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水底にて君を想う 波音【3】

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(賢木、疲れてたみたいだからもう、寝ているよな)
 夜の十一時を少し回っている。
 チルドレン達は、今頃夢の中だ。
 一人、部屋で携帯を手に悩む皆本。
(明日でもいい……か)
 携帯をベッドサイドの机に置く。
(賢木の奴、どうしたんだろう……?)
 ベッドに腰掛けたまま、窓の外を見る。
 街の空にも星が見える。
(やっぱり、僕が何かやらかしたんだろうか)
 ここの所の賢木の態度が皆本には気にかかる。
 別におかしな態度を取られているわけではない。
 だけれど、何か違和感がある。
(能力のほうも結局治まったし、リミッターも問題ないはずだけど)
 皆本はベッドに寝転がる。
 思い返してみると、十日前、泊まって二日目の日に原因があるような気がする。
(あの時のあれ、見間違いじゃなかったのかな……)
 薄っすらと思い出す。
 泣きそうな賢木の顔。
 ぼやけて、はっきりと見えたわけではないけれど。
 それに、やはり夢のような気もする。
(何か、傷つけるようなことでも考えただろうか)
 あの時の状態では、何時、透視されているか分からない。
 別に構わないと思っていたけれど、傷つけてしまったのかも知れない。
 あの時折、寂しそうな親友を。
 皆本は体を起こすと、携帯を手に取る。
 このままだと、失ってしまうかもしれない。
 そんな焦燥感が皆本を後押しする。
(三回コールして出なかったらあきらめよう)
 そう決めて、ボタンを押した。


 賢木は目の前の皆本を見て、首を傾げる。
「えーと、足、崩せば?」
 言われた皆本は、何故か正座。
 しかも握り締めた拳がその膝にしっかりと乗っている。
 初めての見合いの席の男でも、もう少しリラックスしているだろう。
 賢木は皆本の顔を見る。
 一文字に結ばれた口、かすかに皺を寄せた眉。
(なんなんだ、一体?)
 もう寝ようとした所で鳴った携帯。
 正直、皆本からでなければ無視していた。
 出てみれば、ひどく真剣な声で『会いたい』と。
 これが女性なら、間違いなく愛の告白だ。
 相手が皆本でなければ、男でもその可能性を考えたかも知れない。
 迷ったものの、賢木は皆本を家に呼んだ。
 珈琲の入ったカップを皆本の前に押し出す。
「で……て、何してんのお前??」
 賢木は目を丸くする。
 皆本が深々と頭を下げたからだ。
「すまない」
「はい?」
「すまない、賢木」
 頭を下げたまま皆本は謝る。
「なに謝ってんだよ??てか、顔上げろよ」
 頭の上に沢山の?を浮かべる賢木。
 皆本は躊躇いがちに顔を上げ、賢木を見つめる。
 賢木の心拍数が上がる。
「どうかしたのか?俺に謝るようなこと、お前にないだろ?」
 少し早めの口調で問えば、皆本はますます真剣な顔になる。
(やっぱり、僕が君を傷つけたんだな)
 できれば勘違いであってほしかった。
 そう思いながらも皆本は、心の中で結論付けた。
 違和感の正体は、距離感。
 二人きりで会うと、それが鮮明になった。
 多分、距離にすれば僅かに十センチ程度、離れている。
 たったそれだけが、ひどく遠くなったような気がする。
 今も、これまでなら肩を掴むとか、熱を測るとか、何かしらしてきたはずだ。
 透視みたくないことを透視んでしまった時、賢木はその相手から少しだけ余計に距離をとる。
 自己防衛の癖なのだろう。
 そのことを皆本は長年の付き合いで知っていた。
「皆本?」
 賢木は黙っている皆本を伺う。
「……ごめん。本当は、何を謝ったらいいかすら分からないんだ」
 皆本は視線を手元に落とす。
 肩が微かに震えている。
 賢木は、伸ばしかけた手を慌てて止める。
「そりゃ、謝ることなんかないからだろ」
 つとめて明るい声を出してみたが、空気が重くなっただけだ。
 皆本は握った拳を更に握りこむ。
「僕は、お前と友達でいたい」
 搾り出すようにそう言って皆本は顔を上げた。
 賢木は心の中を読まれたようで、ギクリとする。
「だから、そんな顔で誤魔化さないでくれ。僕はお前を傷つけたんだろ?」
「なに言ってんだ。何時もどおり男前の顔だろうが」
 自分の頬に触れ、わざと笑って見せる賢木。
「ああ、何時もどおり、人をやり過ごす時のお前の顔だよ」
 皆本の言葉に賢木の表情が固まる。
「どうでもいい人間に向けるときのお前の顔だ」
 言葉の最後が震えている。
「ごめん……本当にお前を傷つけたんだな」
「皆本」
 賢木は呆然と皆本を見つめる。
 抱き締めたい衝動を必死に抑える。
 何を間違えたのか、賢木は言葉を探す。
「悪りい……その」
 言葉が続かない。
 皆本は首を横に振る。
「賢木が謝ることない。……どうしたらいい?」
「どうしたらって」
 皆本の視線がまっすぐ、賢木を捉える。
「友達でいたいんだ。お前とはずっと」
 答えに困る賢木から皆本の視線は外れない。
「だから、教えてくれないか。何がお前を傷つけた?どうしたら、お前は許してくれ
る?」
 皆本の声に必死さが滲む。
「……何も」
「賢木」
 歪む皆本の顔。
(どうして、そんなに真っ直ぐなんだよお前は)
 賢木は苦々しく思う。
 『ずっと友達でいたい』
 それはまるで死刑宣告。
 自覚したばかりの感情が、ばっさりと切られて血でも流しているようだ。
 痛みに耐えるように一度目を閉じた。
 閉じても、皆本の真っ直ぐな視線を感じる。
 賢木は意を決して、皆本を見返す。
「お前が悪いわけじゃないんだ」
 皆本のそばに寄る。
 触れそうで触れない距離。
「あくまで、俺の問題だ」
「お前の?」
「ああ」
 納得してない表情の皆本。
「理由は聞かないでくれ」
「だけど」
「頼む、皆本」
 賢木は声に力を込める。
 決して目を逸らさない。
 少し間を置いてから、皆本の表情が緩む。
「……」
 皆本はそっと賢木の手に触れる。
 賢木の手が一瞬、逃げようとして留まる。
(賢木、ゴメン。ありがとう)
 何の偽りもない声は、真っ直ぐに賢木の心に届く。
 賢木は、皆本の体を抱き寄せる。
 緩く、少しでも嫌がればすぐに離せるように。
 微かな動揺が伝わってくる。
 賢木は少しだけ笑う。
(……忘れよう、こいつと『友達』でいる為に)
 それが皆本の願いなら、自分の感情など捨ててしまえる。
 何よりもこの腕の中の温もりを守るために。
「俺も、お前とずっと友達でいたい……なんてな」
 賢木の言葉に皆本が微笑んだ。
 胸の奥底で何かが沈んでいった。
 深く深く、沈んでいった。