【シンジャ】百花蜜【SPARK】
国交や交渉などをする為に国を離れている事がシンドバッドは多い。そんな彼に同行する時もあるのだが、国政を任されている自分が常に彼と共にこの国を離れている訳にはいかない。その為、彼から留守を預かる事が多かった。シンドバッドが強運の持ち主である事は今までの経験から知っているのだが、それでも留守を預かっている間、彼が何事も無く無事に戻って来てくれる事を願っていた。
装飾品にも見える金属器を身に付けたシンドバッドが、武官の前を通りこちらへとやって来る。頃合いを見計らって、そんな彼の前に他の八人将と共に出る。
「おかえりなさいませ。ご無事のご帰還何よりです。シンドバッド王よ」
「ただいま」
そう言って片手を自分たちに向かってあげたシンドバッドの横へと行き、彼と共に王宮の奥へと進んで行く。
「俺がいない間何かあったか?」
「留守中の国事は恙なく」
「そうか」
自分がいない間何事も無かった事が分かり、安心した様子へとシンドバッドはなった。
「どうでしたか、会議は?」
「ああ、いつも通りだ。会議といっても、単なる懇親会のようなものだからな」
そう言った後、何か自分に話したい事があるような雰囲気にシンドバッドはなった。
「そうですか」
そう言った後シンドバッドの言葉を待っていると、滞在先で起きた些細な出来事を彼が話し始めた。彼が自分に一番話したい事はそれでは無いという事は、シンドバッドの様子から分かっていた。一番自分に話したい事は、文官や武官が大勢いるここでは出来無い内容の物なのだろう。彼と共に向かっている執務室まで、その話しを聞くのを待つ事にした。
白羊塔の中には文官たちが政務を行う部屋だけで無く、シンドバッドが謁見を行う部屋や彼の執務室がある。そんな執務室まで行くと、シンドバッドの元を離れ武官の一人を捕まえた。
「人払いを」
シンドバッドの部屋には非常時に備えて常に大勢の武官がいる。捕まえた武官にそう言うと、次々に部屋から武官が出て行き、執務室へと入ったシンドバッドが奥の机まで行く頃には、部屋の中にいるのは彼と自分と他の八人将だけになった。
「はぁ……」
部屋の奥にある豪華であると共に立派な机の奥にある椅子へと腰を掛けると、シンドバッドは机に肘をつき大きな溜息を吐いた。
「会議で何かあったのですか?」
「会議の最中には何も無かったんだが……」
シンドバッドは言葉を濁すと、共に国を離れていたスパルトスとヒナホホへと視線を向けた。シンドバッドが二人へと視線を向けたので二人を見ると、二人は困惑した様子へとなっていた。
シンドバッドとは長い付き合いがある。その為、聞かずとも彼が何を言いたいのかという事を察する事が出来る時が多々あった。しかし、今はシンドバッドが言いたい事が何であるのかという事を察する事は出来無かった。一緒に国を離れていたのでは無いのだから当然である。
「何があったんですか?」
「会議の後に催された酒宴の席で、ある国の王から是非自分の一人娘を嫁に貰って欲しいと言われたんだ」
「そんな事など、今まで数え切れないほど言われているじゃ無いですか」
シンドバッドの話を聞いても、何故こんなに困った様子になっているのかという事を納得する事は出来無かった。
既に二十九歳になっているのだが、生涯妻を娶らない事を決めている為、シンドバッドはまだ結婚をしていないだけで無く婚約者もいなかった。世界中の海を冒険し数々の迷宮を攻略した末に、自らの国をうちたてた男でシンドバッドはある。それだけでも十分に魅力的な男であるというのに、更に端正な顔立ちをしているうえに話術に長けていた。そんな彼に結婚話や見合い話が来ない筈が無い。毎月膨大な量の結婚話や見合い話が来ていた。その中には、王女や皇女もいた。
「そうだ。嫁を娶るつもりは無いと言っているにも拘わらず、うちの娘を嫁に貰って欲しいや、紹介したい娘がいるという話しが途絶えん。妻を娶るつもりは無いと何度言えば分かるんだ!」
鬱憤が相当溜まっていたのか、苛立った声でそう言った後シンドバッドは大きな音をさせて机を叩いた。
「仕方ありませんよ。あなたと結婚をすれば、我が国と友好な関係が築けますからね。今我が国と友好な関係を築きたい国はごまんとありますからね。そんなに結婚の話しを持って来られるのが嫌なのでしたら、こちらに有利になる相手とでも結婚なさったらどうですか?」
結婚をしないという事を公言しているシンドバッドに対して結婚をした方が良いという事を言うつもりは無いが、内心どこか強国の姫君を娶れば良いのにという事を思っていた。
「お前まで俺に妻を娶れと言うのか。俺は妻を娶るつもりは無い」
何故そこまで頑なに妻を娶る事を彼は拒むのだろうかという事を、シンドバッドの言葉を聞いて思った。
妻を娶るつもりは無いと昔から言っているシンドバッドに、何故妻を娶るつもりは無いのかという事を今まで訊いた事は無い。何故なのかという事が気にならない訳では無いのだが、訊いてはいけない事のような気がして今までその事を訊かずに来た。
「誰も妻を娶れとは言っておりません。結婚話しや見合い話しを持って来られたくないとあなたが言うので、そう言っただけです」
「案を出すのならば、妻を娶る以外の事にしてくれ」
「そう言われましても、それ以外に策が無いのですから仕方無いじゃ無いですか。それとも、不能なので無理だという事にしますか?」
シンドバッドは好色とまでは言わないが、女好きな男である。そんな男が、性的に不能であるので妻を娶る事は出来無いと言うという案を受け入れる筈が無い事が勿論分かっていた。分かっていながらもそう言ったのは、女遊びをもう少し控えて欲しいと以前から思っていたからである。
「誰が不能だ!」
「誰もあなたが不能だとは言っておりませんよ。そう言えば見合い話しや結婚話しが来なくなる筈ですので、そういう事にすれば良いじゃ無いかと言っているだけです」
「駄目だ。駄目だ。その案は却下だ」
憤慨した様子でシンドバッドはそう言った。
「でしたら、女性を愛す事が出来無いので妻を娶るつもりは無いというのはどうですか?」
「ジャーファル……」
シンドバッドは全く男色趣味が無い。男色趣味の無い彼が自分の提案を受け入れる筈が無いと思いながら言うと、顔を顰めた彼に低い声で名前を呼ばれる事になった。
「どちらも嫌なのでしたら、やはり適当な相手と結婚するのが一番かと思いますよ」
「だから妻を娶るつもりは無いと言ってるだろ!」
「それで、何があったんですか?」
怒鳴る様にしてシンドバッドが言った後、シャルルカンのそんな言葉が聞こえて来た。シャルルカンの方を見ると、話の腰を折ってしまい申し訳無いとでも言いそうな様子へとなっている彼の姿があった。
シャルルカンの言う通り話しを元に戻した方が良いだろうと思いシンドバッドを見ると、同じようにシャルルカンへと視線を向けていた彼の視線がこちらへと向かう。彼も自分と同じ事を思っているのだという事が彼の顔から分かったので、話しの続きを黙って聞く事にした。
作品名:【シンジャ】百花蜜【SPARK】 作家名:蜂巣さくら