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水底にて君を想う 波音【3】

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波音【3】

(空しい……)
 青い空の元、賢木は盛大なため息をついた。
 バベルの屋上。
 賢木以外の人気はない。
(よりによって、皆本かよ。最悪)
 一人、頭を抱え込む賢木。
 十日前の夜が脳裏に浮かぶ。
 自覚した感情は、賢木を苛んでいた。
(いつからだっけ……)
 賢木は空を見上げる。
 女性と見れば口説いているようで、賢木は線引きをしていた。
 好きになり過ぎないように、本気になってしまいわないように。
 ある程度きたら、別れる。
 それが賢木にとっての当たり前だった。
 皆本が男だったから、恋愛対象ではなかったから、うっかり失敗した。
(いや違うな。離れようとした時はあったんだ)
 バベルへの就職が決まった、卒業間近な時。
 皆本はコメリカに残るようだったので、どこかで安心した。
 ただの友達なら当然、疎遠になると。
(キャリーの事件のせいだ)
 落下防止の手摺に頬杖をつきながら、賢木は思い出す。
 あの事件そのものより『キャリー』がいなくなってからの皆本が問題だった。
 無理に明るく振舞って、頑張っている姿が痛々しかった。
(変わってないってことか)
 思い出せば、あの未来を知ってからの皆本も同じ事をしている。
 周りの人間には平気なふりをして笑っていた。
 だから、賢木はそばを離れられなかった。
 無理に連れ回して、悪ふざけに巻き込んで、皆本を怒らせたこともあった。
 その頃の事を思い出して、賢木の口元が歪む。
(あいつの本当の笑顔を見たかったから。て、なんだその時から惚れてたのか……)
 無意識のうちに心の奥底に沈めてしまった。
 皆本と友人でいるために。
(俺がパンドラに行くっていうより、『好きだ』って言う方が驚かれそうだ)
 どこまでも真面目な皆本の顔が浮かぶ。
 失うには、大きくなりすぎたその存在が賢木の心を重くする。
「へー、あの坊やをねえ」
 唐突にありえない声が聞こえた。
 賢木は懐の『仕込み』を取り出しざま、振り返る。
 予想通り、嫌味な顔で笑う銀髪、兵部が立っていた。
「てめえ」
 賢木は不快さを隠しもせずに、睨み付ける。
「やあ、賢木修二君」
 さして気にした様子もなく、兵部はニコニコと笑っている。
「変わった趣味だね」
「透視みやがったな!」
 思わず唸る賢木。
「……ここには、落ち込んだ時にくる癖でもあるのかい?」
 兵部は、軽く右の人差し指を動かす。
「っつ」
 賢木の手から『仕込み』が弾かれ、兵部の手に納まる。
「かなり、無防備だったよ」
 クスと笑う。
 その人を馬鹿にした笑みに、賢木の表情が険しくなる。
「なにしに来やがった」
「ご挨拶だな。ちょっと、確認したいことがあってさ」
「!」
 賢木の体が見えない力で手摺に押し付けられる。
 指一本満足に動かせない。
「手荒な真似はしたくないんだ。不二子さんに気付かれるとやっかいだからね」
 兵部はゆっくり近付いてくる。
(くそ!この時間、管理官は……)
 寝ている、その結論はすぐに出た。
 チルドレンも今は学校のはずだ。
 ほかの超能力者では兵部に対抗できるはずもない。
 賢木は腹に力を入れる。
(意識さえ張ってりゃ、おいそれと催眠も効かないはずだ)
 殺しに来たのなら、とうに終わっている。
 兵部の右手が賢木の頭を鷲掴みにする。
 無理に視線を合わさせる。
「協力してくれるかな。少し、探らせてくれるだけでいい」
「ふざけるな、誰が」
「そっ、残念」
