二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

メフィスト・ワルツ

INDEX|1ページ/6ページ|

次のページ
 
「芸術は誰かに愛されるべきだ」


 それが彼の信念だった。
物心ついた時から筆を取り、時間があれば紙かキャンバスに向かっていた幼い時間。青春時代も全て絵に捧げた彼が就ける職業といえばやはり画家でしかなく、彼は当然のように毎日絵を描いていた。孤児で天涯孤独の身である彼は生活が豊かとは言えなかったが、幼い頃から芽吹いていた才能の萌葱に、国や知識人らはこぞって援助を申し出た。色んな方面の人間が彼に期待をよせ、打算した。だから、彼の進む道の先には絵しか残されていなかった。
だからただ毎日毎日、彼は絵を描く事に没頭していた。尽くすように、従うように、何千、何万と絵を描き続けた。

彼は、絵の奴隷だった。


 それでも彼の欲求が満たされる事はなかった。
芸術の完成度を求める欲求。それは「貪欲」とも呼べる異常なものだった。
彼は、彼自身の作品が大嫌いだった。多くの芸術家がそうであったように彼は自分のことが大嫌いで、かつ自己愛が強かった。表裏一体の感情はいつしかこじれたジレンマへと変わっていった。
完璧な芸術を作り上げたい欲求と、己をどうしても愛すことができない、あわさらない感情。そんな歪な彼が他者へと興味を示したのは、絵を描かなくなってから半年経った頃だった。





「菊、卵はどうする? あ、この間菊に教えてもらったタマゴヤキにしよっか!」
「お願いします。フェリシアーノ君」

 天涯孤独の身であった菊が誰かと生活を共にするのは、初めてのことであった。もちろん、幼少の頃には誰かしらの世話にはなったが、物心ついたあたりに養育者に引き取られ、一人部屋に篭っては絵を描く日々を送っていた。後から知ったが、その者が始めてのパトロンであった。中国人の養父は菊を可愛がっていたが、彼自身、仕事が忙しく一年中世界を飛び回っていた。会えるのは数ヶ月のうち数回のみで、菊の身の回りの世話は家政婦が行った。だから、誰かと生活の空間を共にする。それが菊にとっては全てがはじめてで、新鮮な事だった。
 フェリシアーノが淹れてくれたカフェラテを煽ると、豊かなエスプレッソの風味が口いっぱいに広がった。よい機械を使っているから旨くできるのだとフェリシアーノは言うが、彼は何でも上手く作る。それくらいしか出来ないのだと彼は言う。でも菊にとってそれは、畏怖とも呼べるものだった。

 フィレンツェで出会ったフェリシアーノは、菊にとっての「芸術」だった。彼は全てが完璧で、不完全で、不完全だからこそ完璧なものだった。
 菊は今までの人生で他人にちらりとでも興味を示した事はなかったが、生来何でも出来る性質だったので何もかも完全にこなすことができた。それは絵にも言えることだった。菊の絵が高い評価を得ていたのは幼い頃から「完成」されていたからである。しかし、菊はそれが嫌だった。嫌で嫌でたまらなかった。
実際のところ絵には完成がなかった。描いても描いても、更に高い技術を求め、求められた。絵の奴隷となり、絵に従事してもそれは尽きる事がなかった。そして、ある日菊は気づいた。
「自分の心に空いた穴は自分では埋めることができない」
その事に気づいた菊は、逃げた。自分から、自分の絵から。

そして見つけたのが「彼」だった。




「芸術は誰かに愛されるべきだ」

彼はそう信じ続けていた。だから自分の絵を愛した。
だがいつしか自分の絵を愛せなくなった。
だから彼は愛す事にした。
やっと見つけ出すことが出来た、自分以外の芸術を。
作品名:メフィスト・ワルツ 作家名:アンクウ