまた大切な存在であることに変わりはないのだ。
しかし、それでもストレスは溜まるしイラつきもする。
そして当たる相手は親しくて気安い親友ということになる。
(正臣の馬鹿馬鹿バカ。……まあ、僕も馬鹿だけど)
性別も違えば性格も気性も違う三人だが、それらの枠を超えて互いを想い合っている。
しかしこの時期、最も違いが大きく出るのは学校の成績だ。夏休みを終えてもまだまだ残暑が厳しい日々が続き、中々勉学に集中できずにいる内に、テスト期間が間近に迫ってきていた。
「あーッ、もうっ、なーんでこんな時期に中間考査なんてやるんだ? ひと夏の思い出作りに明け暮れた夏休み、そしてひと夏の清算に奔走した夏の終わり、勉強してる暇なんてどこにもないっての!」
試験準備期間に入り、職員室への出入りと部活動が禁止され、図書室の解放時間が増加してから、数日。
毎日放課後に集まって図書館で勉強会を開いていた三人だったが、最も勉強が苦手で嫌いな正臣が早々に根を上げた。
それに対して返されたのは、同情でも同意でもなく、冷たく蔑むような親友からの視線だった。
「正臣、その口、図書館に着いたら閉じてくれるんだよね? 僕も園原さんも、自分のテスト勉強の為の時間を態々割いて、正臣に勉強教えようとしているんだよ? 大体、定期考査の時期は四月に貰った年間行事表にきちんと書いてあったじゃないか。今更なに言ってんの。そもそも中間考査は点数悪くても補習も赤点も食らわないから別に放っておいてもいいんだけど。てゆーか放っておこうか」
立て板に水の勢いで辛らつな台詞を垂れ流す帝人に、紀田正臣は両手を挙げて大げさに仰け反った。
「キツイぜ親友! 苦しいときに助け合ってこその親友だろ!? つーか中間の点数が酷いと期末で死ぬ思いしなきゃなんだけど!!」
それから体勢を立て直すと、帝人の隣に立っている少女に熱く語り掛けた。
「杏里! 杏里は帝人みてーに冷たいことは言わねーだろっ? なにしろ杏里と俺の間には《愛》があるもんな?」
「あの……」
「なに大河ドラマになった戦国武将か臨也さんみたいなこと言ってんの。園原さんも自分のテスト勉強の時間を削らなきゃいけないんだから、もう少し申し訳なさそうにしたら?」
「いえ、私はそんな……」
「ホラ、杏里もこう言って――」
「まったく、僕と園原さんのふたりで勉強すれば、ひとりでするよりも効率が上がるだろうけど、足を引っ張る人間が混ざるとかなり大きなロスになるよ」
「おーい、いつも以上に辛らつだぞ親友ーっ」
強烈にこき下ろされているにも関わらず、気にした様子もなく正臣は軽い声を上げた。
「そりゃまあ杏里とふたりきりになりたいのはわかるけどさー」
「そんなんじゃないから」
「いやー、隠さなくても……って、いや、そっちか!」
正臣は唐突に思いついた考えに、大げさに手を打った。
「テスト期間中は《橋の下の子犬》に会いに行く時間が取れなくなるからイラついてんだな? そうだろ!」
「………」
帝人の肩がぴくりと跳ねた。逆にこれまで即座にきつい言葉を返していた唇はまったく動かない。そして、表情は益々冷たく凍った。
「……あの……」
そんな帝人を横目に見ながら、杏里は控えめに口を挟んだ。
「竜ヶ峰君、橋の下で犬を飼っているんですか?」
「そーなんだよ! コイツってば、カワイイ女の子とふたりでノラ犬の世話をしてるみたいでさあ! ホラ、夏の初め頃から付き合い悪くなっちゃっただろー? その子と犬に会いに通ってるってワケ!」
「……正臣。憶測を事実みたいに話さないでよ」
高らかな正臣の声に、氷点下の帝人の声が重なる。帝人と最も親しい部類に入る正臣ですら――いや、彼をよく知る正臣だからこそ背筋が凍りつくような声だ。
しかしそんなことを気にして言動を控えるような慎重さとは無縁なのが紀田正臣少年だ。脳内で鳴り響く警報を無視してふざけた調子を維持した。
「まったまたぁ~、照れんなよみっかどぉ~。俺達古い付き合いだろ? バレバレなんだよ、その反応! 図星指されたときのお前って、反応が素直だからなぁ~」
「……あの、紀田君……」
杏里が困惑した声を上げる。
友人が困っているのを見かねて――というよりも、これから困ったことが起こることを見越してしまい、思わず声を掛けてしまったのだ。
しかし既に遅かった。
「――正臣?」
にっこり。
と音がしそうな笑みが帝人の年齢よりも幼く見える顔に浮かぶ。しかし声の温度は更に下降している。瞳もこれ以上ない程冷たい。
「――帝人……?」
「そうだよね。僕達、古い付き合いなんだし、こういうとき僕がどんな反応をするか、バレバレだよね?」
「あ――帝人、様……?」
「……紀田君……竜ヶ峰君……」
まだまだ夏の暑さが残る平日の午後、池袋の一角で厳しい吹雪が吹き荒れた。
(……まったく、正臣は馬鹿なんだから……)
日が暮れた池袋の街を、携帯電話を片手に歩きながら、帝人はひとり毒づいていた。
幼馴染には気が済むまで精神攻撃を行った後で、きちんと試験範囲でわからないところを見てやった。
およそ二時間程続けられた勉強会が解散した後も、閉館間際までひとりで勉強を続けていたのは、残暑の厳しい日の自室では効率が上がらないからだ。
無理を言って都内の高校に進学した手前、ある程度の成績を維持しない訳にはいかない事情が帝人にはある。そしてその「ある程度」とは、一般的に考えればかなりの高水準だ。
(一応、親の手前と内申も考えてクラス委員もしてるけど、成績のキープはまた別だしなぁ……ああ、帰ったらネット繋いで……今月の生活費分は稼いだけど、でも……ああ、掲示板のチェックも携帯だけじゃ追いつかないし……会いに行く時間、取れないなぁ……)
帝人の唇から大きな溜め息が零れた。
夕食は帰宅途中で目に入ったファストフード店で手早く済ませた。家に帰ったらさっさと銭湯に行ってしまえば、後は自由に使える時間だ。けれど、しなければならないことが多すぎて、したいことに割く時間がまったくない。
(……正臣の馬鹿。僕の図星を的確に指せるのなんて、ほんの数人しかいないんだってこと、ちゃんとわかっててくれないかなぁ、わかってるんだよねぇ)
橋の下で飼っている子犬に会いに行けなくてイラついていると言われたのを否定したのは嘘ではない。
帝人が自宅以外で飼っているのは、子犬ではないのだから。
(試験期間に入ってから会ってないし、電話もメールもしてないなぁ……。でも声聞いたりすると会いたくなっちゃうし、勉強はしなきゃだし……お金も稼がなきゃ……もっと広い部屋を借りられたら、家で飼える……かもだし。……時間、足りてないけど、これ以上睡眠時間削ると返って勉強に響くしなぁ……)
まったく余裕というものがなかったが、だからといって正臣を見捨てる気にもなれなかった。帝人にとっては親友もまた大切な存在であることに変わりはないのだ。
しかし、それでもストレスは溜まるしイラつきもする。
そして当たる相手は親しくて気安い親友ということになる。
(正臣の馬鹿馬鹿バカ。……まあ、僕も馬鹿だけど)
作品名:続・池袋の猛獣使いの話 ※本文サンプル 作家名:神月みさか