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神月みさか
神月みさか
novelistID. 12163
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続・池袋の猛獣使いの話 ※本文サンプル

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 少しずつ静かにひと気がなくなっていく道を、とぼとぼと進む。市街地特有の華やかさを示していた明かりが、住宅街の柔らかくて暖かいものへと変わっていく。
 ひとりで、誰も待っていない、誰も帰ってこない暗い家に帰ることに、どうしようもない寂しさを感じてしまう自分に帝人は呆れた。それで当たり前だというのに。

(……夏休みの間、毎日のように会えてたから、それに慣れちゃったんだ……)

 帝人はもうひとつ大きな溜め息を落とした。

「……贅沢、になっちゃったなぁ……僕」

 どうしようもない馬鹿だ。
 歩く速度が益々遅くなった。










「グゲギィア!」

 カエルが潰れるような声を上げて、男はビルの外壁に激突した。
 こざっぱりとした身なりの中年男で、懐具合が殊更悪いようにはとても見えない。

(……ったく、払えねえ訳じゃねえんだから、取立てられる前に払やいいってのに……馬鹿だよなぁ)

 田中トムは頭をぽりぽりと掻きながら呆れたように溜め息を吐いた。世の中馬鹿が多いものだが、自分の命を危うくするレベルの馬鹿がここまで揃っていると、さすがにうんざりしてしまう。

(最初から料金踏み倒すつもりで使ってたんだろうけどな? ここ最近静雄の機嫌が悪くなってるって噂くらい聞いてたろーに……それでも払わねえって、どーしようもねえ馬鹿だべ?)

 壁からずり落ちてアスファルトの上でへたり込んだ男の前に、バーテン服の大魔神が立ちふさがっている。顔には血管が浮きまくり、目は血走って真っ赤になっている。幸いなことに手にはなにも持っていないが、素手だからといって安心できるような状態では決してない。

「うろちょろうろちょろ逃げまわりやがって……ウゼエんだよ、テメエは虫かなにかか? ノミ蟲の仲間なのか? あぁ? 俺に潰されたくて逃げまわってたのかぁ?」
「ちっ……違っ……!」
「じゃあなんだ? なんの為に逃げまわってやがったんだ? まさか滞納している金が払えなくて、って訳じゃねえよなぁ? あんな家に住んでんだ、たった十数万程度、払えねえ筈がねえ……てことはアレだ……俺の仕事を邪魔しようとして、俺の時間を食いつぶそうとして、俺から逃げてやがった……そうだな? そうだろ? そうに違いねえ……」
「違っ、ちがっ……!!」
「……ちが? 血がどうした? ……あぁ見てェのか。血ィ流さねえとわかんねえんだな。そうかよ、俺は暴力が嫌いだけどよ、当人が言うんじゃあ仕方がねえよなぁ……」
「違いっ、ち、ちがっ、ヒッ……!!」
「――静雄。その辺にしとけ」

 トムはなんとかタイミングを計って声を掛けた。
 このところ、頼りになる相棒であり可愛い後輩である平和島静雄は、トムですら困惑する程扱いづらくなっている。いつもならばほぼ掴める制止するタイミングを見つけるのが困難になっている。下手をすれば声を掛けた瞬間にトムの方に暴力が向けられることになりかねないような状況だ。
 しかし止めずに放っておけば、債権者が殺されかねない。金を回収する前に死なれてしまっては仕事にならないし、静雄が警察に捕まってしまう。

 名を呼ばれると、静雄はぐるりとトムを振り返った。口調はまだ昂る前のようだったが、血管の浮き具合といい目の血走り具合といい、既に危険水域を突破していてもおかしくない状態だ。

「――なんすか」
「――うん。そいつも反省してて、ちゃんと金も返すしお前にも謝る気になったみてーだからな。なぁ、そうだろ? おっさん」
「ひっ……!! はっ、はひっ!!」

 中年男は這いずるように手足をばたつかせた後、なんとか身体を伏せて額をアスファルトに擦りつけた。

「すっ、すびばぜんでしだッ!!」
「………」

 静雄は納得のいかない表情でしばらく男を見下ろしていたが、大きく舌打ちをしてポケットから煙草を取り出した。

「よーし、おっさん。持ち合わせはあんのか? それとも引き出しに行くか?」
「でっ、でもぢは……っ」
「よしよし。じゃあ下ろしにいくべ? 逃げねえよな? 逃げ切れねえってわかってるよな?」
「はっ……はいぃっ!」

 壊れた人形のように頭を縦に振りまわす男に、トムは経験則から(コイツはもう大丈夫だな……)と判断し、静雄を振り返った。

「じゃぁ俺が金下ろさせてくるからよ。お前はそれ吸って休んでろ」
「あー……けどソイツ……」

 ぎろり、と静雄に睨み下ろされて、男は土下座したまま飛び退るという器用な挙動を見せた。

「おおおおろしますっ! はらいますっ! ぜったい、ぜぜぜぜったい! まちがいなくっ!!」
「……て、当人も言ってるしな。それに、も一度逃げたらどうなるかぐらい、ちゃんとわかってるだろーしな。いい年なんだし」
「……すんません」

 先輩に仕事を押し付けることに申し訳なさを感じているのだろう、躊躇いをみせながらも、静雄は素直に頷いた。自分の精神状態があまり良くないことを自覚しているのだろう。こういうときはニコチンの摂取は有効だ。

(ちっとばかり前まではご機嫌だったんだがなぁ……)

 夏の盛り――八月頃までは、トムの後輩は浮かれていると言っても過言ではない程上機嫌だった筈だ。
 それが九月に入ったあたりから少しずつ落ち着きを見せ始め、仕事のパートナーとしては胸を撫で下ろしていたのだが、今度は日を追うごとに機嫌が下降していった。

(まぁよ、いい日なんてそんなに続くようなモンじゃねえって、わかっちゃいるけどよぉ……ここまで急降下されっとどうしたらいいのやら……)

 理由はわからないが、原因には見当がついている。
 上機嫌の原因だったものになにか変化があったのだ。それしか考えられない。

(喧嘩でもしたか、怒らせでもしたか……それともアレを引きちぎるかなにかしたのかぁ? ……ったく、痴話喧嘩を仕事中にまで引きずるなっての。独り身に対する当て付けか?)

 そんな訳がないことはわかっているが、つい愚痴りたくもなってくる。

「んじゃすぐに戻っからよ」
「っス」

 トムは軽く手を振ると、無理矢理立ち上がらせた中年男を先に立たせて歩き出した。