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瞳に映る新世界

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 2.

 今は何も映らない宙を、アストラルの青い指がまっすぐに指し示す。遊馬にしてみればあさっての方向に視線を巡らせて、自分が何を見ているのかをこと細かに解説する。今のライフはどれくらいだとか、どんなモンスターがいるのか、等々。遊馬はそれに相槌を打ちつつ、自分なりに場面を想像してみた。
 ハートランドシティの住人にとっては、ARビジョンは日々の生活で見慣れた技術だ。それは遊馬も同じだった。しかし、アストラルの反応を見ていると、今までありふれていたものがにわかに真新しいものに思えてくる。
〈そこにもデュエリストがいるぞ〉
 と指されたのは遊馬のすぐ傍。肩の触れあうか触れ合わないかの距離だ。遊馬は慌ててのけ反った。当のデュエリストの少年は、そんな遊馬の反応にもお構いなしにデュエルに集中している。ARビジョンは、デュエルターゲット以外は全て排除してしまうのだ。
 デュエリストは車道に向けて何事かを叫んでいる。車道を挟んだ向かいには、彼と同年代の少年がD-パッドを構えていた。遊馬の傍にいるデュエリストの対戦相手はこの少年らしい。
 車道では、大小の車の列が右へ左へと忙しなく行き交っている。D-ゲイザーを着けてみると、車はそのままに乗員だけがすうっと消え失せた。空っぽになった車の流れが、デュエリストたちの境をとうとうと流れて行く。
 車の河の上を飛び石を渡るかのように軽々と飛び移る者がいる。反対側のデュエリストが召喚した白い天使だ。甲冑を着込んだ天使は、右手の剣を振りかざして敵モンスターをなぎ払った。直後、遊馬側のフィールドのカードが一枚弾け飛ぶ音がする。
 一連の動きを見届けてから、遊馬はさあ次だとばかりに歩き出した。そんな彼にアストラルは大人しくついて来たのだが、不意にはっとして上空を見上げて叫んだ。
〈遊馬、上だ、避けろ!〉
「え……?」
 思わず遊馬が上を見上げれば、デュエルの余波でビルの看板がもげて落ちて来るところだった。
「う、うわあああっ!」
 とっさの出来事にじたばたと足踏みする遊馬、急いでその場から飛び退くアストラル。看板はまっすぐに落ちて来て、遊馬の眼前に深々と突き刺さった。
 近くにいた通行人の中年女性が、遊馬の悲鳴にぎょっとして振り向く。
「――ああ、ARね。人騒がせな……」
 しかし、遊馬のD-ゲイザーに気づくと、一人で納得して何事もなく去って行った。
〈大丈夫か、遊馬〉
「お、おう……」
 そもそもARビジョンで人間はケガなどしない。しないのだが、アストラルのあまりの真剣な態度に言いたいことは全て引っ込んでしまった。
 代わりに、遊馬は目の前に刺さっている看板にゆっくりと手を伸ばす。緑色越しにリアルな質感を伴っていた物体は、指先で触れるや否やあっさり突き通った。 
 遊馬は、目の前で繰り広げられているデュエルにぼんやりと目をやった。
 Dゲイザーは現在も稼働している。そして克明に描き続けている。ARビジョンが描く新世界を。しかし、D-ゲイザーを一つずらすだけで、夢のような風景は遊馬の前からあっけなく消失してしまうのだ。さながら蜃気楼が晴れるかのように。
 そんな存在を、アストラルはその気になればいつでも見ることができる。緑色のグラスに頼ることなく、自分自身の目で。それは一体どんな気分なのだろうか。
「なあ、アストラル」
〈何だ〉
「お前、いっつもこんな風に見えてんのな」
 遊馬の口からそんな言葉がついて出る。すると、熱心にデュエルを観察していた金色の目がきょろりと遊馬の方を向いた。

作品名:瞳に映る新世界 作家名:うるら