 手を離し、兵部はフッと息を吐き出す。
 一瞬、賢木の気が緩んだ。
「なんてね」
「くっ!!」
 兵部の目が光る。
 賢木は何かが自分の中を這い回る感覚に襲われる。
「て、てめえ……」
 念動で押さえつけられていなければ、体を九の字に折り曲げていただろう。
「安心していいよ。君くらい高超度だど催眠もすぐに切れちゃうからね」
 賢木の頬を青白い指が撫でる。
「でも、この状態で僕の透視からは逃れられないだろう?」
 複合能力者の恐いとこだね、と兵部は笑った。
「……くっ!」
 賢木は奥歯を噛み締める。
「気を楽にしておいで」
 一瞬、やさしい声に聞こえた。
 脳内を自分のものじゃない意識が通り抜けて行く。
 目をきつく閉じて、それをやり過ごす賢木。
「……ふーん」
 体が急に楽になる。
 催眠が解けると同時に、念動も解かれる。
 賢木は崩れるように両膝を床に落とす。
「抵抗しなければ、そんなに疲れないんだけどね」
 倒れそうになった体を兵部が支える。
 その手を賢木は乱暴に払う。
「何しにきやがった!?」
「言ったろ、確認したいことがあるって」
「だから、何を」
 賢木は手摺に背中を預けながら、なんとか立ち上がる。
「ウイルスだよ」
「?」
「旧日本軍が開発していたウイルスに似てたんで気になったんだが、どうやらお門違
いだったらしい」
 肩を竦める兵部に賢木は眉を顰める。
「それにしても、珍しい能力に覚醒したものだね」
「なんのことだ」
「あれ、気付いていないのか。じゃあ、無理をさせたお詫びに教えておこう」
「頼んでねーよ」
 噛み付くように言う賢木に兵部は意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、僕の方が優秀だからって僻むなよ、ヤブ医者」
「このっ」
「接触型予知」
 睨む賢木を楽しそうに見ながら、兵部は告げた。
「なに?」
「お前が見た未来は、僕らの知ってる未来とは僅かに違う」
 賢木は兵部の目を見る。
 不思議と澄んだ瞳だ。
「坊やに触れて、その未来をお前自身が透視んだだろ。まあ、かなり微弱な予知能力
のようだけど」
 予知は目標を絞れない能力で、大抵はただ大きな事象を捉える。
 賢木のものは、接触した相手、という限定が入るのだろう。
「そんなに、あの坊やにつくしたいかい?未来を視る力まで手に入れて」
「あっ?」
「つくしたところで、あの鈍感な普通人じゃ、一生気付いてもらえないと思うけど」
「……てめえの知ったこっちゃねえだろう」
 力の無い声が賢木の口から漏れる。
「まあね」
「放っとけよ」
 無駄なことは百も承知だ、賢木は胸の中で呟く。
 面白そうに眺めていた兵部は、ポンと手を打つ。
「そうだ」
「?」
 賢木は怪訝そうに見つめる。
「パンドラにこないか?」
「はあ?」
 かなり変な声が出た。
「バベルより、君にはこっちの方が合うと思うけど」
「ふざけんな、誰が犯罪組織になんか行くかよ」
「そうかい?残念だな」
「どこがだよ」
 兵部の声には、残念さなど微塵も無い。
 何時もの人を馬鹿にしたような表情をしている。
「さて、邪魔したね」
 兵部は踵を返す。
「二度と来んな」
 賢木の言葉にニヤリと笑った兵部は
「坊やに嫌われたらパンドラに逃げておいで」
 そんな台詞を残して、消えた。
 痛い所を突かれて、賢木は言葉を詰まらせる。
(余計なお世話だ……)
 大きく息を吐き出して、その場に座り込んだ。
 全身、疲れていた。
(今日は、早く上がって寝るか)
 そんなことを考えながら賢木は、もう一度息を吐き出した。


 手の中で携帯の画面だけが白々と光っている。
 皆本はそこに映し出された番号を見ながら、指をさ迷わせる。