瞳に映る新世界
1.
遊馬は、先を行く青い影を全速力で追いかけた。
石畳の道を突っ切り、道の端をひた走り、階段を一段飛ばしに駆け上がる。青いオーラをまとった指が指し示すままに。
緩やかなカーブを描く階段の半ばで、軽快に弾んでいた遊馬の足がぴたりと止まった。階段から身を乗り出せば、遥か下の道にはD-パッドを装着した一団の姿がある。
D-ゲイザーを着ければ、瞬時にARビジョンが遊馬の周辺に展開される。リンク完了のアナウンスと共に、色とりどりの標識が空中に浮かぶ。
と、二人の足元から轟々と暴風が吹き上がって来た。
「わぁっ」
遊馬はたまらず片腕で顔をかばう。腕の隙間から垣間見るのは、階段の真下からせり上がってくる巨大な影。
現れたのは、一対の翼をもつ金色の竜だった。竜は主の命に忠実に従い、全身を覆う鱗を陽光に閃かせ、疾風を引き連れて相手フィールドに突撃する。
観戦に興じる二人。アストラルは食い入るような目でデュエルを見ている。
遊馬はふと思った。――そういえば、こいつは素でARビジョンが見えてるんだよな、と。
しばらくその場で観戦して。観戦だけでは飽き足らずに飛び入りで参戦して。……結果は負けだったのだけど。
一団と笑顔で手を振って別れて、二人はハートランドの市街地に入った。
「アストラル……」
話しかけようとして、遊馬は躊躇った。アストラルは遊馬とは別の方向へ目を向けている。
「お前、さっきから何見てんの」
〈デュエルを見ている〉
「それ、さっきも同じこと言ってなかったか?」
思い出すのは、今までいた閑静な住宅地でのことだった。アストラルが何もない宙を指差して、そこでデュエルが始まっている、と告げたのだ。遊馬にはさっぱり分からず、しまいには身体全体で辺りをひょこひょこ見渡していた。そんな遊馬に痺れを切らしたアストラルが勝手に飛んで行った訳なのだが。
遊馬はレザーベストのポケットからD-ゲイザーを取り出し、試しに着けてみることにした。
「ほんとだ」
歩道をてくてくと歩けば、あちらこちらでARビジョンの標識が見え隠れしていた。往来の激しい街中でも、デュエルをしたいデュエリストは数多くいるらしい。
ビルの谷間を、金属で造られた竜が蛇腹をくねらせて泳いでいる。アストラルがその様子をつぶさに目で追った。そんな彼に釣られて遊馬も宙を見上げる。
突然、がつんとした衝撃が遊馬を襲った。悲鳴を上げる間もなく彼は強かに尻もちをついた。全身の痛みに呻く遊馬の前には、自販機がでんと立っている。人体の派手な激突に揺らぐことさえなく。
「……んな、何で自販機がこんなとこにあるんだよう」
ごく自然に自販機をすり抜けて行ったアストラルが、遊馬の異変に気づいて引き返してきた。
〈遊馬〉
「おー痛てててて……あ、よかった、D-ゲイザーは無事だ」
幸いにも、D-ゲイザーの緑色のグラスはひび割れ一つもなく、正常にARビジョンを映し出している。しかし、遊馬はD-ゲイザーを煩わしげに顔からむしり取った。間近にあったARビジョンは、それだけで簡単に幻のように消え失せる。
〈もうそれを外してしまうのか〉
「これ着けたまま歩くと危険なんだよ。人にぶつかったらケガさせちまうかもしれねえし」
〈そうか……〉
アストラルはどこか残念そうだった。
「んー、だったらお前が教えてくれよ。今何が見えてるのか。それならどうだ?」
遊馬が提案を持ちかけてみると、アストラルは少し考え込んで、それから、
〈よかろう〉
とだけ答えた。
遊馬は、先を行く青い影を全速力で追いかけた。
石畳の道を突っ切り、道の端をひた走り、階段を一段飛ばしに駆け上がる。青いオーラをまとった指が指し示すままに。
緩やかなカーブを描く階段の半ばで、軽快に弾んでいた遊馬の足がぴたりと止まった。階段から身を乗り出せば、遥か下の道にはD-パッドを装着した一団の姿がある。
D-ゲイザーを着ければ、瞬時にARビジョンが遊馬の周辺に展開される。リンク完了のアナウンスと共に、色とりどりの標識が空中に浮かぶ。
と、二人の足元から轟々と暴風が吹き上がって来た。
「わぁっ」
遊馬はたまらず片腕で顔をかばう。腕の隙間から垣間見るのは、階段の真下からせり上がってくる巨大な影。
現れたのは、一対の翼をもつ金色の竜だった。竜は主の命に忠実に従い、全身を覆う鱗を陽光に閃かせ、疾風を引き連れて相手フィールドに突撃する。
観戦に興じる二人。アストラルは食い入るような目でデュエルを見ている。
遊馬はふと思った。――そういえば、こいつは素でARビジョンが見えてるんだよな、と。
しばらくその場で観戦して。観戦だけでは飽き足らずに飛び入りで参戦して。……結果は負けだったのだけど。
一団と笑顔で手を振って別れて、二人はハートランドの市街地に入った。
「アストラル……」
話しかけようとして、遊馬は躊躇った。アストラルは遊馬とは別の方向へ目を向けている。
「お前、さっきから何見てんの」
〈デュエルを見ている〉
「それ、さっきも同じこと言ってなかったか?」
思い出すのは、今までいた閑静な住宅地でのことだった。アストラルが何もない宙を指差して、そこでデュエルが始まっている、と告げたのだ。遊馬にはさっぱり分からず、しまいには身体全体で辺りをひょこひょこ見渡していた。そんな遊馬に痺れを切らしたアストラルが勝手に飛んで行った訳なのだが。
遊馬はレザーベストのポケットからD-ゲイザーを取り出し、試しに着けてみることにした。
「ほんとだ」
歩道をてくてくと歩けば、あちらこちらでARビジョンの標識が見え隠れしていた。往来の激しい街中でも、デュエルをしたいデュエリストは数多くいるらしい。
ビルの谷間を、金属で造られた竜が蛇腹をくねらせて泳いでいる。アストラルがその様子をつぶさに目で追った。そんな彼に釣られて遊馬も宙を見上げる。
突然、がつんとした衝撃が遊馬を襲った。悲鳴を上げる間もなく彼は強かに尻もちをついた。全身の痛みに呻く遊馬の前には、自販機がでんと立っている。人体の派手な激突に揺らぐことさえなく。
「……んな、何で自販機がこんなとこにあるんだよう」
ごく自然に自販機をすり抜けて行ったアストラルが、遊馬の異変に気づいて引き返してきた。
〈遊馬〉
「おー痛てててて……あ、よかった、D-ゲイザーは無事だ」
幸いにも、D-ゲイザーの緑色のグラスはひび割れ一つもなく、正常にARビジョンを映し出している。しかし、遊馬はD-ゲイザーを煩わしげに顔からむしり取った。間近にあったARビジョンは、それだけで簡単に幻のように消え失せる。
〈もうそれを外してしまうのか〉
「これ着けたまま歩くと危険なんだよ。人にぶつかったらケガさせちまうかもしれねえし」
〈そうか……〉
アストラルはどこか残念そうだった。
「んー、だったらお前が教えてくれよ。今何が見えてるのか。それならどうだ?」
遊馬が提案を持ちかけてみると、アストラルは少し考え込んで、それから、
〈よかろう〉
とだけ答えた。