純潔で焦がして
◇
「ほら、次、高倉弟の番だぞ!」
部屋に戻ってからまた何かに囚われた様に生気を失う瞳に、俺の笑顔も少しだけ曇る。
置き去りにされていた携帯の着信を告げるライトを目に入れてから様子がおかしくなった所を見る限り、その相手が原因なのだろう。
晶馬を振ったと思しき彼女か、それとも。
気のない返事を返してゆっくりと伸ばされる腕をただ見詰める。
ちょこん、と端に載せられる、危なげに揺れるそれは晶馬の心。
「振られたくらいでくよくよすんなよ!」
明るく笑っても、何も答えてはくれない。
表面上の理由はそれでも、きっと奥底に眠る影は大きくて暗い。
抱え切れないそれが、一気に溢れ出したのか、俺には知る由もない。
俺では、コイツを泥沼から救い出す事は出来ないのだろうか。
救いたい、光を見せてあげたい。
思うだけでは駄目だ、と誰かが言っていた気がする。
しかし、差し出す手は心許無くて、掴もうとすればする程遠く離れていく。
無力さに唇を噛み締める事しか出来ない、非力でちっぽけな存在。
愛する奴さえ守れないなんて。
ふと、晶馬の携帯が存在を主張する。
着信を確認した後、一瞬何かを思案する素振りを見せていた。
その瞳は、今俺を映してはいない。
いや、何時だって俺を映そうとはしないんだ。
「ちょっとごめん」
のろのろと立ち上がる晶馬に適当に返事を返し、ぐらぐらと揺れる危うい玩具を見詰める。
今の心境に似てるな、なんてぼんやり考える。
恋い焦がれる気持ちは、こうやって揺れ動いては叫んでいる。
知りたい。助けたい。守りたい。触れたい。愛したい。愛されたい。
願っているけれど、決して口には出さない、出せない。
だけど、何時の日か。
「荻野目さんしっかり!今すぐそっち行くから!」
がたん、と大きく揺れる。
がしゃりと耳障りな音が響いて、俺は現実に引き戻される。
バラバラに飛び散った駒が泣いていた。
この玩具の様に、いつか崩壊してしまったその時、晶馬は俺を真っ直ぐに見てくれるだろうか。
慌てて部屋を飛び出していく愛しい背に手を伸ばす。
虚しく空を切る腕は何処に向かっていくべきなのだろう。
その行方は、神のみぞ知る。