【シンジャ】百花蜜【SPARK】
Prologue
何か不測の事態が起きていなければ、そろそろ港に船が着く頃である。そう思い長い巻物の上で走らせていた白い羽根が付いたペンの動きを止めると、そんな自分の行動を待っていたかのように廊下から騒々しい足音が聞こえて来た。
今自分が居るのは、王宮の中にある白羊塔という建物である。この建物は国政の場であるので、こんな風に騒々しい足音を立てて廊下を歩く者などいない。普段は聞こえて来る事の無いそんな足音が聞こえて来た理由は既に分かっていた。国を不在にしていた王を乗せた船が港に着いたのだろう。
足音の主が部屋の中に入って来るのを待っていると、扉を開ける音が聞こえて来た後再び騒々しい足音が聞こえて来た。自分の方へと向かっているそんな足音を聞きながらペンを置くと同時に、聞こえていた足音が止まった。
「王がお帰りになられました」
「王を迎える準備をするよう、直ぐに皆に伝えて下さい」
「はい」
隣までやって来ていた文官は、自分の言葉に対して返事をすると自分の元を離れていった。
王を迎える為の準備を自分もしなければいけないので、これから忙しくなる。これから忙しくなると思いながらも、今の状況を楽しんでいた。自分の仕える主が帰って来たのだからそれは当然である。椅子から腰を上げ王が帰って来たという事を仕事中である文官たちに告げた後、王が帰って来た事により物騒がしい状態になっている王宮の中を、王を迎える為の準備が円滑に行われているかという事を確かめて回る。
この国は小さな国であるので、港からこの王宮に王であるシンドバッドが到着するのは直ぐである。王宮に彼が到着するまでに全ての準備を終わらせなければいけない。絶対に忘れてはいけない準備が終わっている事を確認した後、自室がある紫獅塔に向かった。
紫獅塔は王とそれに近しい官の私的空間である。未婚である為王宮の外に住居を構えていないので、王からそこに与えられた部屋でこの王宮ができてから寝起きしている。時間が無いというのにわざわざ自分の部屋に戻って来たのは、着替えをする為である。着替えといっても全く違う服に着替える訳では無い。新しい官服に着替えるのだ。
南海の島国、シンドリア王国。その国は迷宮攻略伝説の末にシンドバッドが建国した、貿易と観光によって栄えている島国である。雀斑と額にある雫型の額飾りが特徴のジャーファルは、まだ二十五歳でありながらそんな国の政務を王から任されている政務官である。
ジャーファルが若くして政務官となったのは、建国に関わっている事とシンドバッドから絶大な信頼を得ているからという事だけが理由では無い。二十五歳の若さにして政務官を務める事ができるほど、見聞が広く明敏な頭脳をしていたからでもある。
部屋へと戻ると、直ぐに緑色と薄茶色で構成されている官服に着替えていった。毎日着ている物であるので、着替えは直ぐに終わった。最後に、着替える前に脱いだ後ろの部分が長いクーフィーヤと呼ばれる帽子を被ろうとしたのだが、それを被る前に自分の髪が乱れている事に気が付いた。普段であれば気にしない程度の乱れであったが、久し振りにシンドバッドと会うというのに、このままにしておく事は出来無かった。櫛で慌てて髪を梳きその櫛を鏡の前に戻した。
鏡で自分の顔を見るつもりはなかったのだが、たまたま鏡の中にいる自分の顔が目に留まる。地味で印象に残らない顔。自分の顔に対してそう思った後、気にしても仕方が無い。顔を変えることなど出来無い。それに、地味で印象に残らない方が敵を作り難いので良いと思いながら、帽子を被り部屋を後にした。
建物を入って直ぐの場所には、既に大勢の臣下が集まっていた。シンドバッドの身に何か起きたという話しは聞いていない。何も起きていない事は分かっていたが、それでも早く彼の顔を見たいと思いながら、先に建物を入った場所にやって来ていた同じ八人将の元に行く。
八人将とは、シンドリアで最も強い者たちを集めた戦士達の事である。普段は政務官をしている自分も、その一人であった。
八人将はその名前の通り八人いるのだが、シンドバッドがそのうちの二人を連れて行っているので、今この国には自分を入れて六人しかいない。八人将の元に行く事によって、そのうちの四人しかまだ集まっていない事が分かった。まだ集まっていないうちの二人は、ピスティとマスルールである。
「シャルルカン。マスルールはどうしたんです?」
ピスティもまだ来ていないというのに、マスルールの事だけ同じ八人将のシャルルカンに訊ねたのは、王の出迎えや衆議などという八人将は必ず参加しなければいけないものに、彼が出て来なかった事が何度もあったからだ。
「朝はいたんですけどね」
