もう二度と…
少し混乱してしまう。
彼と俺は、いつもあんな言い争いをしてたんだろうか…?
一応他の部屋も確認してみる。
掃除が行き届いて、洗濯物も綺麗に畳んであった。
俺って綺麗好きだったのかな?
でもさっき羽鳥さんが掃除と洗濯も
たまにやってくれるって言ってたから、
彼がやってくれたのかもしれない。
なんか申し訳ない気持ちになりながら、
今日は眠りに就くことにした…
翌日の夕方、
リビングでテレビを見ていると柳瀬さんがやってきた。
「よ!千秋、家に戻って何か思い出せたか?」
「うーん…やっぱあんまはっきりは思い出せないかな。
そういえば、ザ☆漢を貸してくれてありがとな。
自分の部屋にもあったけど、本当におもしろいなあれ!
前の自分が大ファンなのがよく分かるよ」
「だろ?俺また伊集院先生の所にアシしに行くんだぜ」
「マジで!?いいなー」
「お前が仕事出来ないからな、俺も生活あるし。
また早くお前と仕事出来るようになりたいよ」
「そっか…ごめん、迷惑かけて」
「気にするなって、俺だって売れっ子のアシだから、
どうにでもなるしな。
それより…前に言ったこと覚えてるか?」
「…俺と柳瀬さんが付き合ってたって言う話?
それ本当なの…?」
やっぱ避けられない話題だよな…でも本当なのだろうか?
「あぁ…ちなみにその事を聞いて、今のお前はどう思った?
やっぱ気持ち悪いと思うか?」
「え…そりゃ男同士だから驚いたよ…
でも嫌悪感とかは別に感じなかったかな…」
と、その時柳瀬さんに腕を引かれ、彼に抱きしめられる。
その瞬間、ものすごい違和感を感じた。
何故だろう?何かが違う…!
「千秋、キスしていい?」
「え、ちょっと待っ…!」
キスされそうになった瞬間、リビングの扉が開き、
羽鳥さんが現れた。
俺たちを見た瞬間、彼が柳瀬さんを怒鳴った。
「柳瀬!!お前!!!」
そして、いきなり柳瀬さんの胸ぐらを掴み、
殴りかかろうとした。
「ちょっ!!待てって羽鳥さん!」
俺は慌ててそれを止めようと、2人の間に割って入る。
と、繰り出されたパンチが顔面にクリーンヒットしてしまい、
俺は勢いよく床に倒れ、
また頭を打って意識を失ってしまった…
目が覚めたら、また見慣れた病院の部屋だった。
「ここ…病院か…?」
「吉野!目が覚めたのか!」
「千秋、大丈夫か!?」
「トリ…優…俺…」
「お前、記憶が戻ったのか!?」
「あぁ…思い出した…」
「本当か!?お前の名前とペンネームは?」
「吉野千秋…ペンネームは吉川千春だ」
「本当に思い出したんだな…!」
羽鳥は嬉しそうな顔をしたが、優は少し複雑な顔をしていた。
それもそうか…俺と付き合ってたってと言うのが
嘘だと分かってしまったのだから。
「俺はお前の家族に連絡入れてくるよ。
柳瀬、吉野に変なことするなよ」
「分かってるよ…!」
羽鳥が行ってしまうと、病室に優と2人きりになった。
少し気まずいが、何であんな事を言ったのか気になったので、
質問することにした。
「優…なんで俺と付き合ってるって嘘を言ったんだ?」
「…お前が本当に羽鳥や俺の事を
忘れているのか確かめたかったんだよ。
少しでも覚えてたら、すぐに気付くと思ったし。
後は俺の願望も入ってたかな…」
「優……」
優の寂しそうな顔を見ると、何も言えなくなってしまう。
そういえば記憶を無くしてる時は、
羽鳥にも時々そんな顔をさせてしまっていた。
今更ながら、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ごめん、優。
お前が嘘を吐いてた時も、ずっと違和感を感じてたんだ。
やっぱ優の事は、友達以上に見れない…」
「分かってるよ、そう何度も振られたら俺が可哀想だろ。
千秋とはずっと友達でいるから気にするな」
「優…ありがとな」
そして羽鳥が戻ってきた。
「吉野、お前の家族に伝えてきたぞ。
記憶が戻った事を喜んでた」
「ありがとう、トリ。
色々ご迷惑おかけしました」
「まったくだ。
とりあえず今日はこのまま退院出来るそうだから、
一度お前の家に戻るか」
「あ、俺仕事があるからもう行くわ。
後はよろしくな、羽鳥。
千秋、また仕事が出来るようになったら連絡くれ」
「うん、ありがとう優、また連絡するな!」
「ああ、待ってる。じゃあな」
優を見送ったら、羽鳥が声をかけてきた。
「それじゃあ俺たちも会計済ませて帰るか」
「うん…トリ…本当にありがとな。
そしていろんな意味でごめん…」
「吉野……」
羽鳥が頭を撫でてきた。
そして普段あまり見せない優しい顔に、
胸が締め付けられた…不意に泣きたくなってしまう。
「吉野、とりあえず俺たちも帰ろう。
記憶を取り戻したお祝いに、
お前の食べたいものを作ってやる」
「じゃあ…トリの卵焼きが食べたい!」
「そんなのでいいのか?もっと凝ったのでもいいぞ?」
「ううん…それがいい」
「分かった」
そして俺たちは帰路に着いた…
[羽鳥side]
「吉野、うまいか?」
「うん!やっぱお前の作るご飯は最高だな!!
この卵焼きがまた食べられるなんて幸せ!」
必死にご飯を食べる姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
吉野が記憶を取り戻してくれた。
それがとても嬉しかった。
1度は手放す覚悟をした、
もう恋人には戻れないかもしれないと本気で思った。
でも吉野は記憶を取り戻し、今そばにいてくれる…
もう二度と離したくはない…!
そんなことを考えてたら、ふいに吉野が声をかけてきた。
「ところでさ…、トリはあの時なんであんな事いったの?」
「あの時?」
「俺が優と恋人同士なのか?って聞いた時だよ!
何であの時否定してくれなかったんだ??
しかも知らないってとぼけてたし…
お前、俺と別れるつもりだったのか!?」
吉野の目に涙が浮かぶ…
まさか吉野がそこまで自分の事を想ってると思わなかったから、
驚いてしまう。
「ごめん…あのまま記憶が戻らなければ、
俺はお前を手放す覚悟も少しあったんだ」
「なんでだよ!?俺たちは恋人同士じゃねーの!?」
「おまえが男同士で恋人なんて想像できないって言われた時、
俺は黙っていようと決心したんだ。
俺は最初お前を強引に自分のものにした。
それをもう1度やることはとても出来なかった…
まさか柳瀬があんな事を言うなんて思わなかったけどな」
「トリ…」
「俺はもうお前に無理強いをしたくない…
だから正直に言ってくれ。
千秋、俺の恋人に戻ってくれるか?」
「あ、あたりまえだろ!
お前こそ、俺から離れるなよ…!!」
「千秋…!」
俺は思わず吉野に近づきキスをした。
数週間ぶりのキスで、
お互いがどれだけ相手に飢えてたのかを思い知る。
そして吉野を抱きしめて告げた。
「千秋…今日は寝かさないから覚悟しとけよ」
吉野はびっくりした顔をしたが、俺の胸に顔を押し付ける。
「少しは手加減しろよ…!」
「……努力する」
長く甘い夜の始まりだった…―――
〈数日後〉
「つまらない」