俺と君と夏と陽炎
※ループ、報われない
※血描写、痛い(物理的に)
これは、実によく在る夏の日のこと。
暑い夏の日のお昼過ぎ。遠く続く水色、騒々しい蝉の声、病気になってしまいそうなコンクリートに反射する日差しに心の中だけで舌打ちをする。
なんでこんな日に出かけなければいけないのか、と溜息を吐きそうになるけれど。右隣、一歩前を歩く存在がそれを留まらせる。俺も大分丸くなったものだ、と苦笑い。
それに気づいたのか気づいてないのか、目の前の子供は此方に振り返った。
「臨也さん、どうしたんですか?」
「別に。帝人君は元気だなあって。暑くないの?」
「そりゃあ暑いですよ。僕はまぁ、」
夏は嫌いですかね、とちょっと不満げに笑った。あまり見ない帝人君の表情。
「…それならどうして、そんなに元気なのさ」
「それは……内緒、ですよ」
さっきまでの表情を隠すようにくすくす笑う。何の変哲もない普通の子供、だけど俺が唯一愛した“個”の存在。
また歩きだしたその存在を追うように、子供の背中を追う。
「あ、臨也さん」
何かを見つけたらしい帝人君は俺を置いて走り出す。向かった先は、コンクリートの上に降り立った黒猫のところ。
赤い首輪をしたその猫は「にゃあ」と鳴くと、帝人君の足元に擦り寄る。かなり人懐っこい黒猫の傍に屈み込んで、帝人君は愛らしい笑みを零していた。
「可愛いですね……人懐っこいですし」
「首輪もしてるし、飼い猫だろうね」
「毛がふわふわですよ、臨也さんも撫でませんか?」
「俺は遠慮しとくよ」
勿体ないと少し頬を膨らませて、帝人君はまた黒猫の背中を撫でる。猫よりも君の方が可愛いよ、そんな馬鹿みたいな言葉は既の所で飲み込んだ。
ふわふわ、風の中で帝人君の髪の毛が揺れていた。
「――あ、」
いきなりとたた、いきなり駆け出した黒猫は、俺の横も通り過ぎて何処かへと向かう。その先にあるのは、車が忙しなく行き交う道路だ。
「そっちは……っ」
危ない、掠れた声を吐き出した帝人君は慌てて立ち上がると、慌てて黒猫の後を追って道路の方へ向かう。その間にも横断歩道の信号機はちかちかと点滅をさせていた。
(あ、赤になってしまう)
慌てて俺も帝人君の後を追う。足の速い黒猫は、躊躇なく横断歩道へと躍り出る。
帝人君はそれを追いかけて、同じそこへと足を踏み入れた。それと同時に、横断歩道の信号は赤へと色を変える。
「帝人君、あぶ――」
危ない、と最後まで言い切ることなくそれはかき消される。何に?それは、
ブレーキもかけずに目の前に飛び込んできたトラックの、けたたましい叫び声。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
消え去った細い体、代わりに目の前に広がったのは真新しい血飛沫の色。むせ返るそれと、別世界のような遠い声。
「み、か」
やっと出た声は驚くほど小さい。震える手を、前へと伸ばす。
視線と指の先、そこにいるのは。さっきまで傍にいたはずの子供で、笑っていたはずの子供で、俺を愛してくれて、俺が愛していた、子供で。
でもトラックに轢きずられたそれは、もう傍にいない。笑わない、俺が愛しても愛してくれ、ない。
だらりと広がる赤の中で、青い目だけが印象的に目に映り込むだけ。
「うそ だ」
(嘘じゃないよ、と誰かが嗤う)
嘘、嘘嘘うそ嘘ウソうそ嘘嘘ウソウソうそウソ嘘嘘うそ だ。
「……ぁ、ぁ ぁあああ あぁぁあぁああああぁあああ!!!!!」
変わらず青い空に響く蝉の音と、慟哭が響いた後。