シャルルカンは困った様子でそう言った。朝は見かけたのだが、その後の事は知らないという事なのだろう。
「そうですか……。今から捜しに……。そんな事をしている間に、シンが戻って来てしまう。シンが戻って来た時私までいないなんて事になったら……」
「どうしたんですか、ジャーファルさん」
マスルールを捜しに行くか行かないかという事を悩んでいた時、幼い少女のような声が聞こえて来た。
「ああ、ピスティ。まだマスルールが来て無いんですよ」
声を掛けて来たのは、まだ来ていない八人将の一人であるピスティであった。あどけない少女のような声をしている彼女は、その声同様に可愛らしい少女のような見た目をしている。十一、二歳程度にしか見え無い彼女であったが、これでも既に十八歳である。まだ来ていないマスルールの事は心配していたが、彼女の事は心配していなかったのは、ピスティならばシンドバッドが戻って来る前にやって来ると思っていたからである。実際に彼女は、シンドバッドが戻って来る迄にやって来ていた。
「森に行ってるんじゃ無いんですか?」
森というのは、王宮の側にある南海の変わった動植物で溢れている場所の事である。王宮には銀蠍塔という鍛錬の場があるというのに、マスルールはそこで鍛錬をせず、よく森で一人鍛錬をしていた。ピスティの言う通り森に彼が行っている可能性は高い。森に居るのならば、今から呼びに行ってもシンドバッドが戻って来るまでに彼を呼び戻すのは難しい。
「今日はシンが帰って来るから、直ぐに戻って来る事ができるようにしておいてって言っておいたんですが」
マスルール抜きでシンドバッドを迎える事になりそうだと思い、溜息を吐きながら額を指で押さえた。
「シンドバッド国王陛下、ご帰還」
王宮内に響き渡るような声が聞こえて来た後、嵩高であると共に荘厳な扉が開いた。その瞬間、先程まで聞こえて来ていた私語が一切聞こえて来なくなった。
姿勢を正し扉を見ていると、ヒナホホとスパルトスを後ろに従えたシンドバッドが扉から姿を現した。二人を従えてこちらにやって来ているシンドバッドの姿は王らしい物であった。王らしい彼の姿を見ている時、いつも誇らしい気持ちになった。それは、自分にとってシンドバッドは誇りであるからだ。
会議の為に、この国。シンドリアを出た時と彼に変わった所は無かった。そんな彼の姿を見て漸く安心する事が出来た。
何か不測の事態が起きていなければ、そろそろ港に船が着く頃である。そう思い長い巻物の上で走らせていた白い羽根が付いたペンの動きを止めると、そんな自分の行動を待っていたかのように廊下から騒々しい足音が聞こえて来た。
今自分が居るのは、王宮の中にある白羊塔という建物である。この建物は国政の場であるので、こんな風に騒々しい足音を立てて廊下を歩く者などいない。普段は聞こえて来る事の無いそんな足音が聞こえて来た理由は既に分かっていた。国を不在にしていた王を乗せた船が港に着いたのだろう。
足音の主が部屋の中に入って来るのを待っていると、扉を開ける音が聞こえて来た後再び騒々しい足音が聞こえて来た。自分の方へと向かっているそんな足音を聞きながらペンを置くと同時に、聞こえていた足音が止まった。
「王がお帰りになられました」
「王を迎える準備をするよう、直ぐに皆に伝えて下さい」
「はい」
隣までやって来ていた文官は、自分の言葉に対して返事をすると自分の元を離れていった。
王を迎える為の準備を自分もしなければいけないので、これから忙しくなる。これから忙しくなると思いながらも、今の状況を楽しんでいた。自分の仕える主が帰って来たのだからそれは当然である。椅子から腰を上げ王が帰って来たという事を仕事中である文官たちに告げた後、王が帰って来た事により物騒がしい状態になっている王宮の中を、王を迎える為の準備が円滑に行われているかという事を確かめて回る。
この国は小さな国であるので、港からこの王宮に王であるシンドバッドが到着するのは直ぐである。王宮に彼が到着するまでに全ての準備を終わらせなければいけない。絶対に忘れてはいけない準備が終わっている事を確認した後、自室がある紫獅塔に向かった。
紫獅塔は王とそれに近しい官の私的空間である。未婚である為王宮の外に住居を構えていないので、王からそこに与えられた部屋でこの王宮ができてから寝起きしている。時間が無いというのにわざわざ自分の部屋に戻って来たのは、着替えをする為である。着替えといっても全く違う服に着替える訳では無い。新しい官服に着替えるのだ。
南海の島国、シンドリア王国。その国は迷宮攻略伝説の末にシンドバッドが建国した、貿易と観光によって栄えている島国である。雀斑と額にある雫型の額飾りが特徴のジャーファルは、まだ二十五歳でありながらそんな国の政務を王から任されている政務官である。
