永遠の答え
夕暮れの道を、ふたりで歩く。雪男はせかせかと、その斜め後ろを燐はぶらぶらと。
たまたま帰りが一緒になったのだ。遅くなった理由はそれぞれ違うけれど。
もうすぐ夕日は地に沈もうとしている。
雪男は眼鏡を指でくいと押し上げて、はあ……とため息を吐く。
「あーあ、遅くなった……。やりたいこといっぱいあるのに」
「何言ってんだよ、おまえいっつも遅いじゃん! おまけに帰ってきてもいっつも同じことしてるしさ」
「兄さんには同じに見えてもね、プリントを作ったり、授業内容を考えたりね……。兄さんには、本当に、同じように見えてもね」
「はいはい。わかった、悪かったよ、雪男先生!」
雪男の皮肉に燐がげんなりとする。
「僕だってまだ勉強したりないんだし……あ」
「どしたー? 雪男。忘れモンか?」
「いや……」
同様に足を止めて怪訝そうに尋ねる燐に、雪男は首を振り、歩き出す。
今度は、ゆっくりと。
「そうだ。『いつも同じ』で思い出したんだけど、『雪の女王様』のお話、兄さんは覚えてる?」
「へぇっ? 『雪の女王』? なんだっけ、それ」
燐がきょとんとし、雪男は苦笑する。
「ほら、悪魔の鏡が目に入って、男の子が……」
「あー、そういえば、なんか聞いたかも。幼稚園の頃だよな。よく覚えてんな、おまえ」
燐はしきりに感心する。
雪男は空を見上げる。
気の早い星の光る、薄暗くなってきた空を。
「僕はほら、名前が『雪男』だから、忘れられなくて。なんとなく、連れ去られる男の子が自分のことみたいな気がして……怖かったんだ。あの話が。人の醜さばかりが目について、冷たい心になって、ひとりぼっちで氷の城にとらわれて、それでも平気で解けない永遠のパズルを繰り返して……本当は、すごい孤独だよね、それって。冷たい心のときは気付かなくても……」
「でも、助けられたんだろ?」
燐があっさりと言う。
「確か女の子が助けたんじゃなかったっけ? その話。よく覚えてねーけど」
ぽりぽりと指で鼻の頭をかく。
微かな夕日に赤く染まった燐の頬。
なんだかあきれたような顔をしていたが、それでもきっぱりと強く言い切る。
「おまえの目に悪魔の鏡が入ったんなら、俺が洗い流してやるよ」
「『こんなひどい話があってたまるかよーっ』って?」
「そうそう。俺の清らかな汁で。鼻水も出るけどな!」
振り向いて二カッと笑う兄を見て、雪男は無言で眼鏡を直す。
そして、ザッと兄を置いて歩き出した。
ひとこと、ぽつりと返して。
「遠慮するよ」
「なんでだよーっ! 雪男ぉっ!!」
急にサッサッと足早に歩き出した雪男。
わずかな光に照らされたその顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。