俺の世界は、眩んだ。
※血描写、痛い(物理的に)
これは、実によく在る夏の日のこと。
暑い夏の日のお昼過ぎ。遠く続く水色、騒々しい蝉の声、病気になってしまいそうなコンクリートに反射する日差しに心の中だけで舌打ちをする。
なんでこんな日に出かけなければいけないのか、と溜息を吐きそうになるけれど。右隣、一歩前を歩く存在がそれを留まらせる。俺も大分丸くなったものだ、と苦笑い。
それに気づいたのか気づいてないのか、目の前の子供は此方に振り返った。
「臨也さん、どうしたんですか?」
「別に。帝人君は元気だなあって。暑くないの?」
「そりゃあ暑いですよ。僕はまぁ、」
夏は嫌いですかね、とちょっと不満げに笑った。あまり見ない帝人君の表情。
「…それならどうして、そんなに元気なのさ」
「それは……内緒、ですよ」
さっきまでの表情を隠すようにくすくす笑う。何の変哲もない普通の子供、だけど俺が唯一愛した“個”の存在。
また歩きだしたその存在を追うように、子供の背中を追う。
「あ、臨也さん」
何かを見つけたらしい帝人君は俺を置いて走り出す。向かった先は、コンクリートの上に降り立った黒猫のところ。
赤い首輪をしたその猫は「にゃあ」と鳴くと、帝人君の足元に擦り寄る。かなり人懐っこい黒猫の傍に屈み込んで、帝人君は愛らしい笑みを零していた。
「可愛いですね……人懐っこいですし」
「首輪もしてるし、飼い猫だろうね」
「毛がふわふわですよ、臨也さんも撫でませんか?」
「俺は遠慮しとくよ」
勿体ないと少し頬を膨らませて、帝人君はまた黒猫の背中を撫でる。猫よりも君の方が可愛いよ、そんな馬鹿みたいな言葉は既の所で飲み込んだ。
ふわふわ、風の中で帝人君の髪の毛が揺れていた。
「――あ、」
いきなりとたた、いきなり駆け出した黒猫は、俺の横も通り過ぎて何処かへと向かう。その先にあるのは、車が忙しなく行き交う道路だ。
「そっちは……っ」
危ない、掠れた声を吐き出した帝人君は慌てて立ち上がると、慌てて黒猫の後を追って道路の方へ向かう。その間にも横断歩道の信号機はちかちかと点滅をさせていた。
(あ、赤になってしまう)
慌てて俺も帝人君の後を追う。足の速い黒猫は、躊躇なく横断歩道へと躍り出る。
帝人君はそれを追いかけて、同じそこへと足を踏み入れた。それと同時に、横断歩道の信号は赤へと色を変える。
「帝人君、あぶ――」
危ない、と最後まで言い切ることなくそれはかき消される。何に?それは、
ブレーキもかけずに目の前に飛び込んできたトラックの、けたたましい叫び声。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
消え去った細い体、代わりに目の前に広がったのは真新しい血飛沫の色。むせ返るそれと、別世界のような遠い声。
「み、か」
やっと出た声は驚くほど小さい。震える手を、前へと伸ばす。
視線と指の先、そこにいるのは。さっきまで傍にいたはずの子供で、笑っていたはずの子供で、俺を愛してくれて、俺が愛していた、子供で。
でもトラックに轢きずられたそれは、もう傍にいない。笑わない、俺が愛しても愛してくれ、ない。
だらりと広がる赤の中で、青い目だけが印象的に目に映り込むだけ。
「うそ だ」
(嘘じゃないよ、と誰かが嗤う)
嘘、嘘嘘うそ嘘ウソうそ嘘嘘ウソウソうそウソ嘘嘘うそ だ。
「……ぁ、ぁ ぁあああ あぁぁあぁああああぁあああ!!!!!」
変わらず青い空に響く蝉の音と、慟哭が響いた後。
俺の世界は、眩んだ。