ジャーファルが若くして政務官となったのは、建国に関わっている事とシンドバッドから絶大な信頼を得ているからという事だけが理由では無い。二十五歳の若さにして政務官を務める事ができるほど、見聞が広く明敏な頭脳をしていたからでもある。
部屋へと戻ると、直ぐに緑色と薄茶色で構成されている官服に着替えていった。毎日着ている物であるので、着替えは直ぐに終わった。最後に、着替える前に脱いだ後ろの部分が長いクーフィーヤと呼ばれる帽子を被ろうとしたのだが、それを被る前に自分の髪が乱れている事に気が付いた。普段であれば気にしない程度の乱れであったが、久し振りにシンドバッドと会うというのに、このままにしておく事は出来無かった。櫛で慌てて髪を梳きその櫛を鏡の前に戻した。
鏡で自分の顔を見るつもりはなかったのだが、たまたま鏡の中にいる自分の顔が目に留まる。地味で印象に残らない顔。自分の顔に対してそう思った後、気にしても仕方が無い。顔を変えることなど出来無い。それに、地味で印象に残らない方が敵を作り難いので良いと思いながら、帽子を被り部屋を後にした。
建物を入って直ぐの場所には、既に大勢の臣下が集まっていた。シンドバッドの身に何か起きたという話しは聞いていない。何も起きていない事は分かっていたが、それでも早く彼の顔を見たいと思いながら、先に建物を入った場所にやって来ていた同じ八人将の元に行く。
八人将とは、シンドリアで最も強い者たちを集めた戦士達の事である。普段は政務官をしている自分も、その一人であった。
八人将はその名前の通り八人いるのだが、シンドバッドがそのうちの二人を連れて行っているので、今この国には自分を入れて六人しかいない。八人将の元に行く事によって、そのうちの四人しかまだ集まっていない事が分かった。まだ集まっていないうちの二人は、ピスティとマスルールである。
「シャルルカン。マスルールはどうしたんです?」
ピスティもまだ来ていないというのに、マスルールの事だけ同じ八人将のシャルルカンに訊ねたのは、王の出迎えや衆議などという八人将は必ず参加しなければいけないものに、彼が出て来なかった事が何度もあったからだ。
「朝はいたんですけどね」
シャルルカンは困った様子でそう言った。朝は見かけたのだが、その後の事は知らないという事なのだろう。
「そうですか……。今から捜しに……。そんな事をしている間に、シンが戻って来てしまう。シンが戻って来た時私までいないなんて事になったら……」
「どうしたんですか、ジャーファルさん」
マスルールを捜しに行くか行かないかという事を悩んでいた時、幼い少女のような声が聞こえて来た。
「ああ、ピスティ。まだマスルールが来て無いんですよ」
声を掛けて来たのは、まだ来ていない八人将の一人であるピスティであった。あどけない少女のような声をしている彼女は、その声同様に可愛らしい少女のような見た目をしている。十一、二歳程度にしか見え無い彼女であったが、これでも既に十八歳である。まだ来ていないマスルールの事は心配していたが、彼女の事は心配していなかったのは、ピスティならばシンドバッドが戻って来る前にやって来ると思っていたからである。実際に彼女は、シンドバッドが戻って来る迄にやって来ていた。
「森に行ってるんじゃ無いんですか?」
森というのは、王宮の側にある南海の変わった動植物で溢れている場所の事である。王宮には銀蠍塔という鍛錬の場があるというのに、マスルールはそこで鍛錬をせず、よく森で一人鍛錬をしていた。ピスティの言う通り森に彼が行っている可能性は高い。森に居るのならば、今から呼びに行ってもシンドバッドが戻って来るまでに彼を呼び戻すのは難しい。
「今日はシンが帰って来るから、直ぐに戻って来る事ができるようにしておいてって言っておいたんですが」
マスルール抜きでシンドバッドを迎える事になりそうだと思い、溜息を吐きながら額を指で押さえた。
「シンドバッド国王陛下、ご帰還」
王宮内に響き渡るような声が聞こえて来た後、嵩高であると共に荘厳な扉が開いた。その瞬間、先程まで聞こえて来ていた私語が一切聞こえて来なくなった。
姿勢を正し扉を見ていると、ヒナホホとスパルトスを後ろに従えたシンドバッドが扉から姿を現した。二人を従えてこちらにやって来ているシンドバッドの姿は王らしい物であった。王らしい彼の姿を見ている時、いつも誇らしい気持ちになった。それは、自分にとってシンドバッドは誇りであるからだ。
会議の為に、この国。シンドリアを出た時と彼に変わった所は無かった。そんな彼の姿を見て漸く安心する事が出来た。
作品名:【シンジャ】百花蜜【SPARK】 作家名:蜂巣さくら