T&J
3章 ハリーの決心
「もしかしたら?!って、思うときがあるんだっ!」
放課後の寮の部屋で椅子に座っていたハリーは立ち上がると、クィディッチ雑誌を読んでいたロンの隣に立ち、勢い込んで話かけてきた。
「ほら近頃、ドラコがやけに僕に絡んでくるじゃない?ここんとこ100%の確率で、僕がいると言いがかりをつけに近寄ってくるし、なんといっても昨日の朝なんか、僕が差し出したスープまで飲んだんだ!これって脈ありだよね?」
(あー、はいはい。勝手に言ってろ)って感じで、どうでもいいような態度でロンはうなずく。
本当に彼にはどうでもいいことだったからだ。
(ハリーが100%の確率っていうのは、マルフォイが見つけてくれるまで、その前を何回も往復するせいだし、スープは飲んだというより、脅迫じみた笑顔に押されて渋々飲まされた)というのが正解だと、ロンは思う。
なにが、そんなにもハリーを燃え上がらせているのか、ロンには全く見当がつかなかった。
だって相手は、性格の悪いドラコだ。
ロンはうえっとした顔になる。
(僕なら死んだってごめんだよ!)
「――で、どうすればいいかな、この次は?ドラコとの関係をステップアップするには?」
「えー……」
ロンは顔をしかめた。
「どうってさー……。普通は手紙とかで相手に気持ちを伝えるのが普通じゃないのか、多分」
(多分)とロンがつけたのは、彼もイマイチ分かっていないからだ。
ロンもかなり鈍い性格なので、ハリーは相談した相手を間違えたのかもしれない。
要はふたりとも、そういうことに疎かったからだ。
「ええっ!手紙なの?なんか古くさくないか?」
「やっぱり手紙だと思うよ。文字だったら思っていても口に出せないことも書いて、告白できるし」
「ふーん……。そう言われれば、そうかもね」
ハリーはロンの言葉に素直に頷く。
「――それで、内容は?中身はいったい何を書くんだ?」
「ああ、もう。そこまで面倒は見切れないよ!自分が書く手紙だろ?そんなことは自分で考えろっ!」
ロンもいい加減、こんなやりとりはしたくはなかった。
特に相談されている相手があのマルフォイだなんて、これ以上考えたくもない。
(あー、やだ、やだ!)
とロンは首をぶんぶん振って、ハリーの側からそっと離れた。
「ええっと、だったらさ、封筒は何がいい?花とかいっしょに添えたほうが印象がいいのかな?あと、インクの色とかは?やっぱりヘ、ドウィッグは目立つから使っちゃダメだよね?」
ハリーは振り返り、ロンにいろいろ聞こうとしたが、もうそこには誰もいなかった。
「――ちぇーっ、冷たいやつだな。親友の一世一代の告白なのに、もう少し親身になってくれてもいいじゃないか」
ハリーは膨れ面をして、ため息をついた。
その日の夜。
消灯前にハリーは自分の机に頬づえをつき、ぼんやりと窓から見える夜空を見上げた。
今夜はことさら、星がとてもきれいに見える。
彼の前には、シワひとつもない白い便箋が置かれていた。
いったい何を書いていいのか分からない。
思うことはいっぱいあるはずなのに、それを書く言葉が見つからないからだ。
ただドラコのプラチナに近い柔らかな髪に縁取られた、造作のいい顔が思い出されるだけだ。
しかしハリーはドラコの顔を思うだけで、(もしかして!)という期待で胸がいっぱいになる。
自分にだけ見せる、感情的な態度。
(あれは好きの裏返しの態度だったりして?)そう思うだけで、ドキドキと鼓動が早くなる。
(あー、ドラコから僕も好きって言われたら、どうしょう!)
勝手に想像して、勝手に盛り上がったハリーの心臓は早鐘を打ち、汗までにじんできた。
自分を見つけたドラコが歩いて来て、声をかけてくれるだけで幸せだった。
いつも怒った顔ばかりだけど、もし自分に向って笑ってくれたら、どんなに嬉しいだろうと思う。
そんなことなど一度もないというのに、ハリーはいつもそれを願っていた。
「僕に笑いかけてください」
そう便箋に書いてやっぱりダメだと、それを破り捨てる。
「最初はお友達から、付き合って下さい。」
これもお友達で終りそうなイヤな予感がして、また破った。
(もっとナチュラルに柔らかく、それでいてウイットに富んでいる小粋な文章で、僕の思いがそのまま伝わるような文章を……)
がばっとハリーは机に顔を伏せた。
(出来るわけないじゃん!そんなことがサラサラと書けるくらいなら、こんなにも悩まないって!!)
(もう止めよう、こんなバカなことは)と心の中で声がする。
(自分のことをあんなにも毛嫌いしている相手が、間違ってもお前のことを好きになるわけないじゃないか。もっと冷静になれ!)
その声に盛り上がっていたハリーの心も次第にうなだれてくる。
(……でも、もしかして)
そんなときに限ってどこからか、別の自分の声が聞こえてきた。
「もしかして」という言葉はハリーにとって、どんな魔法より強力な言葉だった。
それはハリーの心を希望でいっぱいにして、そして同じぐらいの不安も運んでくる。
「もしかして、好き」
「もしかして、嫌い」
ドラコのことを想う度にハリーの心の中は、ふたつの言葉のあいだで始終、振り子のように大きく揺れていた。
だからハリーは手紙を書く決心をしたのかもしれない。
どちらにしてもこのまま宙ぶらりんでは、ひどく自分が苦しいからだ。
(この手紙を出して、フラれるならば、すっぱりと諦めがつく!……でも、もしかして、100分の1の確立かもしれないけど、うまくいくかもしれない)
もしかして――
もしかして、ドラコが僕のことを……
もしかして――
だって、いつも僕の顔を見たら近寄ってきてくれるし……
もしかして――
もしかして……
ハリーは何枚も便箋をダメにしたあと、やっと夜中までかかって完成した手紙を封筒に詰めた。
(これを明日ドラコに渡そう!)
丁寧に封をすると、ハリーは深いため息をついた。
これからベッドに入ったって眠れないのは分かっている。
明日のことを想って、今からかなり緊張しているからだ。
あんなにも嫌われている相手から好かれようと思っている自分は、なんてずうずうしいんだろうと思う。
でも、もしかして、あの態度は逆の意味かも?
もしかして――
もしかして……
そうしてハリーは朝が来るまで、ぼんやりとベッドに横たわったまま、月明かりを見つめていたのだった。