おやすみなさい、また明日
ほんの数日間の夢はどちらが望んだものだったのか。柳が見た夢を、続けたのは赤也で、互いを求めていたのは互いで、もうどちらがなんて始まりを決める事すら馬鹿らしい事なのかも知れない。それは恋と同じで、どちらが先だとか、どちらがより重くだとか、暴く事すら意味がない事であるように。
瞬きの合間、ぐらりと視界が揺れたような錯覚に眩暈がした。ふいに強烈な眠気が襲う。起きていられない程の衝動に思わず床に手をつくと、同じように赤也も蹲りかけながら柳を見詰めていた。
「終わる、みたい……っすね」
この幻の世界が。字の如く夢の世界が終わり、現実に戻る。
終わるのだ、今、全て。
次に目が覚めるのは別々の場所で、今こうして繋いだ掌の温もりさえもそこにはない。夢で出会えた事こそが奇跡で、現実に奇跡はなく、過去の積み重ねがそこにあるのみだ。
支える力もなくなり、二人の体がずるずると床に崩れ落ちていく。目を開く事すら億劫な程の中、それでも手だけは繋いだまま離せずにいた。
「……あか、や」
微睡みに落ちる寸前のとろんとした赤也の瞳が間近に見える。これだけは伝えなければと、必死の力を振り絞り柳は閉じそうになる唇を抉じ開けて声にした。
「俺は……お前が、好きだ。今でも、ずっと…………好きだ、傍に……居たい。離れている、のは、寂……しい」
途切れそうになる意識の中で思いつくままに溢れるままに形にして渡す。聞こえているのだろうか、赤也の片頬が僅かに動いたのを笑みだと思い、柳も笑おうとしたけれど上手くいかなかった。
「おやすみ、柳さん。あ――……」
そこで赤也の瞼は閉じられた。もう唇は動かない。柳も、もう限界だった。彼は最後に何を伝えようとしたのだろうか。今はもうわからない。
ありがとう? 会えて良かった? ……愛している?
おやすみ、という言葉を口の中で反芻した。おやすみと眠りにつくのならば目覚める明日はどこに繋がっているのだろうか。
目が覚めても、こんな日常が続いているのならどれ程良いだろう。家に帰ればお前が居て、お前が遅い時は俺が出迎えて、おかえりと言うのがお前で、俺で、抱き合って眠るのがお前であるならそれだけで幸せなんだ。おやすみはお前に言いたい。おはようも、お前に言いたい。
昨日も今日も、そして夢から覚めた明日だってお前に言いたいんだ、赤也。
最後の力を振り絞り、力なく床に投げ出された赤也の掌を両手で包んだ。
夢から醒めて、この掌の温もりが失われていても、それでも。お前におはようと言いに行くよ。
今度は俺から伝えよう。ずっとずっと、傍に居たいのはお前だと、お前が伝えてくれた全てと同じくらい形にしてお前に手渡そうか。
俺はこんなにお前が好きだよ。朝昼晩共に居たいと、それこそ結婚したって構わないくらいに好きなんだ。だから。
「おやすみ、赤也」
もう一度お前に出会うまで、おやすみ。
明日のおはようは俺から言うよ。
作品名:おやすみなさい、また明日 作家名:385